想定読者:IPO準備会社の経営陣・管理部門、主幹事証券の引受審査・公開引受の担当者、監査法人、上場前後の株式に投資するVC・PE・機関投資家
前提知識:損益計算書とキャッシュフロー計算書の基本(利益調整などの用語は本文で説明します)

上場準備の終盤でCFOが交代し、着任1年足らずの30代が申請期の決算を締める。主幹事証券の審査担当や監査人がまず気にするのは、経験の浅さだろう。上場直後の評価で名を上げたい若手は、利益を少しでも多く見せたくなるのではないか、という見方もある。

反対の見方も成り立つ。先の職業人生が長い人ほど、上場直後の決算に無理があったと後で分かったときに失うものが大きい。だから、むしろ慎重になるはずだ、という考え方である。どちらが実態に近いのかを、米国の上場企業の目論見書から手で集めたCFOの年齢・在任年数を使って確かめた研究がある。本稿はその研究を読み、日本の上場実務で何を確かめればよいかを考える。

この記事が主に参照する研究

Gounopoulos, D., G. Loukopoulos, P. Loukopoulos and Y. Zhang(2024)「CFOのキャリア上の動機は問題になるか:IPOの財務報告の結果からの証拠(Do CFO career concerns matter? Evidence from IPO financial reporting outcomes)」Journal of Corporate Finance 87, 102626

  • 公表:謝辞には2021年の米国会計学会(AAA)南西地域大会(2021年3月18〜19日開催)等での報告への謝意と、旧題での流布が記されている。初出の時期は未確定(謝辞には2019年の会議への謝意もある)。参照した版:掲載誌版(2024年7月オンライン公開、オープンアクセス)。査読:済1
  • データ:米国で2000〜2017年に上場した1,215社。CFOの年齢・在任年数は目論見書から手で収集2
  • 方法:回帰分析による相関の検証。州ごとの競業避止契約の執行の強さの違いを使った準自然実験や、観測できる属性をそろえる重み付けで補強
  • 位置づけ:キャリア上の動機と労働市場の規律という既存理論の検証。CEOではなくCFOに、上場という場面で焦点を当てた点が新しい

上​場年度の​利益調整と、​CFOの​「キャリア上の動機」を​どう​測ったか

利益調整は、会計の見積りや取引の時期を経営者の裁量で動かし、報告利益を目標に寄せることを指す。違法な粉飾とは限らない。研究は二つの経路を測っている。一つは引当金や収益・費用の計上時期など、会計上の判断で動かす部分で、業種ごとの通常の水準から外れた会計発生高(利益と営業キャッシュフローの差)として推定する。もう一つは実体的な利益調整で、研究開発費・広告費などの裁量的な費用を削る、値引きで売上を前倒しする、過剰に生産して固定費を在庫に移す、といった現実の取引を通じて利益を押し上げる行動である。後者は会計処理そのものは正しいため見つかりにくい一方、現金の流れも変わり、会社の将来の稼ぐ力を削ることがある3。

測る期間は上場した事業年度で、上場前と上場後の月を含む。上場時の公募価格だけでなく、上場後に既存株主の売却制限(ロックアップ)が解ける時期の株価にも影響する決算だからである。CFOのキャリア上の動機は、年齢と在任年数の和に−1を掛けた指標で表した。若いほど、在任が短いほど値が大きい。先の職業人生が長く、労働市場の評価が今後の処遇を大きく左右する人ほど、評判を失ったときの損が大きいという考え方による代理変数である。

著者らは、二つの対立仮説を立てた。キャリアを急ぐCFOは上場時に利益を多く見せる(近視眼の仮説)。キャリアを失う損が大きいCFOは保守的に報告する(規律の仮説)。どちらが優るかは事前には決まらない、という立場である4。

若い・在任の​短い​CFOの​IPOほど、​利益調整の​指標は​小さかった

標本の平均的なCFOは47.8歳、在任2.46年である。平均的なIPO企業は、会計発生高では利益を控えめに報告していた(平均−0.10)。他方で実体的な利益調整の指標は、利益を多く見せる方向に振れていた。著者らは、実体的な調整の方が監査人や規制当局の目に留まりにくいからではないかとみている5。上場時の数字を点検する側から見ると、保守的な会計処理と、費用を削って利益を出す行動が同じ決算に並びうるということになる。

CEOの属性、報酬、持株、取締役会の構成、VCの関与、引受証券会社の格、大手監査法人かどうかなどを統制したうえで、キャリア指標の係数は七つの利益調整の指標すべてで負となり、統計的に有意だった。総合指数で見ると、キャリア指標が1標準偏差(7.10)高いと指数は0.0284低く、平均(0.18)の15.78%にあたる6。年齢と在任年数を別々に入れても(回帰ではそれぞれ符号を反転して投入)、どちらも負で有意で、若いほど、在任が短いほど指数は小さかった(図1)7。

図1 1標準偏差の差でみた利益調整の総合指数の違い図1 CFOが若い・在任が短いIPOほど指数が低い利益調整の総合指数の差(平均に対する%)米国のIPO 1,215社(2000〜2017年)キャリア指標(年齢+在任の逆)が1標準偏差高い(1標準偏差=7.10年分)15.8%低い年齢が1標準偏差若い(1標準偏差=7.01歳)19.5%低い在任が1標準偏差短い(1標準偏差=2.62年)13.1%低いいずれも1%水準で統計的に有意(OLS)金=基本の指標、灰青=構成要素
出所:R1(Journal of Corporate Finance 87, 2024)​表3(p.12)・表5列7(p.15)・表6 Panel A 列3(p.16)の​数値を​基に​大手町​プレップ​作成。​差=係数×標準偏差​(キャリア​指標−0.004×7.10=−0.0284、​年齢−0.005×7.01=−0.0351、​在任−0.009×2.62=−0.0236)を​総合指数の​平均0.18で​割った値。​総合指数は​単位の​ない​指数で、​利益の​何%と​いう​意味ではない。​R1 は​キャリア​指標に​ついて​15.78%と​記載し、​年齢・在任の​比率は​編集部の​計算。​在任の​係数は​表6の​−0.009を​使った​(R1 脚注18の​式は​−0.008と​表記するが、​示された​結果は​表の​値と​一致)。​同じ回帰の CEO の​キャリア​指標は​総合指数で​統計的に​有意でなかった​(係数−0.007、t値−1.55)。​相関の​分析で、​因果効果を​直接示す​ものではない。

図1の差は指数の単位で表したもので、利益の何%を動かしたかという意味ではない。読み取るべきは方向と、年齢・在任のどちらで測っても同じ向きに出た点である。同じ回帰に入れたCEOのキャリア指標は、総合指数では統計的に有意でなかった8。

年齢や在任年数は会社が選んだ結果でもあるため、保守的な会社が若いCFOを雇っているだけかもしれない。著者らはこの点を二つの方法で補強した。一つは州ごとの競業避止契約の執行の強さで、執行が強い州ではCFOが他社に移りにくく、評判を失う損が重くなる。執行が強い州ほど、キャリア指標と利益調整の負の関係は強かった。執行が強まった州の企業(106社)を使った比較でも、同じ向きだった。もう一つは観測できる属性をそろえる重み付けで、結果は変わらなかった9。

表1 CFOのキャリアの動機による規律が強く出た条件

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条件R1 の結果解釈と日本での確かめ方
州の競業避止契約の執行が強い(転職しにくい)交差項が負。執行が強まった州の企業(106社)を使った比較、時期のずれに配慮した推定でも同じ向き転職市場が狭い CFO ほど評判の毀損が重いとの見方。日本では、CFO の外部の転職市場の厚みや、上場後の処遇を面談で確かめる
CFO に解雇補償の契約がある解雇補償がある CFO ほど利益調整が少なく、キャリア指標が高いほどその関係が強い不正で解任されると補償を失う設計が抑止になるとの解釈。日本では役員の報酬・退任時の取扱いと、不正時の不支給・返還の定めを確かめる
訴訟の多い業種(バイオ・コンピュータ・電子・小売)業種そのものは利益調整が多いが、キャリア指標との交差項は負監視が強いほど規律が効くとの解釈。日本で点検する際は、上場審査・監査での確認事項に置き換えて考える
上場前株主の売却動機(ロックアップ解除時の売り)が大きい売却動機が大きいほど利益調整が多いが、キャリア指標が高い CFO ではその関係が弱い(観測919社)VC・PE などの売却の時期と、上場年度の決算の締めの時期が重なるかを確かめる
出所:R1(Journal of Corporate Finance 87, 2024)​5.1節・6.1〜6.3節​(p.14〜22)と​表7(p.18)・表9(p.20)・表10(p.23)を​基に​大手町​プレップが​抜粋・整理。​「R1 の結果」は​いずれも​交差項の​符号と​著者が​示した​統計的有意性で、​効果の​大きさは​比べていない。​「解釈と日本での確かめ方」の​前半は​著者の​解釈、​後半​(日本では〜)は​編集部の​提案で、​研究で​検証された​ものではない。

表1は、どの条件で関係が強く出たかを整理したものである。解雇補償の契約がある場合、訴訟の多い業種の場合にも負の関係は強まった10。実務の目で最も重要なのは、上場前の株主の売却圧力との関係だろう。標本の85%(1,033社)にロックアップ契約があり、解除の64%は上場した事業年度の中に、33%は翌四半期に来ていた。解除時の売り圧力の予測値が大きい会社ほど利益調整が多かったが、キャリア指標が高いCFOの会社ではその関係が弱かった。著者らは、VCやPEなどの影響力の強い株主から利益を多く見せるよう圧力を受けても、キャリアを失う損が大きいCFOは流されにくいと解釈している11。

上場後の結果も追っている。IPO後にCFOがCEOに就いた割合は17%(同じ会社で6%、他社で11%)で、キャリア指標の高い群が18%、低い群が15%だった12。経路分析では、キャリア指標が利益調整の少なさを通じて上場後3年のトービンのqと昇進の確率を高める間接の経路が有意とされた。標準化した係数で比べると、qでは間接の効果0.002091が直接の効果0.004の約半分である。昇進では直接の効果0.159に対して間接の効果は0.00056で、編集部の計算では直接の効果の約0.4%にとどまる13。経路分析は変数の間の相関の構造を分けたもので、決算の質を通じた因果の経路を確定したものではない。

米国の​訴訟環境で​得た​相関で​あり、​指標は​代理変数である

結果の適用範囲は限られる。標本は2000〜2017年の米国で、上場直後の企業が訴訟を起こされやすい制度の下にある。著者ら自身、上場企業の訴訟リスクの高さを規律が働く前提に置いている。日本の上場市場は、企業の規模も、上場企業が訴訟を起こされる頻度も、CFOの転職市場の厚みも米国とは違うと考えられる(編集部の見方)。

測り方にも留保が要る。キャリア上の動機は年齢と在任年数で代理しているだけで、本人の意図を測ったものではない。会計発生高や実体的な調整は業種平均からの外れとして推定する値で、誤差が大きい。競業避止契約の分析で補強しているとはいえ、キャリア指標そのものは外生的に割り当てられたものではなく、基本は相関の分析である。論文の表には、昇進の内訳が合計と合わない箇所もある14。数値の細部より、方向が複数の検証でそろった点に重みを置いて読むべきだろう。

関連する研究とも照らしておく。英国の上場企業(1999〜2015年)を調べた研究は、CEOの圧力に抵抗できる立場のCFO(取締役会での地位、社内での専門性、社外役員の兼任、引退までの年数などで測る)がいる会社ほど、裁量的会計発生高の絶対値(会計上の利益調整の大きさの目安)が小さいことを示した。英国ではCFOの8割超が取締役会に入っている15。一方、CEOについては、就任初期の年ほど利益を多く見せる傾向が強いという研究があり、こちらは近視眼の見方に沿う(要旨のみ確認)16。同じ「若さ・新しさ」が、役職と場面によって逆の向きに働きうることになる。

大手町​プレップの​考察:​見るべきは​年齢ではなく、​誘因と​抵抗の​釣り合い

編集部の見方では、この研究から「若いCFOなら安心」と読むのは誤りである。研究の結果から著者らが読み取ったのは、評判を失う損が大きい人ほど、利益を多く見せる誘因に抗いやすいという仕組みであり、年齢はその損の大きさの近似にすぎない。日本の上場準備会社では、金融機関や監査法人から転じた年長のCFOが担う場合もあり、社外への転職の道がどれだけ開けているかも人によって違う。年齢の数字だけを当てはめると、仕組みの方を見落とす(仮説)。

著者らは、上場を目指す会社はCFOを採用するとき、専門性や報酬の設計だけでなく、キャリアの段階と労働市場の規律の効き方も考えるべきだと述べている17。編集部はこれを点検の言葉に置き換えたい。上場年度の決算に、利益を多く見せる誘因がどれだけ集まっているか(公募価格、ロックアップ解除の時期、業績予想の達成、上場前株主の売却予定)。そして、CFOがそれに抗える条件が整っているか(取締役会・監査役等への直接の報告経路、上場後の処遇、退任時の取扱い)。この二つを組で見るのが、研究の結果を実務に移す筋道だと考える。

日本の​上場審査・​監査・​引受審査で、​どこに​当ては​めるか

東京証券取引所の新規上場ガイドブック(グロース市場編)によれば、上場審査では申請会社の監査を行う公認会計士に、経営者・監査役等とのコミュニケーション、内部管理体制、経理及び開示体制などをヒアリングする。直近3年間に監査法人の交代があれば、前任者に聞く場合もある18。独立役員面談では、経営者に対する評価、想定される不正リスク、上場準備過程での主幹事証券会社・監査法人からの指摘への対応状況などを確かめる19。会計処理については、売上計上基準などが実態に即しているか、その運用が恣意的になっていないかを確認するとしている20。上場申請の開示書類(「Ⅰの部」)には、基本的に直前2期間の財務諸表を載せる21。

この枠組みは会計処理の適切さの確認が中心で、研究が示した実体的な調整、つまり正しく会計処理された費用の削減は、恣意性の確認だけでは捉えにくい(編集部の見方)。主幹事証券の引受審査や投資家のDDでは、2期分の財務諸表と上場年度の見込みを並べ、裁量的な費用の比率が申請期・上場年度にだけ下がっていないかを見る価値がある。監査人の側では、上場年度の費用の先送りを「会計上は正しい」で終わらせず、翌期以降の計画にその反動が織り込まれているかを経営者に確かめる、という職業的懐疑心の向け方が考えられる(提案)。

学習用の​設例:費用を​2%ポイント​削った​決算が、​上場時と​翌期に​何を​起こすか

学習用の設例(架空)

  • 上場準備会社A社の上場年度の売上高は100億円。研究開発費・広告宣伝費などの裁量的な費用の売上比は、過去3期で15.2%・14.8%・15.0%(平均15.0%)
  • 費用率を過去並みに保てば営業利益は8.0億円。上場年度の見込みでは費用率が13.0%に下がり、営業利益は10.0億円
  • 評価はEV/営業利益15倍、純現金20億円を加えて株式価値とする。翌期は売上が10%伸び、費用率は過去並みに戻ると置く

費用率の2.0%ポイントの低下は2.0億円の費用の削減にあたり、営業利益を25%押し上げる。同じ倍率を当てると、株式価値は140億円から170億円へ30億円(21.4%)増える。翌期に費用率が戻れば、売上が伸びても営業利益は10.0億円から8.8億円に下がり(−12.0%)、上場後の最初の通期決算が減益になる(図2)。

図2 設例:裁量的費用を削ったときの上場時の株式価値と翌期の減益図2 設例:費用を削った決算と翌期の反動裁量的費用率の引き下げ幅ごとの株式価値架空のA社。売上100億円・EV/営業利益15倍過去並み140億円−1%pt155億円−2%pt170億円−3%pt185億円翌期の営業利益の増減(費用率が戻る)過去並み8.0億円 → 8.8億円(+10.0%)−1%pt9.0億円 → 8.8億円(−2.2%)−2%pt10.0億円 → 8.8億円(−12.0%)−3%pt11.0億円 → 8.8億円(−20.0%)灰青=過去並み、金=費用を削った場合
出所:学習用の​仮定に​基づき大手町​プレップ作成​(A社と​数値は​すべて​架空。​R1 の​数値は​使っていない)。​費用率を​過去3期平均の​15.0%に​保った​場合の​営業利益を​8.0億円とし、​引き下げた​分だけ​営業利益が​増えると​置いた。​株式価値=営業利益×15倍​(EV)​+純現金20億円。​翌期は​売上が​10%伸び、​費用率が​過去並みに​戻り、​基礎的な​営業利益率​(8.0%)は​変わらないと​仮定した。​実際には​費用の​削減が​効率化に​よる​正当な​ものの​場合も​あり、​引き​下げ​幅だけで​不正や​利益調整と​判断できない。

削減が効率化によるものなら翌期も費用率は戻らず、こうした反動は起きない。だから問うべきは削減の有無ではなく、その理由と持続性である。上場前の株主にとっては、ロックアップが解ける前に10.0億円の決算が出るか、8.8億円の決算が出るかで売却価格が変わる。研究が測った「売却圧力」とは、この差を生む誘因のことだと理解すると、点検の勘所がつかみやすい。

明日から​使える​確認項目

  1. 費用率の比較:直前2期と上場年度の見込みについて、研究開発費・広告宣伝費・修繕費など裁量的な費用の売上比を並べる。入手できる過去の期の平均から1%ポイント以上下がった項目(編集部の仮の目安。研究で検証された閾値ではない)は、理由と翌期計画での扱いをCFOに書面で説明してもらう。
  2. 利益と現金のずれ:営業利益と営業キャッシュフローの差、売上債権・棚卸資産の回転日数が、申請期・上場年度にだけ悪化していないか。期末月の売上の集中、値引き・返品条件の変更の有無も聞く。
  3. 誘因の地図:ロックアップの解除日と、上場年度の決算・四半期決算の公表日を一つの時系列に並べる。VC・PEなど上場前株主の売却予定、業績予想、役員のストックオプションの行使条件が、どの決算に集中しているかを確かめる。
  4. CFOへの質問:「上場年度の業績予想を下回りそうになったら、誰にいつ報告するか」「監査役等・監査人と経営者抜きで話す場はあるか」「上場後の処遇と退任時の取扱いはどう決まっているか」。答えの具体性で、抵抗の条件が整っているかを見る。
  5. 交代の履歴:直近3年のCFO・経理責任者・監査法人の交代の有無と理由。交代の直後に会計方針や見積りの変更が重なっていないか。

よく​ある​質問

若い​CFOを​選べば、​上場時の​決算の​質は​上がるのですか。

この​研究は​米国の​標本での​相関を​示した​もので、​若い​CFOを​選べば​質が​上がると​いう​因果を​示した​ものではありません。​著者らが​結果から​読み​取ったのは、​評判を​失う​損が​大きい​人ほど​利益を​多く​見せる​誘因に​抗いやすいと​いう​仕組みです。​年齢よりも、​誘因の​強さと、​CFOが​抗える​条件を​確かめる​方が​実務に​役立ちます。

​研究開発費や​広告費を​削るのは、​会計上の​問題ですか。

費用を​正しく​計上している​限り、​会計基準の​違反ではありません。​ただし、​上場年度だけ​削って​翌期に​戻すのであれば、​投資家は​一時的な​利益に​基づいて​価格を​払うことになります。​引受審査や​投資家の​DDでは、​削減の​理由と​持続性を​確かめる​ことが​大切です。

まとめ

米国のIPO 1,215件の研究では、若い・在任の短いCFOが担った上場ほど、上場年度の利益調整の指標が小さく、上場前株主の売却圧力がかかる場面でもその関係が保たれた。著者らは、評判を失う損の大きさが規律として働くと解釈している。ただし指標は年齢と在任年数による代理で、米国の訴訟環境で得た相関であり、日本にそのまま当てはまるとは限らない。実務で持ち帰るべきは年齢の基準ではなく、上場年度の決算に集まる誘因と、CFOがそれに抗える条件を組で点検する視点である。

脚注

  1. R1 の版:掲載誌版(Journal of Corporate Finance 87, 102626。2023年12月10日受付、2024年4月30日改訂稿受付、2024年7月8日受理、2024年7月18日オンライン公開。CC BY-NC-ND 4.0 のオープンアクセス)p.1。謝辞(p.1)によれば、旧題 “CFO Career Prospects and Financial Reporting Decisions” で流布し、2021年に FMA・EAA・米国会計学会(AAA)南西地域大会(2021年3月18〜19日、オンライン)・BAFA で報告された。同大会での本研究の発表題目・枠は取得できておらず(プログラムのページ本体は取得できていない)、初出の時期は未確定である。謝辞は2019年の Young Finance Scholars Conference の参加者にも謝意を示しており、同会議のプログラムに本研究の題は載っていないものの、それ以前に初期版が流布・議論された可能性は否定できない。2021年より前の公開版(ワーキングペーパー)は見つからなかった。↩
  2. R1 p.6・表1(p.7)。Thomson ONE(Refinitiv)の米国 IPO 3,279件から、REIT・ADR・金融機関・公募価格5ドル未満・CEO/CFO の情報の欠落などを除いた1,215社。CFO の氏名・年齢・在任年数・学歴・報酬は SEC の EDGAR にある目論見書から手で集め、職歴は BoardEx で補った。↩
  3. R1 p.6〜9(3.1〜3.2節・式(1)〜(7)・図1)。会計発生高は修正ジョーンズ・モデル、実体的な利益調整は Roychowdhury(2006)の3指標(異常な営業キャッシュフロー・異常な製造原価・異常な裁量的費用)で推定し、主成分分析で総合指数にまとめた。いずれも上場した事業年度(上場前と上場後の月を含む)の値。CFO のキャリア指標=−(年齢+在任年数)。上場前の決算だけで測っても主な結論は変わらないと著者は書くが、その結果の表は示されていない(脚注10)。↩
  4. R1 p.4〜6(2.1節、仮説 H1a・H1b)。著者らは、上場時には利益を多く見せる誘因(公募価格、ロックアップ解除時の売却)がある一方、上場直後の企業は訴訟リスクと監視が強く、平均的には保守的に報告するという先行研究を踏まえて、両方の仮説を対立仮説として立てている。↩
  5. R1 p.10・表3(p.12)。CFO の平均年齢47.80歳、平均在任2.46年。裁量的会計発生高の平均−0.10、異常な営業キャッシュフロー−0.10、異常な製造原価0.84、異常な裁量的費用−0.34(後の三つは利益を多く見せる方向)。実体的な調整が選ばれやすい理由についての記述は著者の推測(Hazarika et al. 2012 を引用)。↩
  6. R1 表5(p.15)と p.13(4.3節)。OLS、業種と年の固定効果、標準誤差は年と業種でクラスター。総合指数の係数−0.004(t値−2.65、1%水準)。製造原価の指標だけは10%水準。1標準偏差(7.10)の差で総合指数が−0.004×7.10=−0.0284 となり、平均0.18の15.78%にあたる(R1 の記載値。論文はこの差を「2.84%」と表すが、指数の単位での差である)。↩
  7. R1 表6 Panel A 列3(p.16)、脚注18(p.14)、変数の定義(付録A, p.24)。回帰では年齢・在任年数にそれぞれ−1を掛けて投入しており、係数が負であることは、若いほど・在任が短いほど指数が小さいことを意味する。年齢の係数−0.005(標準偏差7.01)、在任年数の係数−0.009(標準偏差2.62)で、いずれも1%水準で有意。二乗項は有意でなく、非線形の関係は見られなかった(表6 Panel B)。脚注18の式は在任の係数を−0.008と表記するが、示された結果(−2.36%)は表の−0.009と一致する。平均に対する比率(年齢19.5%・在任13.1%)は編集部の計算。↩
  8. R1 表5 列7(p.15)。CEO のキャリア指標の係数−0.007(t値−1.55)。著者は脚注16で、CFO の係数の方が統計的にも経済的にも強いとし、CFO の職務が財務報告に近いからと解釈するが、両者の係数の差の検定は示していない。なお CEO の指標の標準偏差(9.23、表3)を掛けた点推定の大きさは CFO の指標より大きく、「経済的に強い」という記述と合わない(編集部の計算)。↩
  9. R1 p.14〜17(5.1〜5.2節)・表7(p.18)・表8(p.19)。競業避止契約の執行力は Garmaise(2011)の指数(標本では0〜9)。執行が強まった州の企業は1,215社中106社で、時期のずれを伴う差の差の推定の偏りに配慮した推定(スタック回帰、Callaway and Sant’Anna の推定量)でも交差項は負。観測できる属性をそろえる重み付けはエントロピー・バランシング。操作変数による推定はオンライン付録にあるとされるが、本稿では確認していない。↩
  10. R1 p.17〜21(6.1〜6.2節)・表9(p.20)。解雇補償の契約は CFO が対象。訴訟の多い業種はバイオ・コンピュータ・電子・小売(Francis et al. 1994 の定義)。訴訟の多い業種の交差項について本文(p.21)は「CEO」と書くが、交差項は CFO のキャリア指標で、CFO の誤記とみられる。↩
  11. R1 p.21〜22(6.3節)・表10(p.23)。ロックアップ解除が上場した事業年度内か翌四半期に来る企業に限った分析(観測数919)。売り圧力は Field and Hanka(2001)に基づく、解除時の異常出来高の予測値。↩
  12. R1 表4(p.13)と p.11〜13(4.2節)。IPO から CFO の退任までを追跡。高い群・低い群は CFO のキャリア指標の中央値で分けたもので、差の p値は0.0504。プロビット回帰でもキャリア指標は CEO への昇進の確率と正の関係(表4 Panel B)。↩
  13. R1 表11(p.23)と p.22(7節)。標準化した係数で、上場後の業績は上場後3年平均のトービンのq(観測数830)。間接の効果はqで0.002091、昇進で0.00056(いずれも Sobel 検定で有意)。直接の効果はqで0.004、昇進で0.159。間接÷直接の比率(昇進で約0.4%)は編集部の計算。経路分析は相関の構造を分解する手法で、媒介の因果関係を識別したものではない。↩
  14. R1 表4 Panel A(p.13)の高い群・低い群では、同じ会社での昇進(0.08)と他社での昇進(0.15)の和が「いずれか」の値(0.18)と合わない。なお表11(p.23)では同じ経路(キャリア指標→総合指数)の係数が列によって−0.041と−0.070で異なるが、観測数が830と1,215で異なるため、不整合とはみなさない。上場直後の企業の訴訟リスクの高さについては R1 p.5(2.1節)。↩
  15. R2(Florackis and Sainani 2021、著者最終稿)p.2(要旨)・p.4〜5。英国の上場企業、1999〜2015年。CFO の抵抗力は、取締役会での地位、社内での専門性、取締役との個人的なつながり、社外役員の兼任、引退までの年数、職業上の資格などで測る。主な利益調整の指標は裁量的会計発生高の絶対値(同 p.5)。英国の標本では CFO の8割超が取締役会に入り、米国は約11%(同 p.5 が Mobbs 2018 を引用)。↩
  16. R3(Ali and Zhang 2015)の要旨(IDEAS/RePEc 掲載)。CEO の利益の過大表示は在任の初期の年ほど大きく、外部・内部の監視が強い会社ではその関係が弱い。本文は確認しておらず、要旨では対象国を確認できない。↩
  17. R1 p.4(1節の末尾)。著者らは、上場を計画する企業は CFO を採用するとき、財務の専門性や報酬の誘因だけでなく、キャリアの時間軸と労働市場の規律の影響も考えるべきで、取締役会はキャリアの段階の含意を知っておくべきだと述べる。↩
  18. R4(東京証券取引所「新規上場ガイドブック(グロース市場編)」2026年9月15日版)PDF p.21(誌面 p.15)「④公認会計士ヒアリング」と注1・注2。重要な会計上の論点は上場申請までに申請会社と監査法人の間で解決しておく必要があるとも記す。↩
  19. R4 PDF p.22(誌面 p.16)「⑤社長(CEO)面談・監査役面談、独立役員面談等」の注。↩
  20. R4 PDF p.82〜83(誌面 p.76〜77)。ガイドラインⅣ 4.(4)「実態に即した会計処理基準を採用し、かつ、必要な会計組織が、適切に整備、運用されている状況」の審査のポイント。帳簿のサンプルによる確認と、会計監査人へのヒアリングにも触れている。↩
  21. R4 PDF p.113(誌面 p.107)「(5)事業年度(決算期)の変更について」。↩

参考文献​(2026年10月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言・法務・税務の助言ではありません。研究結果は各論文の対象・期間・方法の範囲で得られたもので、日本の個別企業・案件にそのまま当てはまるとは限りません。設例は学習用の架空の数値です。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージです。