この記事で分かること
- 米国の上場企業の社外取締役の平均報酬は、2000年の133,930ドルから2020年の342,030ドルへ155%増え、その約3分の2が株式連動になっていたこと
- 株主が承認した報酬枠でも「取締役ごとの意味のある上限」がなければ厳しい審査を受けるとした2012年のデラウェア州の判決の後、同州設立企業の社外取締役報酬は他州より約9%下がり、公表時の4日間の累積超過リターンは他州より1.18%ポイント高かったこと(監督の質そのものは測られていない)
- 総額と株式数の上限を株主総会で決める日本の仕組みに照らして、報酬委員会と事務局が社外取締役報酬の決め方をどう点検できるか(株式数の上限の設例つき)
想定読者:上場企業の取締役会事務局・報酬委員会事務局・総務(株主総会)・IRの担当者、社外取締役、報酬制度を助言するコンサルタントや弁護士、議決権行使を担う機関投資家
前提知識:株主総会の決議と取締役会の役割、株式報酬の基本(研究の用語は本文で説明します)
報酬委員会の事務局が、来年の株主総会に向けて社外取締役にも譲渡制限付株式を出す案をまとめている。総会にかける議案は「社外取締役全体で年何株以内」という上限だけで、誰に何株を配るかは総会の後に決める。ところが、その配分を最終的に決めるのは、社外取締役が過半を占める報酬委員会だ。自分の報酬を自分で決める形になっていないか、と社外取締役の一人が問う。事務局は、上限を置いていること以上に何を説明できるだろうか。
この問いに米国のデータで手がかりを与えるのが、INSEADとシンガポール経営大学の研究者による論文「The governance of director compensation」である。2022年6月に旧題でワーキングペーパーとして公開され、2024年に金融経済学の査読誌に掲載された1。社外取締役の報酬はこの20年でどう変わり、誰がどう決め、法的な説明責任が重くなったとき報酬と株価はどう動いたか。本稿では研究の事実と限界を確かめたうえで、日本の会社法の仕組みに置き直して、事務局の点検項目に落とす。
この記事が主に参照する研究
Lily Fang、Sterling Huang(2024)「取締役報酬の統治(The governance of director compensation)」Journal of Financial Economics 155巻, 103813
- 公表:初版 2022年6月(SSRN のワーキングペーパー、旧題「Director Self-Dealing and the Design of Compensation Contracts」)。参照した版:受理稿(シンガポール経営大学の機関リポジトリ、2024年5月)。査読:済
- データ:2000〜2020年の米国上場の非金融企業の社外取締役(観測91,326・11,265人)。報酬は商用データベース BoardEx
- 方法:報酬の決定要因の回帰(相関)と、2012年のデラウェア州の判決を外生的なショックとみなした差の差の分析(判決前後で、同州設立企業と他州設立企業の変化を比べる)、判決公表時の株価反応
- 位置づけ:新しいデータによる記述と、自然実験による既存理論(自己取引と法的規律)の検証
社外取締役の報酬はこの20年でどう変わったか
研究の前半は、米国の社外取締役の報酬の記述である。平均総報酬は2000年の133,930ドルから2020年の342,030ドルへ155%増え、同じ期間のCEO報酬の伸び(76%)を大きく上回った。2020年の水準は米国の世帯所得の中央値の5.06倍にあたる2。兼任が普通の非常勤の職としては、相対的にも絶対額でも高い、というのが著者の見方だ。
中身も変わった。オプションと株式からなる株式連動の報酬は、年により総報酬の61〜71%(平均66%)を占める。その内訳ではオプションが退き、2000年に株式連動の約6割だったオプションは、2020年には6.7%まで縮んで、代わりに株式の付与(RSUなど)が主役になった。現金の報酬も29,440ドルから93,370ドルへ217%増え、増加の大半は2003〜2007年に集中している。2000〜2020年のCEOの給与は15%減だった3。1990年代より前の数十年、社外取締役の報酬がどの会社でもほぼ固定の年額と会議の出席料だったことと比べると、報酬そのものが大きな経済的誘因になったといえる4。
誰が多くもらうかも、ある程度は説明がつく。規模が大きく、利益率と株価リターンが高く、機関投資家の保有が多い会社ほど報酬は高い。個人の側では、委員会(とくに監査・指名委員会)の委員、業界経験や在任期間の長い人、兼任の多い人ほど高い。一方で女性は、ほかの条件をそろえても著者の近似で4.5%低かった5。これらは企業と年の固定効果を入れた相関で、報酬が「適正」かどうかを判定したものではない。
「株 主が承認した枠」では足りないとされた判決
統治の面で社外取締役の報酬が特殊なのは、米国では取締役会が自分たちの報酬を決められる点にある。自分が受け取る報酬を自分が決めるのは、典型的な利益相反取引だ。株主代表訴訟では通常、取締役の判断は「経営判断」の基準で守られ、原告の株主が義務違反を立証しなければならない。自己取引には、取締役の側が手続と価格の公正さを立証する「完全な公正(entire fairness)」の基準が適用されうる。ただし2012年までのデラウェア州では、報酬プランを株主総会が承認していれば経営判断の基準に戻るという「株主承認の抗弁」が通っていた6。
これを覆したのが、2012年6月29日のデラウェア州衡平法裁判所の判決 Seinfeld v. Slager である。Republic Services の株主承認済みのプランは、取締役全体で年10.5百万株という枠しか定めておらず、理論上は取締役1人に年875,000株(21.6百万ドル超)を与えることもできた。実際の付与はそこから遠かったが、裁判所は、取締役ごとの意味のある上限がない枠は白紙委任に近く、完全な公正の基準で審査されると判断した7。2015年の Calma v. Templeton も同じ考え方をとり、同業他社との比較(ピア・ベンチマーク)だけでは公正さの立証になりにくいとした8。2017年にはデラウェア州最高裁が In re Investors Bancorp で、株主承認の抗弁が通るのは、株主が取締役ごとの具体的な付与を承認した場合か、取締役に裁量のない自動算定の式による場合に限るとした9。
判決の後、報酬と株価はどう動いたか
著者らは Slager 判決を、デラウェア州で設立された会社にだけ及んだ予想外のショックとみなし、判決前4年(2008〜2011年)と後4年(2012〜2015年)で、同州設立企業と他州設立企業の報酬の変化を比べた(観測29,927)。期間中に設立州を移した38社は除いている10。
結果は図1のとおりだ。取締役ごとの固定効果まで入れた推定で、デラウェア州設立企業の社外取締役の総報酬は対照群に比べて係数−0.094だけ下がった(t値−5.84)。著者はこれを9.4%減と表現している(対数の差を変化率に直すと−9.0%)。下がったのは株式連動の部分で、なかでもオプションの減少が大きい。株式(RSUなど)と現金は統計的に有意な変化がなかった11。
図1の下の二つの群は、判決前の2011年に、規模や経験などから予測される水準より高い報酬だった取締役と、低かった取締役を分けたものだ。総報酬の低下は高報酬側(−0.112)の方が低報酬側(−0.073)より大きく、その差は統計的に有意だった。高報酬側では株式も減ったが、低報酬側では株式はむしろ増える方向(10%水準)で、現金も増える方向だった12。著者らは、会社が訴訟で説明しにくい部分を削りつつ、長期のインセンティブは損なわない範囲で契約を組み直したと解釈している。オプションが真っ先に削られたのは、分散投資している社外取締役に凸型の報酬を与える理由がもともと弱いからではないか、とも述べている13。
株価の反応もそろっていた。判決の公表日から4日間の超過リターンは、デラウェア州設立企業が+0.74%、他州設立企業が−0.44%で、差は1.18%ポイントだった。公表前の4日間には差がなく、判決の直前の6月19日を仮の公表日とした検証でも差は出ていない14。翌年のトービンのQも、デラウェア州設立企業で対照群より水準で0.047高かった(t値2.20)。著者はこれを企業価値の4.7%上昇と表現しているが、Qは比率の水準で、0.047の差がそのまま4.7%の変化を意味するわけではない15。2017年の判決を加えると、報酬の低下は2020年まで続いたが、その大半は2012年の判決で生じていた16。主な数値を表1にまとめる。
表1 研究が示した主な数値
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| 項目 | 数値 | 補足 | 出所 |
|---|---|---|---|
| 平均総報酬(2000年→2020年) | 133,930→342,030ドル | +155%。同期間のCEO報酬は+76% | p.2・表2 |
| 株式連動の比率 | 平均66% | 年により61〜71%。オプションは株式連動の約6割→6.7% | p.4・表2 |
| 現金報酬(2000年→2020年) | 29,440→93,370ドル | +217%。2000〜2020年のCEO給与は−15% | p.4〜5 |
| 判決後の総報酬(差の差) | 係数−0.094 | t=−5.84。著者の換算で9.4%減 | 表4C |
| 判決後の株式連動/オプション | −0.154/−0.319 | 現金0.034・株式−0.017は有意でない | 表4C |
| 高報酬/低報酬だった取締役の総報酬 | −0.112/−0.073 | 差は有意(p=0.002) | 表5 |
| 判決公表時の4日間の超過リターン | +0.74%/−0.44% | デラウェア州/他州。差1.18%ポイント(p<0.001。原表の表示は0.000)。事前の4日間は差なし | 表6A |
| トービンのQ(翌年) | +0.047 | Qの水準の差。t=2.20。著者の「4.7%上昇」は%の変化とは読めない | 表6C |
| 2017年判決を加えた累積 | −0.095/−0.102 | 総報酬。2012〜2017年/2018〜2020年(統制なし) | 表8A |
この研究が示していないこと
判決前の数年に両群の報酬の動きに差はなく、業種×年や本社所在州×年の固定効果を入れても、観測できる特性の分布をそろえる重み付けをしても、総報酬の低下は残った。Slager 判決を引用した他州の訴訟はすべて棄却か文書が見つからず、対照群に判決の影響が及んだ形跡も乏しい17。識別の作りは丁寧だといえる。
そのうえで、記事の問いに照らして足りない点が三つある。第一に、研究が測ったのは報酬の水準と構成、株価、トービンのQであり、不正の発見やCEOの交代、M&Aの判断といった監督の成果は測っていない。「報酬が下がったから監督が良くなった」とは示されていない。第二に、報酬の最適な水準は示されていない。判決後に下がったことを、市場が好感したという間接的な証拠があるだけだ。第三に、米国の、それもデラウェア州の判例法に固有の設定である。なお、2022年のワーキングペーパーの要旨では2020年の平均総報酬を450,680ドルとしており、掲載版の数値と違う。数値が異なる理由は確認できていない18。
法的な基準とは別の経路を示す後続の研究もある。香港中文大学とモナシュ大学の研究者らの未査読のワーキングペーパーは、米国環境保護庁(EPA)の大きな執行処分を受けた会社で社外取締役の報酬の伸びが抑えられ、処分前に報酬の伸びが大きかった取締役会ほどその傾向が強く、社外取締役を共有する他社にも波及したと報告している19。監督の失敗が目に見えたとき、報酬が説明責任の対象になるという見方で、本稿の主論文と整合的だ。
大手町プレップの考察:株価は統治の変化を評価した可能性がある
ここからは編集部の推論である。判決年である2012年の平均総報酬272,110ドルに著者の換算の9.4%を掛けると、1人当たりの削減は年約2.6万ドルにすぎない。1社に社外取締役が10人いると仮定しても年約26万ドルで、著者が株価反応から換算した「1社当たり約3億」(論文に通貨の記載はなく、ドルと読める)と単純に比べると、千倍を超える開きがある20。もっとも、これは毎年の削減額(フロー)と企業価値の一度きりの変化(ストック)の単純な比較で、削減が将来も続く分を現在価値にすれば差は縮む。それでも開きは大きく、市場が評価したのは削られた報酬の額だけではなく、取締役会が自分たちの利害にかかわる決定でも裁判所の厳しい審査を意識するようになった、という統治の変化でもあった可能性がある(仮説)。報酬の決め方は、その会社の取締役会が利益相反をどう扱うかを外から観察できる数少ない窓であり、投資家はそこから取締役会全体の規律を推し量っている、と読むこともできる。
もう一つは、規律が「上限の有無」ではなく「上限の細かさ」で効いたことだ。Republic Services も全体の枠は持っていた。問われたのは、その枠が個々の取締役への付与を実質的に縛っていたかどうかである。エージェンシーコストの議論では、社外取締役は経営陣を監視する側に置かれるが、自分の報酬については監視される側に回る。その場面で外から効く仕組みとして、この研究は裁判所の審査基準を挙げた。
日本の制度に置き換えると:総額と株式数の上限、配分は取締役会
日本では、取締役の報酬は定款に定めがなければ株主総会の決議で、確定額ならその額、株式報酬なら募集株式の数の上限などを定める。議案を出した取締役は、相当とする理由を総会で説明しなければならない21。会社法が総会に求めているのは額・算定方法・株式の数の上限などで、取締役ごとに定めることまでは求めていない。総会が取締役全体(または社外取締役全体)の枠だけを決めれば、個人別の配分は取締役会が決め、取締役その他の第三者に委任することもできる。指名委員会等設置会社では報酬委員会が取締役と執行役の個人別の報酬を決め、監査等委員会設置会社の監査等委員の報酬は、総会の枠内で監査等委員どうしの協議で決まる22。表2に整理した。
表2 社外取締役の報酬は誰が決めるか
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| 制度 | 決める人 | 規律・説明の仕組み |
|---|---|---|
| 米国(R1 の対象) | 取締役会が自らの報酬を決める(モデル事業会社法8.11条、定款に別段の定めがなければ) | 2012年以降のデラウェア州:株主承認のプランでも、取締役ごとの意味のある上限がなければ「完全な公正」の審査。2017年以降は取締役ごとの付与の承認か、裁量のない算定式に限って株主承認の抗弁 |
| 日本:監査役会設置会社 | 株主総会が額・算定方法・株式の数の上限などを決め、個人別の配分は取締役会(代表取締役等への委任も可) | 大会社・公開会社で有価証券報告書の提出会社は、個人別の報酬等の内容を定款・総会決議で定めた場合を除き、取締役会が決定方針を定める。委任した場合は委任先・権限・理由を事業報告に記載 |
| 日本:監査等委員会設置会社 | 監査等委員である取締役とそれ以外を区別して総会で決める | 監査等委員である取締役の個人別の額は、総会の枠内で監査等委員の協議。それ以外の取締役は、個人別の内容を定款・総会決議で定めた場合を除き、取締役会が決定方針を定める |
| 日本:指名委員会等設置会社 | 報酬委員会が取締役・執行役の個人別の報酬等を決める | 報酬委員会が決定方針を定め、それに従って決める。委員の過半数は社外取締役で、その委員会が社外取締役自身を含む取締役の報酬を決める |
説明の仕組みも法令にある。有価証券報告書を出す監査役会設置会社(公開会社かつ大会社)と監査等委員会設置会社の取締役会は、個人別の報酬の内容を定款または総会決議で定めた場合を除き、その決定方針を定めなければならず、方針には業績連動報酬や株式などの非金銭報酬の割合、決定を委任する場合の委任先と権限を含める。事業報告には、役員区分ごとと社外役員の報酬を、総額と員数、または個人別の額など法令所定の方式で記載し、総会決議の内容、委任した場合の理由なども書く23。コーポレートガバナンス・コードは報酬の方針と手続の開示(原則3-1)、経営陣の報酬のインセンティブ付け(原則4-2)、独立社外取締役が取締役会の過半数に達しない監査役会設置会社・監査等委員会設置会社での、独立社外取締役を主要な構成員とする報酬委員会の設置(原則4-7)を求めている。ただ、編集部が2026年7月版の全文を確認した範囲では、社外取締役自身の報酬の水準や構成を直接扱った記述はない24。
研究の文脈に置くと、総会決議を全体の総額や株数の枠として定めた場合、それは Slager 判決で不十分とされた「全体の上限」に近い形になる。株主の承認を得た枠の内側で、誰がどの基準で配るのかは、外から確かめるには、総額と員数の開示に加え、決定方針や委任の有無の開示が重要になる。日本の裁判所が報酬の決定をどう審査するかは本稿では扱わないが、少なくとも、米国で問題になった構造(自分たちの報酬を、株主の大枠の内側で自分たちが配る)は、日本でも、とくに報酬委員会が社外取締役中心の会社や、社外取締役に株式報酬を出す会社で生じうる。
学習用の設例:株式数の上限は、金額にするとどこまで広がるか
学習用の設例(架空)
- 甲社:プライム市場上場の監査役会設置会社。社外取締役5人
- 総会決議:社外取締役の金銭報酬は年額6,000万円以内、譲渡制限付株式は社外取締役全体で年12,000株以内。1人当たりの上限は置かない
- 計画:1人に年1,000万円の固定報酬と、年1,500株の譲渡制限付株式
- 付与時の株価は1,500円・3,000円・6,000円の3通り(仮定)。税と費用計上の時期は考えない
株価3,000円なら、計画どおりの株式報酬は1人450万円で、固定報酬と合わせた1,450万円の約31%になる。計画は株数の枠の62.5%しか使っておらず、枠には4,500株の余りがある。図2は、同じ枠が金額にするとどこまで広がるかを示した。
枠を5人で均等に使い切れば1人720万円、全部を1人に寄せれば3,600万円になり、計画の8倍だ。株価が6,000円に上がれば、寄せた場合の額は7,200万円に達する。実際にそうする会社はまずないだろうが、Slager 判決が問題にしたのは、まさに「実際の付与は控えめでも、枠がそれを縛っていない」状態だった。1人年2,000株といった取締役ごとの上限を枠に加えれば、株価6,000円でも1人の最大は1,200万円に収まる。株数で枠を決める方式では株価が上がると金額が自動的に膨らむことも、総会で説明する際には確認したい。
報酬委員会と事務局の確認項目
- 個人別の配分を、誰が、どの方針で決めているかを1枚に書けるか。社外取締役の報酬を社外取締役中心の委員会が決める場合、その委員会が自分たちの報酬をどう扱うか(審議からの除外、外部データの使い方)を議事録に残しているか。
- 総会決議の枠を「1人に寄せた場合」「株価が2倍になった場合」の金額に直して、取締役会に示したか(図2の計算)。差が大きければ、取締役ごとの上限や算定式を枠に書き込む余地を検討する。
- 社外取締役に業績連動報酬やストックオプションを出す理由を、経営陣のインセンティブとは別に説明できるか。研究で真っ先に削られたのはオプションだった。
- 同業他社との比較だけで水準を決めていないか。比較対象の選び方を、株主から問われても説明できる形で残しているか。
- 事業報告・有価証券報告書・コーポレートガバナンス報告書で、社外役員の報酬(総額と員数、または個人別の額)、方針、委任の有無が、読み手に追える形になっているか。自社の開示を、投資家の目で一度読み直す(有価証券報告書の読み方の手順が使える)。
よくある質問
社外取締役の報酬は下げた方が企業価値は上がるのですか。
研究が示したのは、報酬の決め方に法的な説明責任が加わった後に報酬が下がり、株価が好感したという関係です。報酬を一律に下げれば価値が上がるとは示していません。水準よりも、決め方が利益相反を意識したものになっているかが問われたと読むのが自然です。
社外取締役に株式報酬を出すのはよくないのですか。
研究では、判決後も株式
まとめ
米国の社外取締役の報酬はこの20年で大きくなり、株式連動が中心になった。2012年のデラウェア州の判決が、株主承認の枠に取締役ごとの意味のある上限を求めると、同州設立企業の報酬は約9%下がり、高報酬だった取締役ほど大きく下がり、株価は好感した。研究は監督の成果も最適な水準も測っていないが、自分の報酬を自分たちで配る構造に外から規律がかかることを、市場が価値として評価したことは示している。日本の総会決議の枠と個人別の配分の仕組みにも同じ構造はあり、事務局は枠の広さと配分の手続を、金額と言葉で説明できるようにしておきたい。
脚注
- R1(受理稿。SMU InK の表示では Version: acceptedVersion、Publication Date: 5-2024)p.1。掲載誌の DOI の登録は2024年3月20日、号は2024年5月(Crossref)。初版は R2(SSRN の要旨ページの保存版で Date Written 2022年6月14日、Posted 23 Jun 2022、題名 “Director Self-Dealing and the Design of Compensation Contracts”)。著者の所属は受理稿の表示(INSEAD、Singapore Management University)。本記事のページは受理稿の PDF のページ(以下同じ)。↩
- R1 p.2・p.4(§3.1、表2パネルA)。平均総報酬 133,930ドル(2000年)→342,030ドル(2020年)、155%増。CEO 報酬の増加は76%(CEO 報酬の表は補足資料で、本記事では未確認)。世帯所得中央値の5.06倍は p.1(要旨・§1)。標本は2000〜2020年の米国上場の非金融企業(SIC 6000〜6999 を除く)の社外取締役、観測91,326・取締役11,265人(p.3 §2)。報酬は名目ドル。↩
- R1 p.4〜5(§3.1、表2パネルA)。株式連動の比率は年により61〜71%、平均66%。オプションの比率は表2の値(2000年 58.75÷95.08、2020年 15.91÷237.97 千ドル)から編集部が計算(論文 p.4 は61%・6.7%と記載)。現金は29,440ドル→93,370ドル(217%増)、2003〜2007年は年約20%の増加。CEO の給与は2000〜2020年に15%減(p.5)。↩
- R1 p.1・p.4。Yermack(2004)の1991〜1996年の Fortune 500 の取締役734人の標本では、平均の年間リテーナー69,453ドルのうち62%が株式連動だったとの紹介を含む。Yermack の原論文は本記事では未確認。↩
- R1 p.5(表3列1)。企業・年の固定効果つきの回帰で、規模・ROA・過去12か月の株価リターン・現金保有・機関投資家保有は正、のれん(無形資産)は負。監査・指名委員会の委員は5%水準、報酬委員会の委員は10%水準で正。女性は4.5%(10,735ドル)低いと著者は表現(係数−0.045。exp 換算では約−4.4%)。いずれも相関。↩
- R1 p.2・p.6(§1・§4.1)。米国のモデル事業会社法8.11条により、定款に別段の定めがなければ取締役会が自らの報酬を決められる。経営判断の基準と完全な公正の基準、2012年以前の株主承認の抗弁(shareholder ratification defense)の説明は著者による。↩
- R1 p.6(§4.1、脚注12)。Seinfeld v. Slager, C.A. No. 6462-VCG(Del. Ch. 2012年6月29日)。Republic Services のプランは取締役全体で年1,050万株の上限、理論上は1人87.5万株(2,160万ドル超)、12人で2.6億ドル。2009年は各取締役に743,700ドル相当の RSU。↩
- R1 p.6(§4.1)。Calma v. Templeton(Del. Ch. 2015)。Citrix のプランの上限は1人年100万株(提訴時点で5,500万ドル超)。ピア・ベンチマークだけでは公正の立証になりにくいとの説明は R1 による。↩
- R1 p.2・p.10(§1・§5.2)。In re Investors Bancorp(デラウェア州最高裁、2017年)。同社は株主承認の上限(全付与の30%)の範囲内で取締役12人に計5,150万ドルを付与していた。↩
- R1 p.7(§4.2、式(2)、脚注15)。差の差:処置=デラウェア州設立、事後=2012年以降、2008〜2015年、観測29,927。企業・年の固定効果、取締役でクラスター。期間中に設立州を変えた38社を除外(含めても結果は頑健と記載)。↩
- R1 p.7〜8(表4パネルA〜C)。取締役の固定効果つき(パネルC):総報酬−0.094(t=−5.84)、現金0.034(t=1.01)、株式連動−0.154(t=−3.95)、オプション−0.319(t=−6.08)、株式−0.017(t=−0.40)。統制なし(パネルA)の総報酬は−0.089(t=−5.63)。係数は対数報酬の差で、変化率(exp(係数)−1)は編集部計算。↩
- R1 p.8(§4.3、表5)。2011年の報酬が決定要因のモデルの予測値を上回った取締役(High Pay、観測11,920)と下回った取締役(Low Pay、観測11,614)。総報酬は−0.112と−0.073(差の p=0.002)、株式は−0.133(5%水準)と+0.118(10%水準)、Low Pay の現金は+0.088(10%水準)。↩
- R1 p.8(§4.2・§4.3、脚注18)。脚注18は Armstrong, Glaeser and Huang(2022)を引用。いずれも著者の解釈。↩
- R1 p.8〜9(§4.4、表6パネルA・B)。CAR[0,+3]:デラウェア州設立企業+0.74%、他州設立企業−0.44%、差1.18%ポイント(p<0.001、原表の表示は0.000。論文は “1.18 % of firm value” と表記)。CAR[−4,−1]は0.03%と0.29%(p=0.553)。市場モデル(CRSP 加重平均、−11日までの255日で推定)。仮の事象日は2012年6月19日。↩
- R1 p.9(§4.4、表6パネルC)。翌年のトービンのQ(水準)の差の差の係数0.047(t=2.20、観測3,239)。著者は「4.7%の上昇」と表現しているが、Q は対数ではなく比率の水準で、係数0.047を百分率の変化として読むことはできない(編集部)。↩
- R1 p.10〜11(§5.2、表8)。統制なし(パネルA、2008〜2020年、観測48,684)の総報酬は、2012〜2017年−0.095、2018〜2020年−0.102(いずれも判決前比)。効果の大半が2012年の判決によるとの解釈は著者による。↩
- R1 p.9〜12(§5.1・§5.3、表7・表9・図1)。業種×年の固定効果で総報酬−0.091、本社所在州×年の固定効果で−0.083、エントロピー・バランシングで−0.066。Slager を引用した事件は2023年7月までに35件(デラウェア州23件)、他州12件のうち11件は棄却(略式判決を含む)、1件は文書なし。引用のあった6州の企業を除いても−0.120。↩
- R1(研究の対象変数は報酬・CAR・トービンのQで、監督の成果の変数はない)。2022年の要旨の数値は R2(SSRN 4136377 の要旨ページ、Internet Archive の2024年7月の保存版)で、2020年の平均総報酬450,680ドル・世帯所得中央値の6.67倍。R2 の本文は未確認で、数値が異なる理由は確認できていない。↩
- R3(ECGI Finance Working Paper No.1109/2025、2026年5月版)p.3・p.6〜8。未査読。数値の結果は本記事では扱わない。↩
- 編集部計算。R1 表2パネルA(p.4)の2012年の平均総報酬272,110ドル×0.094=約25,578ドル。社外取締役10人は編集部の仮定。「1社当たり約3億」は R1 p.8 の著者の換算(”about 300 million per firm”、通貨と算出に使った時価総額の記載なし)。3億を年間の削減額(約25.6万ドル)で割ると約1,200倍。 年間の削減額(フロー)と企業価値の変化(ストック)の単純な比較で、削減の継続分の現在価値は考慮していない。↩
- R4:会社法(平成17年法律第86号)361条1項・4項(e-Gov 法令検索、2026年8月12日施行の版、2026年10月24日確認)。↩
- R4:会社法361条2項・3項・7項、400条3項(各委員会の委員の過半数は社外取締役)、404条3項、409条(同上)。↩
- R4・R5:会社法361条7項、会社法施行規則98条の5、121条4号・5号の4・6号・6号の3、124条5号(e-Gov 法令検索、2026年10月24日確認)。 361条7項の方針決定義務は、個人別の報酬等の内容を定款または株主総会の決議で定めた場合を除く(同項ただし書)。 事業報告の報酬等の記載は、総額と員数、全員の個人別の額、一部を個人別にする方式のいずれか(施行規則121条4号イ〜ハ、124条5号イ〜ハ)。↩
- R6:東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」(2026年7月21日)原則3-1(3)、原則4-2(3)と解釈指針、原則4-7、原則4-8の解釈指針。全文の「報酬」15か所を編集部が確認(2026年10月24日)。↩
参考文献(2 026年10月確認)
- R1 Fang, L. and S. Huang (2024), “The governance of director compensation,” Journal of Financial Economics 155, 103813. DOI: 10.1016/j.jfineco.2024.103813. 参照した版:受理稿(Singapore Management University 機関リポジトリ InK, 2024年5月, CC BY-NC-ND 4.0)。査読:済。 doi.org (参照箇所:受理稿 https://ink.library.smu.edu.sg/soa_research/2042 の本文 p.1〜14、表1〜9・図1で確認(ページは受理稿の PDF のページ)。補足資料(Internet Appendix)は未確認。脚注1〜18・20の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R2 Fang, L. H. and S. Huang (2022), “Director Self-Dealing and the Design of Compensation Contracts,” SSRN Working Paper. DOI: 10.2139/ssrn.4136377. 参照した版:SSRN の要旨ページ(Date Written 2022年6月14日、2022年6月23日掲載)。査読:未査読(WP)。 doi.org (参照箇所:R1 の前身(初版)。要旨のみ確認(Internet Archive の2024年7月13日の保存版)。本文は未確認。脚注1・18の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R3 Dasgupta, S., Y. Shao and Y. Xia (2026), “Paying for Failure: Director Compensation, Oversight Lapses, and Network Effects,” ECGI Finance Working Paper No. 1109/2025. 参照した版:ECGI 掲載版(2026年5月)。査読:未査読(WP)。 ecgi.global (参照箇所:p.3(要旨)・p.5〜8(序論)。脚注19の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R4 会社法
(平 成17年法律第86号)第361条・第404条・第409条 laws.e-gov.go.jp (参照箇所:e-Gov 法令検索(2026年8月12日施行の版)。脚注21〜23の根拠。閲覧日:2026年10月) - R5 会社法施行規則(平成18年法務省令第12号)第98条の5・第121条・第124条 laws.e-gov.go.jp (参照箇所:e-Gov 法令検索(2024年4月1日施行の版)。脚注23の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R6 株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」(2026年7月21日) jpx.co.jp (参照箇所:原則3-1・4-2・4-7・4-8(p.15〜22)。脚注24の根拠。閲覧日:2026年10月)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言・法務・税務の助言ではありません。研究結果は各論文の対象・期間・方法の範囲で得られたもので、日本の個別企業・案件にそのまま当てはまるとは限りません。設例は学習用の架空の数値です。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージです。