想定読者:買収ファイナンスやLBOを学んでいる方、事業会社のM&Aの資金調達や借入契約に関わる方
前提知識:貸借対照表と借入の基本(ブリッジローン・WBS・コベナンツは本文で説明します)

2006年3月17日、ソフトバンクはボーダフォン・グループPLCとの間で、日本のボーダフォン株式会社を買収することで合意したと発表した。全額出資子会社が発行済普通株式の約97.7%を取得し、株式価値は約1.75兆円の予定とされた。同じ発表の資金調達(予定)の欄には、ソフトバンク出資2,000億円、ヤフー出資1,200億円と並んで、「LBOによるノンリコースローン」1.1兆〜1.2兆円と書かれている1。ノンリコースローンは、返済の請求先を特定の会社や資産に限る借入で、本件での範囲は後で確かめる。

この数字だけを見ると、巨額の買収を借金で賄ったように読める。実際の開示をたどると、資金は何層にも分かれ、出し手も一つではなかった。銀行の短期借入は半年あまりで長期の借入に置き換えられ、その過程で借り手も担保も変わった。本稿では、買収の資金がどの順で、何を担保に、どう借り換えられたかを、ソフトバンクと買収された会社の開示資料で時点ごとに確かめる。買収の成否や経営判断の評価はしない。

表1 年表:計画・実行・方針・決議・実行を分けて並べる
日付出来事
2006年3月17日(計画)ソフトバンクがボーダフォン株式会社の買収で合意。全額出資子会社が約97.7%を取得、株式価値は約1.75兆円の予定。資金調達の予定は、ソフトバンク出資2,000億円、ヤフー出資1,200億円、「LBOによるノンリコースローン」1.1兆〜1.2兆円。ボーダフォン側は優先株式新株予約権3,000億円相当と劣後債1,000億円相当に投資する予定
2006年4月4日〜24日BBモバイルが公開買付け(1株313,456円)。応募5,299,814株をすべて買付け
2006年4月27日(実行)決済完了。BBモバイルの保有は99.5%。普通株2,000億円・優先株4,200億円・劣後借入1,000億円を調達し、17行・総額1.28兆円のブリッジ・ファシリティから約1.16兆円を借り入れ
2006年9月29日(方針)ブリッジの長期化・多様化のため、携帯電話事業の事業証券化(WBS)で借り換える方針を発表。総額1.45兆円の予定(Class A 1.15兆円・Class B 0.3兆円)
2006年10月1日ボーダフォン株式会社がソフトバンクモバイル株式会社(SBM)に商号変更
2006年11月17日(決議)取締役会が7件の取引を承認。SBMの借入1.45兆円、ブリッジ返済、優先株の条件変更、拒否権付株式の発行、担保設定、社債の信託型デット・アサンプション、劣後ローンの債務引受
2006年11月30日(実行)借換え完了。SBMの借入は1兆3,660億円(最長13年)、BBモバイルへの貸付1兆407億円、ブリッジ返済1兆1,738億円
出典:ソフトバンクの​2006年3月17日・4月25日・4月27日・9月29日・11月17日・11月30日の​発表​(R1〜R3・R5〜R7)、​ソフトバンクモバイル​半期報告書​(R4)を​もとに​編集部作成。​(計画)​(方針)​(決議)は​予定の​数字で、​実行の​数字とは​異なる。​ブリッジ​借入額は​4月27日の​発表では​約1.16兆円、​SBM​半期報告書では​1兆1,660億円と​記される。

計画​(3月17日)と​実行​(4月27日)​——資金の​出し手は​4層あった

3月の発表は、売り手の側も資金を出す予定だと記していた。ボーダフォンインターナショナルホールディングスB.V.が、ソフトバンクの子会社に3,000億円相当の優先株式新株予約権(優先株を取得できる権利)と1,000億円相当の劣後債で投資し、その優先株式等を持つ間は取締役1名を指名できるとされた2。

買収主体のBBモバイル株式会社は、4月4日から24日まで1株313,456円で公開買付けを行い、応募5,299,814株をすべて買い付けた。代金は編集部の計算で約16,613億円になる3。4月27日の決済でBBモバイルの保有は99.5%に達した。同日の発表によれば、資金は普通株2,000億円(ソフトバンクの完全子会社モバイルテックが引受け)、優先株4,200億円(ボーダフォン・グループとヤフーが引受け)、ボーダフォン側からの劣後借入1,000億円、そして7社を共同主幹事とする17行・総額1.28兆円のブリッジローンの枠からの約1.16兆円の借入で構成された4。買収された会社の半期報告書は、このブリッジ借入を1兆1,660億円と記す5。

2006年4月27日の買収資金の出し手図1 2006年4月27日、買収資金は誰が出したかBBモバイル(買収主体)の資金調達。単位:億円普通株ソフトバンク側2,000優先株ボーダフォン側3,000優先株ヤフー1,200劣後借入ボーダフォン側1,000ブリッジ借入銀行17行11,660資金の合計 1兆8,860億円に占める割合(編集部の計算)銀行以外 38%ブリッジ借入 62%売り手のボーダフォン側が優先株と劣後借入で4,000億円(資金の合計の約21%)を出した。全額が借金ではない劣後借入は負債。優先株は普通株と権利・償還条件が異なり、会計上の分類と返済の順位は分けて確かめる
出典:ソフトバンク​「ボーダフォン買収完了に関するお知らせ」​2006年4月27日​(R3)、​ソフトバンクモバイル​半期報告書​(R4、ブリッジ借入額1兆1,660億円)、​ソフトバンク2011年1月25日発表​(R9、ヤフー分の優先株1,200億円)。​ボーダフォン​側の​優先株3,000億円は、​合計4,200億円から​ヤフー分を​差し引いた​編集部の​計算で、​3月17日の​計画​(3,000億円相当)と​一致する。​割合は​編集部の​計算。​公開買付代金などの​資金の​使い道の​全体表は​開示されておらず、​本図は​出し手の​側だけを​示す。

資金の合計1兆8,860億円のうちブリッジ借入が約62%、それ以外の普通株・優先株・劣後借入が約38%を占める。売り手のボーダフォン側が出した優先株と劣後借入は計4,000億円で、合計の約21%に当たる(割合は編集部の計算)6。発表の数字からは借金で賄ったように読めるが、株式価値約1.75兆円を全額借入で賄ったと読むのは、開示と合わない。一方で、ソフトバンク側の普通株2,000億円は、3月に示された株式価値の約11%にとどまる。分母を株式価値にするか資金の合計にするかで、割合は変わる。

今の金融の言葉でいえば、普通株の上に、優先株と劣後借入というメザニンに近い層、その上にシニアの銀行借入が積まれた構造である。ただし劣後借入は負債である。優先株は普通株と権利・償還条件が異なり、会計上の分類と返済の順位は分けて確かめる必要がある。どの層に誰がいたかを書き出すと、売り手と事業提携先が資金の出し手を兼ねていた点が見えてくる。

ブリッジローン——期限約11か​月の​「つなぎ」と、​上がっていく​金利

ブリッジローンは、本来の資金調達が整うまでの間をつなぐ短期の借入である。半期報告書によれば、このブリッジの返済期限は2007年3月31日で、金利はTIBOR(東京の銀行間の基準金利)に上乗せする形で、9月30日まで+2.5%、12月31日まで+3.0%、2007年1月以降は+3.5%と、10月と翌年1月に段階的に上がる設定だった。担保は子会社の株式と、BBモバイルの子会社間の融資金とされている7。同じ報告書は、買収された会社自身が、BBモバイルの完全子会社になった場合に、BBモバイルが買収資金等のために借り入れた債務を連帯保証する契約を追認していたと記す8。

ブリッジ借入の上乗せ金利図3 ブリッジ金利は10月と翌年1月に段階的に上がるTIBORに上乗せする金利(%)。SBM半期報告書の記載1234+2.5%+3.0%+3.5%2006/4/2710/12007/1/13/3111/30 借換え実行薄色・破線は契約上の予定。11/30 の返済後は適用なし9/29 方針発表返済期限は2007年3月31日。実行から借換えまで217日金利の上昇が借換えを促したかは資料に書かれていない
出典:ソフトバンクモバイル​半期報告書​「経営上の重要な契約等」​(R4)。​TIBOR​自体の​水準と、​実際に​支払った​利息の​額は​本図に​含めない。

期間とともに上乗せ金利が上がる契約は、借り手に早めの借換えを促す設計として一般に使われる。ただし本件で金利の上昇が借換えの時期を決めたとは、資料に書かれていない。資料で確かめられるのは、借入から217日後に返済されたことである。

9月29日の​方針と​11月17日の​決議——借換え​先は​事業証券化​(WBS)

9月29日、ソフトバンクはブリッジ借入の長期化・多様化を目的に、携帯電話事業の事業証券化(WBS、ホール・ビジネス・セキュリタイゼーション)で借り換える方針を発表した。借り手は買収された会社で、調達予定額は総額1.45兆円(Class A 1.15兆円・最長10年、Class B 0.3兆円・最長13年)。格付は3社から取得する予定で、財務制限条項を設け、担保は原則として同社の全資産とされた。条件は「現時点のもの」と注記されている9。ボーダフォン株式会社は10月1日にソフトバンクモバイル株式会社(以下SBM)に商号を変えた。

11月17日の取締役会は、借換えに関わる7件の取引を承認した。SBMの借入1.45兆円は、トランシェ(返済条件ごとに分けた枠)1が1.15兆円(最長10年)、トランシェ2が1,250億円、トランシェ3が1,750億円(ともに13年)。貸主は、SPCのWBSファンディングから金銭の信託を受けたみずほ信託銀行で、実際の資金の出し手は国内外の金融機関・投資家とされた。金利は実行日に開示する予定で、1.45兆円にはトランザクションコスト等が含まれていた10。

WBSは、通常の証券化(売掛金などの資産を切り出して譲渡し、その資産のキャッシュフローで返す仕組み)と仕組みが違う。開示を見る限り、本件は資産を譲渡する真正売買ではなく、事業会社の借入に、事業全体の資産を担保として設定する形で組まれた。返済の原資は携帯電話事業のキャッシュフローそのものになる。構造上の要点は、借り手が変わったことにある(編集部の整理)。ブリッジの借り手は持株会社のBBモバイルだったが、WBSの借り手は事業を営むSBMになった。子会社の資産からの弁済は、まず子会社の債権者に向かう。子会社への直接の請求権や保証がなければ、持株会社の貸し手は後回しになりやすい(構造的劣後)。本件では買収された会社自身の連帯保証契約の記載もあり、ブリッジの貸し手がどこまで守られていたかは保証の条件による。借り手を事業会社に移すことで、貸し手はキャッシュフローと資産に直接つながる。

債権者は​何で​守られたか​——担保・​財務制限条項・​拒否権付株式

長期の貸し手を守る仕組みは三つあった。第一は担保で、SBMの原則すべての資産、BBモバイルが持つSBM株式、モバイルテックが持つBBモバイル株式に、抵当権・質権・譲渡担保権が設定された。SBMが持つ担保資産は2006年9月末で7,028億円と記されている(評価の基準は記載がない)11。

第二は財務制限条項(コベナンツ)である。財務上の目標に累積負債削減額とEBITDA、事業上の目標に契約者数が含まれ、満たしている限りは新サービスや設備投資に一定の自由度が認められる。半期報告書は、負債残高を修正EBITDAで割ったレバレッジ・​レシオも基準に含め、基準を満たさないと設備投資の制限、新規サービスの事前承認、取締役の過半数の選任、経営権の行使等がなされると説明する。基準値は開示されていない12。

第三は拒否権付株式である。BBモバイルはみずほ信託銀行に1株(発行価額20万円)を発行し、WBSの債権が残る間、取締役1名の選解任と、追加借入、新規事業の開始、定款変更、新株等の発行、解散や倒産の申立てへの拒否権を与えた。発表は、これが買収防衛のためではないと明記している13。貸し手が株主の権利を持つ点が、通常の貸付との違いである。

同じ決議では、上位の借入を優先するための整理も行われた。ボーダフォン側とヤフーが持つ優先株は2013年3月期まで無配とされ、SBMの借入を全額返済した後に償還される条件に変わった14。SBMの既存社債1,000億円(4回号×250億円)は、信託型デット・アサンプション(ディフィーザンスの一種)で処理する計画だった。社債の元利払いに充てる資金を、SBMの借入の一部から信託銀行に金銭信託し、所定の会計要件にもとづきオフバランス化する予定とされた15。これは会計上の扱いで、社債の法的な債務が当然に消えることを意味しない。ボーダフォン側の劣後借入1,000億円は、175億円を期限前に返済し、残り825億円をSBMが引き受ける計画だったが、半期報告書は実行時の引受額を845億円(年7.5%)と記し、条件変更の費用75億円の支払いにも触れている16。

11月30日の​実行——計画の​1.45兆円と、​実行の​1兆3,660億円

借換えは11月30日に完了した。半期報告書の「重要な後発事象」によれば、SBMは1兆3,660億円(最長13年)を借り入れ、BBモバイルに1兆407億円を貸し付け、BBモバイルはブリッジ借入1兆1,738億円を返済した17。決議時の1.45兆円とは840億円の差があるが、理由は資料に書かれていない。ソフトバンクは、この借換えが2007年3月期の連結の経常利益に約129億円、税引前当期純利益に約159億円のマイナスの影響を与える見込み(一時的な手数料等を含む)と発表した18。SBMは同期の約定利息の想定額を204億円と記すが、金利そのものは載せていない19。

借換え後の構造図2 借換え後の構造:返済原資を携帯事業に寄せる2006年11月30日の実行値(SBM半期報告書)と11月17日決議の条件国内外の金融機関・投資家→ WBSファンディング(SPC)→ みずほ信託銀行(形式上の貸主)SBMローン 実行1兆3,660億円(決議時の計画は1.45兆円・最長13年)ソフトバンクモバイル(SBM)旧ボーダフォン。携帯電話事業の会社担保:原則すべての資産財務制限条項:累積負債削減額・EBITDA・契約者数・レバレッジ・レシオ貸付 1兆407億円BBモバイル(買収主体)SBM株式を保有(担保に提供)拒否権付株式1株をみずほ信託に発行ブリッジ返済 1兆1,738億円返済額との差1,331億円の資金の対応は本図では示していないブリッジの銀行団(4月に17行)ソフトバンク(親会社)モバイルテックBBモバイル株式を保有(担保に提供)株主株主・計画と実行の差の理由は資料に書かれていない・WBSの資金は「資産の売却」ではなく、SBMの借入に担保を設定する形(開示の記載による)・ソフトバンク(親会社)の保証の有無と範囲は、取得した開示資料では確認できない・矢印はお金の流れ。点線は株式の保有関係
出典:ソフトバンク2006年11月17日発表​(R6)、​ソフトバンクモバイル​半期報告書​「重要な後発事象」​(R4)を​もとに​編集部作成。​みずほ信託銀行は​SPCから​金銭の​信託を​受けた​形式上の​貸主で、​実際の​資金の​出し手は​国内外の​金融機関・​投資家​(R6の脚注)。​SBMは、​BB​モバイルの​完全子会社に​なった​場合に、​BB​モバイルが​買収資金等の​ために​借り入れた​債務を​連帯保証する​契約を​追認していた​(R4)。
表2 時点ごとの資金構造(計画と実行を同一視しない)
時点シニアの借り手シニアの借入劣後株式(普通株・優先株)
3月17日(計画)ソフトバンク全額出資子会社「LBOによるノンリコースローン」1.1兆〜1.2兆円劣後債 1,000億円相当(ボーダフォン側)ソフトバンク出資 2,000億円、ヤフー出資 1,200億円、優先株式新株予約権 3,000億円相当(ボーダフォン側)
4月27日(実行)BBモバイルブリッジ借入 約1.16兆円(期限2007年3月31日)劣後借入 1,000億円(ボーダフォン側)普通株 2,000億円、優先株 4,200億円
9月29日(方針)ソフトバンクモバイルWBS 1.45兆円(Class A 最長10年・Class B 最長13年)——
11月17日(決議)ソフトバンクモバイルSBMローン 1.45兆円(3トランシェ。コスト等を含む)175億円を期限前返済、残り825億円をSBMが引受(計画)優先株の条件変更(2013年3月期まで無配)、拒否権付株式1株
11月30日(実行)ソフトバンクモバイルSBMの借入 1兆3,660億円(最長13年)SBMが引き受けた劣後ローン 845億円(13.5年)—
出典:R1・​R3・​R4・​R5・​R6を​もとに​編集部作成。​単位は​資料の​表記どおり。​計画と​実行の差​(借入1.45兆円と​1兆3,660億円、​劣後825億円と​845億円)の​理由は、​取得した​資料に​説明が​ない。​ブリッジの​返済額​(1兆1,738億円)も、​4月の​借入額の​表記​(約1.16兆円・1兆1,660億円)と​一致しない。

売り手が受け取った証券のその後も、開示で追える。ボーダフォンは2010年11月、2006年の売却の対価の一部として受け取ったSBMのローンノートとBBモバイルの優先株・新株予約権を、ソフトバンクに合計4,125億円で売却すると発表した20。ヤフーが持つ優先株等は、2011年1月の契約でソフトバンクが1,200億円で取得することになった21。売り手の資金は買収時に払い切られたのではなく、数年にわたり買い手側の証券として残っていたことになる。

PE​ファンドの​LBOと​何が​同じで、​何が​違うか

3月の発表自体が「LBO」という語を使っており、似ている点は多い。買収目的の会社が借り入れ、対象会社の資産と株式を担保に入れ、返済を対象会社のキャッシュフローに頼る。シニアの下に劣後と優先株を重ね、財務制限条項で経営に枠をはめる。この骨格はPEファンドのLBOと共通する(アクイジションファイナンスとは)。

違う点も明確だ。第一に、買い手は投資ファンドではなく、ヤフーとの携帯電話事業に関する業務提携と同時に買収を発表した事業会社である。ファンドの運用期間に合わせて売却し投資家に分配するという仕組みは、この取引の当事者の構成には無い(編集部の整理)。第二に、借換え先は買収された事業会社自身のWBSだった。第三に、3月の「ノンリコース」は発表文の用語で、親会社ソフトバンクの保証の有無と範囲は、取得した資料では確認できない。「ノンリコース」という語だけでは、親会社がどこまで責任を負うかは決まらない。

なお、売り手のボーダフォン側が優先株と劣後借入で、事業提携先のヤフーが優先株で資金を出した点は本件の特徴だが、売り手の再投資や劣後融資はPEファンドのLBOでも見られるため、違う点には含めない。

現代の​実務への​応用——買収資金を​「順序・担保・借換え」で​点検する

事業会社の買収ファイナンスを組む側、貸す側、買収を評価する投資家のそれぞれが使える確認の手順を五つ挙げる。

1. 資本構成は​「誰が、どの順位で出したか」で​書き出す

買収の発表を読んだら、ソーシズ・​アンド・​ユーシズ(資金の調達と使途の対照表)の調達側を、普通株・優先株・劣後・シニアの順に、出し手の名前と一緒に表にする。本件のように売り手や提携先が資金を出す場合、その出し手は債権者でもあり、取締役の指名権などの権利を持つことがある。使途側の全体表は開示されないこともあり、本件でも公開買付代金と資金の合計の対応は資料から再現できない。分からない部分は推測で埋めず、空欄のまま残す。

2. ブリッジは​「出口」と​一緒に​設計し、​期限から​逆算する

ブリッジを使うなら、契約の時点で借換え先の候補、必要な格付、担保の組み直し、社内外の決議の日程を並べ、期限から逆算する。本件では方針の発表から実行まで約2か月、ブリッジの実行から返済まで217日だった。金利のステップアップや期限が市場環境の悪化と重なると、借換えの交渉力は落ちる(リファイナンス​分析と​Maturity Wall)。

3. 借換え​後の​経営の​自由度を、​コベナンツの​余裕度で​数える

長期の借入と引き換えに、設備投資や新規事業の判断に貸し手の同意が要る場面が増える。基準値がいくらで、業績がどこまで下がると抵触するかを、借入の返済計画と並べて試算しておく(コベナンツ​余裕度分析、LBO​ローン​契約と​コベナンツの​実務)。

単純化した設例:レバレッジ・レシオの余裕度

前提:架空の対象会社(EBITDA 300億円、借入1,500億円)。財務制限条項の上限は5.5倍と仮定する。当初のレバレッジ・レシオは5.0倍で、EBITDAが約9.1%下がると上限に達する。EBITDAが10%下振れすると5.56倍で抵触するが、その前に150億円を返済していれば5.00倍にとどまる。ソフトバンク・SBMの数値ではない。

表3 レバレッジ・レシオの財務制限条項(単純化した設例)
項目当初EBITDAが10%下振れ下振れ前に150億円を返済済み
借入(億円)1,5001,5001,350
EBITDA(億円)300270270
レバレッジ・レシオ(倍)5.05.565.00
上限5.5倍との比較余裕あり抵触上限内
編集部作成。​架空の​会社の​数値で、​ソフトバンク・​SBMの​数値ではない​(SBMの基準値は開示されていない)。​レバレッジ・​レシオ=借入÷EBITDA。​上限5.5倍は​仮定。​当初の​状態では、​EBITDAが​約9.1%​(272.7億円まで)​下がると​上限に​達する。

4. 「ノンリコース」は​契約の​文言で​確かめる

ノンリコースという言葉は、誰に対して、どの範囲で遡及しないのかを特定しないと意味が定まらない。借り手はどの会社か、対象会社の保証や担保はあるか、親会社の保証・出資約束・キープウェルはあるかを、契約書や開示の文言で確かめる。本件でも、対象会社自身の連帯保証と全資産担保は開示で確認できるが、親会社の保証は確認できない(担保・​保証​パッケージ)。

5. 計画値と​実行値は、​時点と​資料名を​付けて​記録する

本件では、ブリッジの借入額が資料によって約1.16兆円・1兆1,660億円と記され、返済額は1兆1,738億円、借換えは計画1.45兆円に対し実行1兆3,660億円だった。社内資料やモデルに数字を入れるときは、「どの資料の、どの時点の値か」を必ず添える。差の理由が分からないまま一方に寄せると、後で照合できなくなる。

この​記事で​確かめられなかった​こと

実行後のWBSの金利、トランシェ別の実行額、親会社ソフトバンクの保証の有無は、取得した一次資料で確認できていない。格付は後日の決算説明資料に記載があるが、図表との対応と実行時点の格付は確かめられていない。WBSの金利を約3.9%とする要約もあるが、原資料を読めていないため使わない。計画と実行の差(借換えの840億円、劣後借入の20億円)とブリッジの借入額と返済額の違いの理由も、資料に説明がない。ソフトバンクとSBMの有価証券報告書、ボーダフォン側の2006年当時の原資料は未取得である。この案件を「史上最大」「日本初」と形容する根拠も確認できなかったため、本稿では使っていない。

よく​ある​質問

株式価値約1.75兆円は、​全額借入で​賄われたのですか。

開示とは​合いません。​4月27日時点の​資金1兆8,860億円の​うち、​銀行の​ブリッジ​借入は​約62%で、​残りは​普通株2,000億円、​優先株4,200億円、​ボーダフォン​側の​劣後借入1,000億円でした​(割合は編集部の計算)。

WBSは、​売掛金などを​売る​証券化と​同じですか。

仕組みが​違います。​開示に​よれば、​本件は​資産を​譲渡するのではなく、​SBMが​借り​入れ、​その​全資産や​株式に​担保を​設定する​形でした。​返済原資は​事業全体の​キャッシュフローで、​財務制限条項と​拒否権付株式で​貸し手の​権利を​守っています。

まとめ——買収資金は​「積み方」と​「借換え」の​両方で​読む

2006年のボーダフォン日本法人の買収では、普通株・優先株・劣後借入・ブリッジ借入の4層で資金が集められ、売り手と提携先も出し手になった。短期のブリッジは11月30日に、買収された事業会社自身のWBSに借り換えられ、担保・財務制限条項・拒否権付株式が貸し手を守った。計画と実行の数字は時点ごとに違い、差の理由は開示されていない。買収ファイナンスを読むときは、資金の順位、担保と保証の範囲、借換えの道筋を、時点と資料名を付けて確かめたい。

脚注

  1. ソフトバンク2006年3月17日発表(R1)「4. 本件の概要」の表(方法・株式価値・資金調達(予定))。買い手の発表で、数字は計画値です。株式価値は株式の価値で、株式価値に純有利子負債等を調整した企業価値(EV)ではありません。「LBOによるノンリコースローン」は発表文の用語です。ヤフー出資が優先株であることは3月17日の文書には書かれておらず、4月27日の発表(R3)で確認できます。↩
  2. R1 同表の脚注段落と「役員」欄。投資者はボーダフォンインターナショナルホールディングスB.V.、優先株式新株予約権の発行価額は無償とされています。取締役の指名権は当事者の発表で、実際に指名されたかは確認していません。3月は「劣後債」、4月27日(R3)は「劣後借入れ」と表記が変わります。↩
  3. ソフトバンク2006年4月25日発表(R2)I-1・I-2。買付予定数は5,199,188株でした。代金は編集部の計算(313,456円×5,299,814株≒1兆6,612.6億円を四捨五入)で、発表に代金の総額は記載されていません。↩
  4. ソフトバンク2006年4月27日発表(R3)本文第1・第2段落と注。保有株数は5,402,913株(発行済株式の99.5%)で、メトロフォン・サービス株式会社の買収(32,245百万円)による103,099株を含みます。共同主幹事7社は、ドイツ銀行東京支店、みずほコーポレート銀行、シティバンク東京支店、ゴールドマン・サックス・ジャパン、三井住友銀行、カリヨン銀行東京支店、WestLB銀行東京支店(2006年当時の名称)。優先株の引受先はボーダフォン・グループPlcとヤフー株式会社、劣後借入の相手はボーダフォン インターナショナル ホールディングス ビーヴィです。↩
  5. ソフトバンクモバイル半期報告書(第21期中、R4)P8「経営上の重要な契約等」とP42。借入期間は2007年3月31日まで。同報告書とソフトバンク2006年11月17日発表(R6)は、返済額を1兆1,738億円と記します。借入額(約1.16兆円・1兆1,660億円)と返済額の差の理由は、資料に説明がありません。↩
  6. 編集部の計算。資金の合計=普通株2,000億円+優先株4,200億円+劣後借入1,000億円+ブリッジ借入1兆1,660億円(R4の記載額)=1兆8,860億円。ボーダフォン側の優先株3,000億円は、合計4,200億円からヤフー分1,200億円(600,000株×1株20万円、R9)を差し引いた値で、内訳はR3に直接の記載がありません。3月17日の計画(3,000億円相当)とは一致します。公開買付代金などの使途の全体表は開示されていないため、資金の合計と使途の対応は示していません。↩
  7. R4 P8「経営上の重要な契約等」Ⅱ。BBモバイルと金融機関の契約内容を、買収された会社の側から記したものです。ソフトバンク(親会社)の保証の有無は、この記載からは分かりません。↩
  8. R4 P8 Ⅱ1。「ノンリコース」の法的な範囲(親会社への遡及の有無)は、取得した資料のどこにも書かれていません。確度は中(親会社の保証については未確認)。↩
  9. ソフトバンク2006年9月29日発表(R5)本文第1段落、表1〜11。調印は11月中旬、実行は11月末の予定、資金使途はブリッジ借入の返済等とされました。格付の予定先はスタンダード&プアーズ、ムーディーズ、日本格付研究所。商号変更(2006年10月1日)も同発表によります。↩
  10. ソフトバンク2006年11月17日発表(R6)Ⅰ(承認する取引1〜7)、Ⅱ-1の表、脚注3・4。9月29日のClass A 1.15兆円はトランシェ1、Class B 0.3兆円はトランシェ2と3の合計(1,250億円+1,750億円)と数字の上で一致します(編集部の整理)。SBMへの入金額はトランザクションコスト等を差し引いた後の金額とされています。↩
  11. R6 Ⅱ-5、R4 P41「担保提供資産」。7,028億円の評価の基準は記載がありません。↩
  12. R6 Ⅱ-1の表、R4 P41 ※2・※3。主なコベナンツには設備投資額の範囲、事業の範囲、主要資産の売却・処分の禁止等も含まれます。レバレッジ・レシオの負債残高には設備ファイナンス・劣後ローン・既存社債を含まないとされています(R4 ※3)。基準値の水準は開示されていません。↩
  13. R6 Ⅱ-4(1)〜(3)、R4 P42「5」。拒否権付種類株式は第二種優先株式の形で発行され、WBSの貸し手の債権が完済された後は取得・消却されるとされています。「買収防衛のためではない」は当事者の説明です。↩
  14. R6 Ⅱ-3、R4 P42「4」、R9(参考)。2013年4月1日以降の事業年度の配当は発行価額×(0.12+基準金利)で、R9は基準金利を5年スワップレートと記しています。↩
  15. R6 Ⅱ-6と社債の表、R4 P42「6」。社債は4回号(各250億円、クーポン2.0〜2.575%、償還期限2008〜2010年)で、会計制度委員会報告第14号46項に基づく取引とされています。社債の券面上の発行体名は日本テレコムです(R6 脚注5)。R4は、借入利息が7億円減る見込みと記しています。↩
  16. 計画はR6 Ⅰ-7・Ⅱ-7、実行はR4 P43「7」。実行時の条件は最長13.5年、2013年9月30日まで年7.5%(以降は10.5%と7年スワップ+9%の大きい方)、無担保。計画の825億円と実行の845億円の差(20億円)の理由は資料にありません。↩
  17. R4 P41「重要な後発事象」Ⅰ・Ⅱ-1〜3、ソフトバンク2006年11月30日発表(R7)。R7は完了の通知で、実行額と金利は記載していません。トランシェ別の実行額は取得資料にありません。差額840億円は編集部の計算(1兆4,500億円−1兆3,660億円)です。↩
  18. R7 本文。見込み値で、2007年3月期の確定値は有価証券報告書で確認する必要があります(本稿では未確認)。↩
  19. R4 P41の表「約定利息」。金額は金利情勢や返済スケジュールで変わると注記されています。対象期間が明記されていないため、本稿では年率に換算しません。↩
  20. Vodafone Group Plc, Form 6-K添付のニュースリリース(2010年11月9日、R8)本文第1段落と注2。売却する側の開示です。受取は2010年12月と2012年4月の2回とされています。本稿では2006年当時のボーダフォン側の金額(ポンド建て)は、原資料を取得していないため扱いません。↩
  21. ソフトバンク2011年1月25日発表(R9)。対象は第一種優先株式600,000株と新株予約権98個で、支払日は2013年3月末の予定とされています。↩

参考文献​(2026年10月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言ではありません。数値はソフトバンクとソフトバンクモバイルの開示資料の時点ごとの記載により、割合・差額は編集部の計算です。買収の成否や経営判断を評価するものではありません。レバレッジ・レシオの設例は架空の数値です。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージで、実在の建物・設備・書類を再現したものではありません。