想定読者:M&Aアドバイザリー(FA)・投資銀行、事業会社の経営企画・コーポレートディベロップメント・財務、株式アナリスト・機関投資家
前提知識:現金対価と株式対価の違い、PBRと純有利子負債の基本。統計の用語は本文で説明します。

買い手の株価がここ1年で大きく上がった。対象会社の株主に自社株を渡せば、手元の現金も借入も使わずに済む。株式交換で進める案をFAが用意すると、取締役会では「株価が高いうちに株で払うのは得だが、市場からは自社株を割高と見ている合図に取られないか」という声が出る。逆に投資家は、ある会社が現金で買ったと聞くと、経営陣は自社株が安いと考えているのだろうと読むことがある。

こうした読み方の土台にある「割高な会社は株で買う」という説明は、主に米国の研究から広まった。日本の買い手にも同じことが言えるのか。この問いを日本のデータで正面から調べたのが、神戸大学・京都大学のYunxiao Huと東京大学の忽那憲治(Kenji Kutsuna)による論文である。結論は通説と逆向きで、その理由として著者らが示したのが、銀行からの長期借入という日本らしい経路だった。

この記事が主に参照する研究

Hu, Y. and K. Kutsuna(2026)「Equity overvaluation, financing, and M&A payment method: Evidence from Japan」International Review of Financial Analysis 117, 105297

  • 公表:初版はSSRNのワーキングペーパー(初出の日付は未確認。Crossrefの登録情報では2024年11月)。参照した版:学術誌の掲載版(2026年7月オンライン公開、オープンアクセス)。査読:済1
  • データ:日本の上場企業(金融業を除く)が買い手で、2006〜2023年に公表・完了した買収3,340件。対価はSDC、財務・株価は日経の財務データ2
  • 方法:割高さと「全額現金で払ったか」の関係を回帰分析で推計し、借入の増加を経由する部分を媒介分析で分解。同じ買い手の中の比較、傾向スコアによる照合なども行うが、基本は相関の分析3
  • 位置づけ:既存の理論(市場タイミング、合理的な対価設計、ペッキングオーダー)を日本のデータで検証し、借入を介する経路を補完的な仕組みとして示した実証研究

「割高なら株で払う」と​いう​説明と、​それへの​反論

出発点は、株価が本来の価値より高いときに株式を発行するのが既存株主にとって得だ、という市場タイミングの考え方である。これをM&Aに当てはめると、割高な買い手は自社株を「通貨」にして対象を安く手に入れられるので、株式対価を選びやすい。米国では2000年代前半から半ばにかけて、この見方を支える理論と実証が相次いだ4。現金対価と​株式対価の選び方を説明する際に、株式対価が「自社株を高いと見ている合図」と受け取られやすいとされるのも、同じ理屈による。

これに対し、売り手もばかではない、という反論がある。対象会社の株主が買い手株の割高さを見抜けるなら、割高な株での支払いを受け入れず、交換比率の上乗せか現金を求める。その結果、割高な買い手ほど全額株式では払いにくくなる。合理的な対価設計と呼ばれるこの考え方は、米国の大規模な標本で支持されており、2009〜2016年の米国の1,155件を調べた研究でも、買い手の過大評価は株式の比率に有意な影響を与えず、評価のずれが大きいほど現金の比率が高かった5。

Huと忽那の論文は、この二つの議論に、資金調達の側からもう一つの道筋を加える。株価が高い会社は担保価値や信用力が高く見え、借りられる額が増える(デット・キャパシティの考え方)。そしてペッキングオーダー​理論が示すように、企業は資金が要るとき、新株の発行より先に内部資金と借入を使おうとする。日本はメインバンク制に代表される銀行中心の金融システムで、貸出金利も長く1〜2.5%程度、2010〜2022年は2%未満にとどまっていた6。そうであれば、割高さはまず借入の余力を広げ、その借入が現金での支払いに回る、というのが著者らの仮説である。

肝心の「割高さ」は直接は観察できない。論文は、時価と簿価の比(PBR)を、市場価値÷理論価値と理論価値÷簿価に分ける方法を使う。理論価値は、同じ業種・年の企業の簿価・純利益・レバレッジと時価の関係から推定した、その会社の財務なら付きそうな時価である。案件の前年にこの市場価値÷理論価値(対数、以下OV(RRV))が大きいほど割高とみなし、前年のPBRそのものも補助の指標として使う7。

日本の​3,340件で​見えた​こと:割高な​買い手ほど​現金

まず前提として、日本の買い手の大半は現金で払っている。標本の79.49%(2,655件)が全額現金、20.03%(669件)が全額株式で、混合は16件しかない。期間別に区切っても、全額株式の割合は17.6〜21.0%の範囲で大きくは動かない(図1)8。

図1図1 株式で払った案件は2割前後で推移全額株式の案件の割合(%)1年当たりの件数(件)日本の上場企業が買い手の完了案件2006〜09年計1,398件20.0%350件/年2010〜15年計1,379件21.0%230件/年2016〜20年計364件17.6%73件/年2021〜23年計199件18.1%66件/年残りの約8割は全額現金(混合は全体の0.5%)期間の区切りは編集部が設定。2021〜23年は株式交付制度の施行年(2021年3月施行)を含むSDCに対価の記録がある案件だけを数えている
図1 期間別に​見た、​全額株式で​払った​案件の​割合と​1年当たりの​件数。​対象:日本の​上場企業​(金融業を除く)が​買い手で、​2006〜2023年に​公表・​完了し、​SDCに​対価の​記録が​ある​3,340件。​出所:R1(p.6 表1パネルA)の​年別件数を​基に​大手町​プレップが​期間別に​集計。​割合は​各期間の​全額株式の​件数÷件数。​2016年以降の​件数の​減少は​標本の​性質​(データベースの収録と抽出条件)に​よる​可能性が​あり、​日本の​M&A全体の​件数の​推移を​示す​ものではない。

図1の下段が示すとおり、標本の件数は2016年以降に大きく減る。2006〜09年は1年当たり約350件、2016〜20年は約73件で、株式交付制度の施行年を含む2021〜23年は199件(うち全額株式36件)にとどまる。直近の制度の効果を、この標本から読み取ることは難しい。

単純な比較では差が見えない。OV(RRV)の平均は、全額現金の案件で0.329、全額株式の案件で0.332と、ほとんど同じだった。ただし二つの群は案件の性格が違い、買い手がFAを起用した割合は、現金の案件で35.3%、株式の案件で84.9%だった9。

取引規模、取得割合、FAの有無、対象が上場か、内部留保やレバレッジ、市場の状況、業種と年をそろえて推計すると、割高さと全額現金の関係ははっきり正になる。プロビット(「全額現金か否か」の確率を説明する回帰)の係数は、OV(RRV)で0.093、PBRで0.056で、いずれも5%水準で有意だった。株式・混合・現金の順に並べた推計でも向きは同じである(PBRは10%水準)10。他の変数では、取引が買い手の総資産に比べて大きいほど現金が減り、内部留保が厚いほど現金が増え、レバレッジが高いほど現金が減った。資金の余力が対価を左右するという、これまでの研究と整合する結果である11。

表1のうち意味が大きいのは②で、同じ買い手が何度も買収している場合に、その会社の中で年ごとの割高さの違いと対価の違いを比べている。会社ごとの固定的な特徴(業種の慣行、経営者の好み、財務方針)では説明できない関係だということで、著者らは、同じ買い手が自社株のより割高な年ほど現金を選びやすいと解釈している12。

表は横にスクロールできます →

表1 研究の結果(論文の数値):検証を重ねても「割高→現金」の向きは変わらなかった
検証係数・割合(有意水準)件数読み方
① 全標本の基本推計(プロビット)OV(RRV) +0.093(5%)
PBR +0.056(5%)
3,340件割高なほど全額現金。取引規模・内部留保なども制御
② 同じ買い手の中の比較(線形確率モデル)OV(RRV) +0.033(5%)
PBR +0.027(5%)
2,753件係数は全額現金の確率の変化(割高さ1単位当たり)
③ 割高な企業/割安な企業に分割割高側 +0.186(1%)
割安側 +0.086(有意でない)
—割高側で有意。割安側では有意な関係を確認できず
④ 長期借入の増加を通る割合10.0〜17.5%(5%)
短期借入は1.7%以下
3,326〜3,340件因果媒介分析。借入を当年に測ると16.1%、前年17.5%、割高さ2年前で10.0%
⑤ 評価の不確実性(割高・割安の大きさ)+0.147(5%)3,340件ずれが大きいほど現金。合理的な対価設計と整合
⑥ 傾向スコアで似た企業どうしを比較OV(RRV) +0.123(5%)
PBR +0.076(5%)
1,254件現金払い企業と株式払い企業の属性の差を揃えた後も残る
出所:R1(p.8 表4、​p.9 表5、​p.10 表6、​p.11 表7・​表8、​p.13 表11、​p.14 表13)の​数値を​基に​大手町​プレップが​整理。​括弧内は​論文が​示す​有意水準。​OV(RRV)は​案件前年の​「市場価値÷理論価値」の​対数​(Rhodes-Kropf et al. 2005の​分解に​よる​企業固有部分)、​PBRは​前年の​株価純資産倍率。​①⑤⑥は​プロビットの​係数で、​確率の​変化幅ではない。​④の​割合は、​割高さと​全額現金の​関係の​うち長期借入の​増加を​経由する​部分の​推計値で、​観察データの​分解であり、​借入が​現金払いを​引き起こした​ことの​証明ではない。​いずれも​相関の​分析で、​業種・年​(②は買い手・年)の​固定効果を​含む。

では、どれくらいの大きさか。②の線形確率モデルの係数0.033は、OV(RRV)が1上がると全額現金の確率が0.033(3.3%ポイント)上がることを意味する。OV(RRV)の標準偏差0.802(市場価値÷理論価値で約2.2倍の違いに当たる)を掛けると約2.6%ポイント、PBRで同じ計算をすると約3.6%ポイントになる。全体の現金比率が約8割であることを考えると、統計的には頑健でも、1件ごとの対価を割高さで言い当てられるほど大きな差ではない13。

もう一つの特徴は、割高側と割安側で結果が分かれたことだ。前年に割高だった企業だけで推計すると正の係数が有意だったが、割安だった企業では有意な関係を確認できなかった(係数は正だが有意でない)。これは割安側に関係が無いことの証明ではなく、両群の係数の差を検定したものでもない。著者らは最初から、割高は現金を増やすが、割安だから株式を使うとは限らないという非対称な仮説を立てており、結果はそれと矛盾しない14。「現金で買った=経営陣は自社株を安いと見ている」という逆向きの読みを、この標本の結果で裏付けることはできない。

なぜ現金なのか:長期借入と​いう​経路

著者らは、割高さが借入を増やし、その借入が現金払いにつながる、という経路を媒介分析で確かめた。全体の関係(割高さ→現金)を、借入の増加を経由する部分と、それ以外に分ける手法である。借入の増加を案件の年、前年、さらに割高さを2年前・借入を前年に置いて時間の順序をずらしても、長期借入の増加を通る部分は5%水準で有意に残った。全体の関係のうち長期借入の増加を経由する割合の推計は、借入を案件の年に測ると16.1%、案件の前年に測ると17.5%、割高さを2年前・借入を前年に置くと10.0%で、短期借入を通る部分は1.7%以下でゼロと区別できなかった15。著者らは、日本では現金での買収の資金は主に長期借入で、短期借入は運転資金に使われるという前提を置いており、長期だけに効くことをその裏付けとしている16。

借入の余力が株価に左右される具体的な仕組みとして、論文は株式担保融資も挙げる。担保の株の時価に掛け目をかけた額が貸出の上限になるので、株価が高いほど借りられる額が増える17。また、上位10株主に銀行が多い企業ほど、割高さと長期借入の増加の結びつきが強かった。ただしメインバンクの持株比率で測ると有意ではなく、著者ら自身も、銀行持株の変数は取引関係・監視・持合い・信用力など複数のものを拾うため「示唆的な証拠」にとどめている18。

売り手の側の論理も消えてはいない。割高・割安を問わず、評価のずれの大きさ(不確実性)が大きいほど現金が選ばれており、合理的な対価設計の予想と合う。ただし、長期借入と会計上の利益調整の指標を同時に媒介として入れると、長期借入の寄与が9.84〜19.00%だったのに対し、利益調整の指標の寄与は−2.06〜2.52%と小さかった19。傾向スコアで現金払い企業と株式払い企業の属性をそろえた比較や、業種平均を使った補助的な操作変数の推計でも、向きは変わらない20。著者らはこれを、市場タイミングや合理的な対価設計を否定せず補完するもので、日本の銀行中心の金融システムが借入の経路を米国より強めている、と解釈している21。

研究対象・​方法・​適用範囲と​限界

対象は、SDCに対価の記録がある、完了した案件に限られる。撤回された案件は、資金調達以外の理由(規制・相場)で中止されうるとして除かれている。買い手が非上場の案件や、データベースに載らない案件は入っていない。分析に使ったデータは請求に応じて提供されるとされ、公開はされていない22。

次に因果である。同じ買い手の中の比較や時間の順序をずらした媒介分析は、逆の因果や会社ごとの違いをかなり抑えるが、割高さそのものをランダムに動かしたわけではない。媒介分析の割合も、観察データを分解した推計値である。「割高だから借りられ、借りたから現金で払った」と言い切るのではなく、そう解釈できる関係が統計的に安定して見つかった、と読むのが妥当だ。

合理的な対価設計を提唱した米国の研究は、1980〜2014年の6,200件で、大きく過大評価された買い手ほど全額株式の確率が低いことを示しており23、本論文の主結果と同じ向きである。日本でも、1996〜2007年の372件を調べた神戸大学の研究者らの論文が、手元資金の厚い企業ほど現金対価を積極的に使うと報告していた24。今回の研究の新しさは、割高さと現金の関係を日本の大きな標本で確かめ、その一部が長期借入を通ることを示した点にある。

大手町​プレップの​考察​(仮説):日本の​株式対価は​「割高の換金」より​「組織再編の道具」ではないか

ここからは編集部の見方であり、論文が検証したことではない。日本で株式対価が選ばれる案件は、上場子会社の​完全子会社化や、TOBの後に残った株式を株式交換で取得する場面など、グループ内の再編の色合いが濃いものが多いと考えられる(仮説)。株式案件の84.9%でFAが起用され、取得割合も現金案件より高かったという記述統計は、株式対価が法定の手続と算定書・交換比率の交渉を伴う案件に偏っている可能性と矛盾しない(ただし、FA起用率と取得割合だけで組織再編への集中を確かめたことにはならない)。そうした案件では、対価の形は割高さより、対象の株主構成や完全子会社化の手続の都合で決まりやすい可能性がある。割高さが現金の選択に効くという結果は、株式対価の多くがそもそも「割高を換金する」目的で使われていないことの裏返しかもしれない。

もう一つは金利である。論文の標本期間は、貸出金利が2%未満で推移した低金利期とほぼ重なる。日本銀行は2024年3月にマイナス金利政策を含む枠組みを見直し、短期金利を操作の主な手段に戻した25。借入のコストが上がる局面で、割高さ→長期借入→現金という経路が同じ強さで働くかは、この研究の範囲の外にある。借入が高くつくほど、割高な株を対価にする誘因は相対的に強まりうる、というのが編集部の仮説である。

日本の​実務への​応用:対価の​提案と、​対価から​読むこと

制度面では、自社株を対価にする手段が2021年に一つ増えた。株式交付は、株式会社が他の株式会社を子会社にするためにその株式を譲り受け、対価として自社株を交付する仕組みで、発行済株式の全部を取得する株式交換と違い、対象を子会社にする範囲での一部の取得にも使える26。この制度は令和元年の会社法改正で設けられ、2021年3月1日に施行された27。標本のうち施行年を含む2021〜23年の案件は199件にとどまり(年別の集計なので施行日の前後は区別できない)、株式交付が買い手の対価選択をどう変えたかは、この研究からは分からない。

FAが対価を提案するとき、この研究から引き出せる実務上の含意は二つある(編集部の整理)。一つは、買い手の株価が高いことは、株式対価の根拠である以上に、借入で現金を用意できる根拠になりうることだ。株価水準、取引銀行との関係、既存の借入の条件(コベナンツ)、追加で借りた後の純有利子負債÷EBITDAを並べ、現金でどこまで払えるかを先に確かめる。もう一つは、売り手が買い手株の評価に疑いを持つほど、株式対価は交換比率の上乗せを求められやすいことだ。株価の変動を誰が負うかはカラー条項でも調整できるが、割高さそのものの評価の差は埋まらない。

投資家の側では、「株式対価=割高の合図」と機械的に読むのを避けたい。対価の形だけでなく、案件前後の長期借入の増加、取引規模、対象が上場か、FAの起用を合わせて読むほうが、買い手の資金の状況は見えやすい。

学習用の​設例:割高な​株で​払うと、​誰から​誰へ​価値が​動くか

学習用の設例(架空)

  • 買い手A社:発行済株式100百万株。編集部が置いた1株当たりの理論価値は1,000円。市場株価がこれを0〜40%上回る5つの場合を比べる
  • 対象T社:株式価値26,000百万円で合意(T社の価値は双方が正しく評価できているとする)。統合のシナジーはゼロ
  • A社のEBITDAは12,000百万円、買収前の純有利子負債は10,000百万円。現金で払う場合は全額を借入で用意する

株価が理論価値を30%上回る(1,300円)とき、市場株価で換算するとT社の株主に渡す株は20.0百万株で済む。しかし統合後の理論価値(126,000百万円)で測ると、T社の株主が受け取る価値は21,000百万円にとどまり、差額の5,000百万円がT社の株主からA社の既存株主へ移る。T社の株主がこの割高さを見抜けば、理論価値で釣り合う26.0百万株を求め、A社の既存株主の得は消える(表2)。

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表2 学習用の設例(架空):A社株の割高さ別に、株式で払う場合と借入で払う場合を比べる
① 市場株価の割高さ(株価)② 市場株価で換算した交付株数③ 売り手の受取の理論価値④ 売り手からA社既存株主への移転⑤ 売り手が求める株数⑥ 借入で払った後の純有利子負債÷時価総額
0%(1,000円)26.0百万株26,000百万円0百万円26.0百万株36.0%
10%(1,100円)23.6百万株24,088百万円1,912百万円26.0百万株32.7%
20%(1,200円)21.7百万株22,438百万円3,562百万円26.0百万株30.0%
30%(1,300円)20.0百万株21,000百万円5,000百万円26.0百万株27.7%
40%(1,400円)18.6百万株19,735百万円6,265百万円26.0百万株25.7%
出所:学習用の​仮定に​基づき大手町​プレップ作成​(架空のA社・T社)。​前提:A社の​発行済株式100百万株、​1株当たり​理論価値1,000円​(編集部の置き値)、​T社の​株式価値26,000百万円で​合意、​統合の​シナジーは​ゼロ、​A社の​EBITDA 12,000百万円・​買収前の​純有利子負債10,000百万円。​③売り手の​受取の​理論価値=統合後の​理論価値​(A​社100,000+T​社26,000百万円)×交付株数÷統合後の​株数。​④=合意額−③。​⑤は​売り手が​A社株を​理論価値で​評価して​求める​株数。​⑥は​全額を​借入で​払った​後の​純有利子負債÷買収前の​時価総額。​純有利子負債÷EBITDAは​株価に​関係なく​0.83倍から​3.00倍に​上がる。​論文の​推計ではなく、​仕組みを​学ぶための​例。

現金で払う場合、A社の純有利子負債は36,000百万円に増え、純有利子負債÷EBITDAは株価に関係なく0.83倍から3.00倍に上がる。一方、時価総額に対する純有利子負債の比率は、割高さ0%の36.0%に対して30%なら27.7%と低く見える。株価が高いと、同じ借入でも時価で見た負担は軽くなり、株式担保の上限も上がる。ただし、キャッシュフローで返す負担は株価では変わらない。株価が理論価値に戻れば、時価ベースの余力は縮む。

明日から​使える​確認項目

  1. 買い手の株価水準を、同業のPBRや自社の過去の水準だけでなく、利益・純資産から見た理論的な水準とも比べ、割高さの見立てと、その不確かさの幅を書き出す。
  2. 現金対価の可能性を先に検討する。取引銀行に「この規模の買収資金を長期借入で用意できるか、条件はどうなるか」を確かめ、借入後の純有利子負債÷EBITDAとコベナンツの余裕を計算する。
  3. 株式対価を提案する場合は、表2の要領で、市場株価で換算した交付株数と、売り手が理論価値で評価した場合に求めうる株数の差を出し、交換比率の交渉余地と既存株主の希薄化を事前に示す。
  4. 他社の案件を読むときは、対価の形に加え、案件の前年・当年の長期借入の増減、取引規模(買い手の総資産比)、対象が上場か、FAの起用を確認し、「株式対価だから割高の合図」と一足飛びに結論づけない。
  5. 2024年以降の金利上昇を踏まえ、低金利期の研究の結果をそのまま当てはめていないかを確かめる。借入コストの上昇は、現金対価の有利さを弱める方向に働きうる。

よく​ある​質問

この​研究は​「株式対価は割高のシグナル」と​いう​説明を​否定したのですか。

否定ではありません。​著者らは、​市場​タイミングや​合理的な​対価設計の​考え方を​覆すのではなく、​日本では​借入の​経路が​加わる​ために​観察される​結果が​変わると​解釈しています。​日本の​標本では、​割高な​買い手ほど​現金を​選ぶ​傾向が​見られた、と​いうのが​研究の​示した​ことです。

まとめ

日本の上場企業が買い手となった3,340件では、自社株が割高な買い手ほど、株式ではなく現金で払う傾向があった。同じ買い手の中の比較などでも向きは変わらず、その一部は長期借入の増加を経由していた(推計で、借入を案件の年に測ると16.1%、前年なら17.5%、割高さを2年前に置くと10.0%)。割安な買い手では有意な関係を確認できなかった。関係は統計的に頑健だが相関の分析で、編集部が全標本の標準偏差で換算した目安では、全額現金の確率の差は約2.6〜3.6%ポイントにとどまる。標本は低金利期の完了案件が中心で、株式交付の施行年を含む2021〜23年の案件は少ない。対価は、借入の余力と売り手の評価の両面から設計し、読み解きたい。

脚注

  1. R1 p.1〜2(論文情報)。学術誌の受付2025年4月21日、改訂受付・採択2026年7月12日、オンライン公開2026年7月16日、巻号は2026年9月。CC BY-NC-NDのオープンアクセス。初版はSSRNのワーキングペーパー(R2。Crossrefの登録日は2024年11月5日。同題の別ID 5018203は11月12日)。SSRNの掲載ページは本稿の調査では閲覧できず、Date Writtenは未確認。前身の論文・学会報告は見つからなかった。ページはR1の神戸大学リポジトリ版PDFの通し番号(p.1は表紙。誌面の印刷ページに1を足した番号)。↩
  2. R1 p.5(3.1節)、p.6(表1)。条件は、2006〜2023年に公表・完了、買い手が日本の上場企業、取引額100万円以上、SDCに全額現金・全額株式・混合のいずれかの記録があること。金融業の買い手と欠損を除く。財務・株価は日経Financial Quest。↩
  3. R1 p.7(被説明変数)、p.9(表5:買い手固定効果の線形確率モデルと条件付きロジット)、p.10〜11(表7・表8:KHB法と因果媒介分析)、p.14(表13:傾向スコアマッチング)、p.15〜16(付録B:補助的な操作変数推計)。↩
  4. R1 p.2〜4の先行研究の整理(Shleifer and Vishny 2003、Rhodes-Kropf and Viswanathan 2004、Dong et al. 2006など)による。これらの論文の本文は本稿では確認していない。↩
  5. 合理的な対価設計はR3による(本稿では本文未確認。R1 p.4とR4 p.937の要約で確認)。米国の1,155件の結果はR4 p.933(要旨)・p.935・p.941。R1は評価の不確実性の検定にR4の方法を使っている(R1 p.12)。↩
  6. R1 p.3〜5(1節・2.2節)。貸出金利の水準はR1が日本銀行の統計を引用したもの(R1 p.3 脚注2)。↩
  7. R1 p.5〜7(3.2.1節)。Rhodes-Kropf, Robinson and Viswanathan(2005)の分解。理論価値は簿価・純利益(の絶対値)・赤字ダミー・レバレッジによる業種別・年別の回帰係数の平均から推定し、案件前年の企業固有の部分を割高さとする。補助指標は前年のPBR。↩
  8. R1 p.5、p.6(表1パネルA)。期間別の割合と1年当たりの件数は、表1パネルAの年別件数から編集部が集計(図1)。↩
  9. R1 p.6(表2)、p.7(3.3節)。OV(RRV)全体の標準偏差は0.802。取得割合の平均は全額現金53.83%、全額株式56.16%。↩
  10. R1 p.8(表4)。プロビットはOV(RRV) 0.093、PBR 0.056(いずれも5%水準)。順序プロビット(株式=1、混合=2、現金=3)はOV(RRV) 0.090(5%)、PBR 0.053(表の記号では10%)。本文(p.8)は四つの推計をまとめて「5%水準で有意に正」と書いている。件数3,340件、業種・年ダミーを含む。↩
  11. R1 p.8(4.1節・表4)。取引規模(取引額÷総資産)の係数−0.915、対象が上場なら0.489、買い手FAありは−1.454(いずれも1%水準)。内部留保比率は正、レバレッジは負で有意。↩
  12. R1 p.9(表5)。線形確率モデルは買い手と年の固定効果、標準誤差は買い手単位でクラスター。OV(RRV) 0.033、PBR 0.027(いずれも5%)、2,753件。条件付きロジットはOV(RRV) 0.250(10%)、PBR 0.354(5%)、対価が変化した買い手の1,471件。解釈はp.9。↩
  13. 編集部の計算(finance/calc.py)。R1表5(p.9)の線形確率モデルの係数に、表2(p.6)の全体の標準偏差(OV(RRV) 0.802、PBR 1.336)を掛けた。固定効果モデルの係数は同じ買い手の中の変動から推計されるため、全体の標準偏差を掛けると大きめの目安になる。約2.2倍は、OV(RRV)が対数であることからexp(0.802)で換算した値。↩
  14. R1 p.9〜10(表6)。割高側(OV(RRV)が0超、PBRが1超)でOV(RRV) 0.186(1%)・PBR 0.076(5%)、割安側でOV(RRV) 0.086・PBR 0.407(いずれも有意でない)。仮説の非対称性はR1 p.4(2.1節)。↩
  15. R1 p.10〜11(4.2節、表7・表8)。KHB法で長期借入を通る間接効果は、借入を案件の年に置くと0.016、前年で0.017、割高さを2年前・借入を前年に置くと0.012(いずれも5%)。因果媒介分析(Imai et al. 2010)で長期借入を通る割合は16.1%・17.5%・10.0%、短期借入は1.7%・0.4%・ほぼ0(有意でない)。借入の増加額は対数。↩
  16. R1 p.10(4.2.1節)。著者らの制度理解として書かれており、出典は示されていない。↩
  17. R1 p.4(2.1節・脚注3)。論文は2020年の国内大手企業の株式担保融資を例に挙げている。↩
  18. R1 p.11〜12(4.3.1節・表9)。上位10株主に占める銀行の割合との交差項は総借入0.007、長期借入0.008(いずれも5%)、上位10の銀行の持株比率との交差項は長期借入で0.022(5%)。メインバンクの持株比率(1,389件)は有意でない。コロナ期(2020〜21年)は割高さと総借入の関係が弱かった(交差項−0.776、5%。長期・短期では有意でない。R1 p.12 表10)。↩
  19. R1 p.12〜14(4.4節、表11・表12)。評価の不確実性(OV(RRV)の絶対値)の係数0.147(5%)、PBRの絶対値は有意でない。二つの媒介変数の同時分解で、長期借入の寄与は前年の割高さで16.63〜19.00%、2年前で9.84〜11.31%、裁量的会計発生高(利益調整の指標)の寄与は−2.06〜2.52%。↩
  20. R1 p.14(表13):照合後の1,254件でOV(RRV) 0.123、PBR 0.076(いずれも5%)。R1 p.15〜16(付録B・表B1):業種平均の2年前の割高さを操作変数とし、第1段のF値は14.18と50.14。著者らは操作変数推計を因果の識別ではなく、向きの一貫性を示す補助的な証拠と位置づけている。↩
  21. R1 p.14〜15(5節)。↩
  22. R1 p.5(完了案件に限る理由)、p.16(データの入手可能性)。↩
  23. R3。本稿では本文を確認しておらず、R4 p.937の要約とR1 p.4の整理による。↩
  24. R5 p.1(要旨)、p.4(1996年1月〜2007年10月の372件、RECOFのデータ)。学会報告用の論文(EFMA 2010)。↩
  25. R6 p.1。無担保コールレート(オーバーナイト物)を0〜0.1%程度で推移するよう促す方針とした。その後の政策金利の推移は本稿では扱っていない。↩
  26. R7 第2条第31号(株式交換)・第32号の2(株式交付)、第767条、第774条の2。↩
  27. R8。令和元年法律第70号(2019年12月11日公布)。↩

参考文献​(2026年10月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言・法務・税務の助言ではありません。研究結果は各論文の対象・期間・方法の範囲で得られたもので、日本の個別企業・案件にそのまま当てはまるとは限りません。設例は学習用の架空の数値です。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージです。