想定読者:設備投資の稟議・投資評価に関わる方、NPV・IRRを学び始めた方、戦後経済史に関心のある方
前提知識:不要(用語は本文で説明します)

1961年5月2日、日本国有鉄道(国鉄)の十河信二総裁と世界銀行の副総裁が融資契約に署名した。東京と大阪を結ぶ新しい鉄道、のちの東海道新幹線に、8,000万ドル相当(288億円)を年5¾%、20年で貸す契約である1。

融資に先立つ審査文書は、新線の収益率が開業初年度に約25%になると見込んでいた2。ところが審査で1,972億円とされた事業費は、開業前に約3,800億円へ膨らむ。名目で約1.9倍である3。

審査はこの事業をどう評価していたのか。25%は、現代の企業財務でいうNPV(正味現在価値)やIRR(内部収益率)ではなく、ある1年の利益を資産と比べた会計上の比率だった。本稿では、審査が何を測ったかを一次史料でたどり、確認した審査文書に定量的な評価が見当たらない時間価値・建設費の超過・為替を現代の手法で測り直す。結果を知る今から当時を裁くのではなく、方法の違いを設例で確かめる。

表1 年表:東海道新幹線の建設と世界銀行の融資
年月出来事
1958年秋日本政府が世界銀行に融資を打診する
1958年12月建設計画が決まる(工事費は利子込みで1,948億円)
1959年4月着工
1959年末国鉄への1億ドルの融資を世界銀行に正式に要請する
1961年3月世界銀行の審査文書。事業費1,972億円、新線の収益率は開業初年度に約25%の見込み
1961年5月世界銀行の理事会が承認(1日)、融資契約に調印(2日)。8,000万ドル相当、年5¾%、20年
1963年2月事業費を2,926億円に増額
1963年5月さらに約874億円の不足が判明(計約3,800億円)。十河信二総裁が退任し、石田礼助が後任となる
1964年10月1日に開業(東京〜新大阪4時間)。審査の想定は同年4月の開業だった
1964年11月15日、世銀融資の元本の返済が始まる(半年ごと34回)
1966年度国鉄の説明では、この年度から新幹線の損益が黒字に転じる
1967年7月13日、開業以来の利用者が1億人を超える
1971年円の対ドル相場が360円から308円に変更される(1973年に変動相場制へ移行)
1981年5月15日、世銀融資の契約上の最終返済期日
出典:世界銀行の​審査文書・​大統領報告・​融資契約​(1961年)、​世界銀行​「日本が​世界銀行から​貸出を​受けた​31の​プロジェクト」、​運輸白書 昭和40・42年版、​国会会議録、​財務省​「外為法の目的と変遷」を​もとに​編集部作成。

世界銀行の​審査が​測った​もの​——開業初年度の​収益率25%

世界銀行の審査文書の結論は、事業は技術的に健全で、経済的にも正当化されるというものだった。根拠は、東海道の在来線と幹線道路がすでに容量の限界を超えており、高速道路・海運・航空を検討しても、新しい鉄道が唯一の現実的な解だという点にある4。

採算は収益率で示された。国鉄全体の収益率は1959年度に約2%と低かったが、新線は別に試算され、開業初年度(1964年度)に約25%、新旧の東海道線の合計で約22%とされた。審議中の運賃改定が国会で認められなくても、新線は約20%を保つという5。

この収益率は会計上の数字である。審査文書は国鉄全体の収益率を期首・期末の平均の純固定資産(取得額から減価償却の累計を引いた額)に対する比率として示し、資産と減価償却は1955年の再評価(物価上昇に合わせて帳簿価額を引き上げる手続き)後の価額によると説明する。取得原価で償却すれば数字はさらに良く見えるとも書いている6。分母の資産額と減価償却費が小さくなるからだ。新線の25%の定義は明記されていないが、同種の会計上の比率と読むのが自然だろう。一方、審査文書の全文に、IRR・NPV・割引や、建設費・為替の感応度分析に当たる記述は見当たらない7。確認できる審査文書の範囲では、世界銀行がNPVやIRRで新幹線を審査した形跡はない。

1,972億円が​約3,800億円に​なるまで

審査時の事業費1,972億円は国鉄の見積りで、用地175億円、建設1,465億円、車両100億円に、建設中の利子(完成までの借入利子を建設費に含めて資産に計上する扱い)232億円を加えたものだった。品目ごとに5〜10%の予備費を含み、世銀はこれを「現実的」と評価した8。

ただし同じ時期の国会では、政府・国鉄が工事費を「利子を除き1,725億円、利子を入れると約2,000億円」と説明していた。1,725億円は1956年度の単価で査定した純工事費である9。1958年12月の計画決定時の工事費としては、利子込みの1,948億円という数字も残る10。「当初の金額」として、利子の扱いや価格の基準が異なるとみられる三つの数字があるが、相互の関係は一次の積算資料で確認できていない。

見積りは2度引き上げられた。1963年2月までに地価・賃金の上昇や地元との設計協議で954億円が加わって2,926億円となり、5月には国鉄がさらに約874億円の増額が必要だと国会で説明した。合計は3,800億円で、最終の総工費と概数で一致する11。

事業費の見積りの推移図1 事業費の見積りの推移(億円・名目)利子を除く純工事費(1956年度単価。国会での説明)1,7251958年12月の計画決定時(利子込み)1,9481961年3月の世銀審査時(利子込み)1,972うち世銀融資288億円(14.6%)1963年2月の1回目の増額+9542,9261963年5月の追加見込み:合計約3,800億円(最終の総工費と概数で一致)+954+8743,800うち世銀融資288億円(7.6%)利子を除く見積り利子込みの見積り世銀融資1回目の増額2回目の増額2回目の増額874億円の内訳(当時の見込み・国鉄の説明)地元との設計協議276設計変更225賃金の上昇136用地の買収・補償88モデル線区の試験結果82総係費・利子36工事補償・負担金31
出典:国会会議録​(1959〜64年の国鉄・政府の説明)、​世界銀行の​審査文書​(1961年)、​運輸白書 昭和40年版を​もとに​編集部作成。​金額は​当時の​名目値。​上段の​4本目・5本目は​1,972億円に​増額分を​積み上げた。​世銀融資の​比率は、​審査時は​世銀文書の​計算、​最終は​編集部の​計算​(288÷3,800)。​下段は​1963年5月時点の​見込みの​内訳で、​最終決算の​内訳ではない。

図1の下段は2度目の増額の内訳である。地元との設計協議と設計変更で約57%を占め、高架や橋梁の延長など工事の範囲そのものが広がった。1回目の増額では用地費が大きく、純工事費の増加858億円のうち364億円(約42%)を占めていた12。どちらも当事者である国鉄の説明である。

1962年6月末の監査報告は、用地の93%を「取得」、路盤工事の95%を「契約」済みとしていたが、その後も補償や設計変更で費用は増え続けた。国鉄の副総裁は、新幹線総局に予算執行の強い自主性を持たせていたため総裁・副総裁にも実情がつかみにくく、不足額が判明したのは1963年3月末ごろだったと述べている13。

会計上の​収益率と​NPV・​IRRは​何が​違うのか

会計上の​投資利益率は、利益を投資額で割った比率である。計算が簡単で損益の言葉で語れるが、お金を受け取る時期の違い、つまり時間価値を考えない14。これに対しNPVは、将来のキャッシュフローを資本コスト(資金の出し手が求める最低限の利回り)で割り引いて現在の価値に直し、投資額を差し引いたものだ。IRRはNPVをちょうどゼロにする割引率である。後の設例のように支出が先、収入が後に続く案件では、NPVが正、またはIRRが資本コストを上回れば、投資は資金の出し手が求める以上の価値を生むと判断する15。

違いは三つある。第一は時間である。新幹線は5年の建設期間中、収入を生まなかった。開業初年度の利益を見る比率には、この間の資金の寝かせが表れない。開業の遅れも同じで、審査は全線開業を1964年4月と想定し、完成が多少遅れる可能性を警告していたが16、実際の開業は10月だった。初年度の比率は、開業がいつでも「初年度」の数字のままである。第二は期間で、1年の比率は収益が何年続くかを語らない。第三は投資額で、分母が見積りなら、建設費が膨らんでも審査時の数字は変わらない。

建設中の利子の扱いも違う。1,972億円には利子232億円(約12%)が含まれていた。会計上の資産額としては自然だが、NPVやIRRでは資金の時間価値を割引率の側で扱うため、建設中の利子のような財務費用は投資額に含めないのが基本である17。

開業直後の国会で、国鉄の常務理事は、利子を払った後の収支差額の累計が工事費に達するのは開業後約8年と見通した18。割引を使わない回収期間(投資額を何年で取り戻せるか)の考え方で、回収後の収益や時間価値は映らない。以上を観点別に整理したのが表2である。

表2 1961年の審査が測ったもの、現代の評価が確かめるもの
観点1961年の世界銀行の審査文書現代の設備投資評価
収益性の物差し開業初年度(1964年度)の会計上の収益率。新線約25%、新旧の東海道線の合計約22%全期間のキャッシュフローを資本コストで割り引いたNPVとIRR
時間5年の建設期間は収益率に表れない。開業を1964年4月と想定し、遅れの可能性は文章で警告建設期間と開業の遅れを、キャッシュフローの時期として織り込む
建設費国鉄の見積り1,972億円(利子込み)。品目別の予備費5〜10%を含み、世銀は「現実的」と評価見積りの基準年と範囲、物価上昇分の扱い、損益分岐となる超過率
不確実性運賃改定が否決されても新線の収益率は約20%と記述建設費・工期・需要・料金を個別に、また組み合わせで動かす
資金調達国鉄全体は年7%・7年の借入の70%を借り換える前提。理事会はこれを「欠点」としつつ許容満期の集中と借換えリスク、外貨建て返済の為替の影響
便益代替手段では輸送力が足りないことを根拠に「唯一の現実的な解」と判断。便益の金額換算はない事業者の採算(財務分析)と社会全体の便益(経済分析)を分けて評価
出典:世界銀行の​審査文書​(1961年3月)と​理事会速記録​(1961年4月)を​もとに​編集部作成。​審査文書の​全文に、​IRR・​NPV・​割引・​建設費や​為替の​感応度分析に​当たる​記述は​見当たらない​(非公開の補足資料までは確認できない)。

設例で​試す——建設費の​超過・開業の​遅れ・需要の​下振れ

実際のキャッシュフローは公表資料から再現できないため、次の設例で考える。

設例の前提(単純化した設例。実際の東海道新幹線の数値ではない)

  • 建設費100億円を、1〜5年目の各年末に20億円ずつ支出する
  • 6年目から25年間、毎年29億円の営業キャッシュフロー(減価償却前の利益。税金や運転資本の増減は省く)を得る。需要が20%減れば営業キャッシュフローも20%減るとする(固定費は考えない)
  • 減価償却は25年の定額で年4億円。開業初年度の利益25億円÷建設費で、会計上の収益率は25%(審査文書と同じ水準に置いた)
  • 割引率(資本コスト)は年7%。物価の変動・残存価値は考えない
表3 設例:前提を変えたときの4つの指標
ケース会計上の収益率(初年度)回収年数(割引なし)NPV(億円)IRR
基本ケース25%3.4年15919.5%
建設費 +93%11%6.7年8311.2%
需要 −20%19%4.3年11116.4%
開業 1年遅れ25%3.4年14317.2%
割引率 9%25%3.4年10719.5%
+93%・−20%・1年遅れ8%8.3年228.1%
編集部作成。​単純化した​設例​(前提は本文の囲み)。​NPVは​割引率7%(「割引率 9%」の行のみ9%)。​会計上の​収益率は​実際の​建設費で​計算した​開業初年度の​利益÷建設費。​開業の​遅れや​割引率の​変化は、​会計上の​収益率と​回収年数には​表れない。

基本ケースのNPVは約159億円、IRRは約19.5%で、会計上の収益率25%を下回る。この設例では、建設の支出から収入までの待ち時間をIRRが反映する。会計上の収益率との大小や差は、期間・償却・キャッシュフローの形で変わる。表3のとおり、開業の遅れはNPVとIRRを下げる。割引率の上昇はNPVを下げるが、キャッシュフローが同じならIRRは変わらない。会計上の収益率と開業からの回収年数は、どちらでも動かない。

建設費を名目の超過率と同じ93%増やすと、NPVは約83億円とほぼ半減し、IRRは約11.2%に下がる。設例は物価を一定としているので、名目(物価変動を含む)の超過をすべて実質(物価変動を除く)の超過として扱う厳しめの想定である。それでも単独ならNPVは正だが、需要の20%の下振れと1年の遅れが重なると、NPVは約22億円、IRRは約8.1%と資本コストすれすれになる。

設例:建設費の超過率とNPV図2 設例:建設費の超過率とNPV需要は前提どおり需要 −20%需要 −20%・開業 1年遅れ0501001500%50%100%150%200%建設費の超過率NPV(億円)93%120%135%194%○はNPVがゼロになる超過率(損益分岐の超過率)。割引率7%。単純化した設例で、実際の新幹線の数値ではない。
編集部作成。​前提は​本文の​囲みの​とおり。​収入側の​前提を​固定し、​建設費だけを​増やした​ときの​NPV。

図2のとおり、NPVがゼロになる超過率は、基本ケースの約194%から、需要が20%下振れると約135%、さらに開業が1年遅れると約120%まで下がる。この設例では、前提が一つ崩れると、ほかの前提への耐性も薄くなる。変数を一つずつではなく、組み合わせでも確かめる理由である。

資金調達——世銀融資は​総工費の​7.6%、​外貨建てで​20年

世銀融資は総工費の大部分をまかなったわけではない。288億円は審査時の事業費の14.6%、最終の総工費に対しては7.6%である(後者は編集部の計算)。国鉄の1959〜65年度の資金需要全体では約2%にすぎず、半分強を自己資金、残りの大半を政府からの借入と国内の鉄道債でまかなう計画だった19。借入人は国鉄そのもので、日本政府が元利金を無条件に保証し、資金が不足すれば手当てすると約束していた20。新線の収入だけを返済原資とするプロジェクト​ファイナンスとは異なる。

国鉄の資金計画は、年7%・満期7年の借入の70%を満期ごとに借り換える前提で、世銀の理事会でも質問が出た。世銀の幹部は財務構造の「欠点」と認めつつ、日本の資本市場の発達を理由に許容した21。年5¾%・20年の世銀融資は、その中で金利が低く期間の長い資金だった。

審査文書は、新線が他の近代化計画に優先し、必要なら他の目的の資金を振り向けられるとも書いていた22。国鉄の副総裁は1964年4月の国会で、当初との差額約1,800億円は運賃ではなく借金でまかない、ほかの改良工事に相当大きなひずみを与えたと述べている23。超過は消えたわけではなく、借入とほかの工事へのしわ寄せに形を変えた。

外貨建ての借入には為替リスクが伴う。融資契約の返済表は、ドル以外の通貨で返す部分があることを前提に、各回の額をドル換算で示していた。円の対ドル相場は1971年に360円から308円に変わり、1973年には変動相場制に移った24。

為替の設例(借入通貨の構成は未確認のため、仮に全額がドル建てだったとした場合)

1972年以降に期日が来る元本は返済表で約5,386万ドル。360円なら約194億円、308円なら約166億円で、1ドルあたり52円の変化が円の負担を約28億円(約14%)動かす25。円安に振れていれば、同じ幅で負担は増えていた。

開業後の​需要と​損益——予測と​実績を​同じ​物差しで​比べる

1964年10月1日に開業した新幹線は東京〜新大阪を4時間で結び(従来は6時間30分)、1967年7月には利用者が累計1億人を超えた26。表4のとおり、実績は1965年度に予測の74%、67年度に111%だが、予測と実績で対象の定義が違い、貨物は開業時に新幹線で扱われなかった27。

表4 需要の予測と実績(十億人キロ)
年度予測(新線の通勤以外の旅客)実績(新幹線の輸送人キロ)実績÷予測
1965年度14.310.6574%
1966年度15.414.4994%
1967年度16.117.91111%
出典:予測は​世界銀行の​審査文書 Table 10、​実績は​運輸白書 昭和43年版 1-1-14表​(国鉄資料)。​比率は​編集部の​計算。​予測と​実績で​対象の​定義が​異なり、​予測は​4月開業・​貨物営業を​前提と​していた​ため、​厳密な​比較ではない。

損益について国鉄は1971年の国会で、開業後2年度は77億円、128億円の赤字、3年目から黒字に転じ、1969年度は788億円の黒字だったと説明した28。ただし、この損益に利子や減価償却がどこまで含まれるかは発言から判別できない。

現代の​実務への​応用——大型設備投資の​稟議で​確かめる​5つの​こと

1. 見積りの​基準年・​範囲・​利子を​そろえる

東海道新幹線では「当初」の金額が三つ並んでいた。稟議ではまず、見積りの価格基準年、物価上昇分を含むか、建設中の利子を含むか、対象範囲(関連設備や将来の増備)を一行で明記させる。NPVを計算するなら財務費用を除いた支出を時点ごとに置き、物価の扱いは割引率と名目・実質を​そろえる。予備費も、数量や設計の不確実性に備える分と物価上昇に備える分を分けて示す29。品目ごとに5〜10%の予備費を含めた見積りでも、その後の地価の上昇や設計変更による増額は吸収できなかった。

2. 損益分岐の​超過率と、​組み合わせの​シナリオを​示す

「運賃改定がなくても20%」という審査の検討は、収入側の一つの変数を動かしたものだった。アジア開発銀行の現在の指針は、建設費の超過、工期の遅れ、料金改定の遅れ、需要の下振れを主要なリスクとし、NPVをゼロにする変数の変化率(スイッチング・バリュー)を示して対策の設計に使うよう求めている30。設例のように損益分岐の超過率が194%から120%へ縮む様子を示せば、重点的に管理すべき前提が分かる。変数の効き方の順位はトルネードチャートで一覧でき、作り方は感応度分析・​シナリオ​分析の​作り方で解説している。

3. 進捗を​「金額の確定度」で​測る

「用地93%取得」「路盤95%契約」の報告の後も費用は膨らんだ。取得や契約の比率は、残りの金額がどこまで確定したかを示さない。大型案件の報告では、契約済み・見積り済み・未確定の金額を分け、予算の残額と完成までの見込み総額を毎回並べる。執行を一つの部門に任せても、見込み総額の変化は経営陣が直接見られる経路を残す。Capex​スケジュール​管理も参考になる。

4. 調達の​満期と​通貨を、​資産の​寿命と​収入に​合わせる

7年の借入と70%の借換えに頼る計画は、世銀の幹部も「欠点」と認めていた。現代の資金計画でも、満期の​集中と、借換えができない場合の資金繰りを確かめる。収入が円で借入が外貨なら、返済額の円換算は為替で動く。設例のように1ドル52円の変化で残高の円換算が14%動くなら、その幅を返済原資の余裕と比べ、必要なら為替予約や通貨スワップで円の返済額を固定する。ヘッジの費用と、固定しない場合の最悪の円負担を並べて判断する。

5. 財務の​採算と​社会的な​便益を​分け、​事後は​同じ​定義で​検証する

審査文書は輸送力の必要性と事業者の会計上の採算で事業を正当化し、時間短縮などの便益を金額に換算していない。公共性の高い投資では、事業者の採算を見る財務分析と、国民経済への効果を見る経済分析を分けて行うとするのがアジア開発銀行の指針である31。両者を一つの数字に混ぜると、採算の弱さを便益で、便益の不確かさを採算で覆い隠しやすい。開業後は予測と同じ定義・範囲で実績を測る。表4のように定義がずれたままでは、予測が当たったかどうかすら判定できない。仕組みは投資後評価​(ポストオーディット)で整理している。

超過の​原因を​めぐる​証言と、​本稿の​限界

見積りが膨らんだ原因について、証言は一致しない。十河の後任の石田礼助総裁は1964年4月の国会で、1,972億円を「実に甘い数字」と呼び、予算は必ず削られるため「通る数字にしよう」という慣行が原因の一つだったと説明した32。後任による事後の説明で、十河個人の意図を示す史料ではない。1963年2月には運輸大臣が、当初の見積りが過少だったのではなく予想外の工事で増えたと答弁し33、元技師長の島秀雄は約30年後の回想で、政府承認の予算が政治的な考慮で削られたと書いた34。十河の退任も、島の回想は責任を取った辞任とし、運輸大臣は任期満了で予算問題とは関係ないと答弁しており、どちらとも断定できない35。

費用超過はこの事業に限らない。Flyvbjergら(2002)は世界の交通インフラ258件を分析し、鉄道では実際の費用が見積りを物価変動を除いて平均44.7%上回り、過小な見積りは誤りより戦略的な過小表示でよく説明できると論じた36。ただし本件の約93%は名目の比較で、物価調整後の超過率は算出していないため、この平均とは比べられない。

開業後の黒字から、1961年の審査の判断が正しかったと結論することもできない。結果の良し悪しと、事前に何を確かめていたかは別の問題である。なお、1964年度から続いた国鉄全体の赤字を、国鉄の関係者は新幹線ではなくローカル線などによると説明している37。

よく​ある​質問

世界銀行の​融資は​建設費の​何割でしたか。

審査時の​事業費の​14.6%、​最終の​総工費約3,800億円の​約7.6%です​(後者は編集部の計算)。​残りは​国鉄の​自己資金と、​政府からの​借入や​国内の​鉄道債で​まかな​われました。

会計上の​収益率と​IRRは​どう​違いますか。

会計上の​収益率は、​ある​期間の​利益を​投資額で​割った​比率で、​受け取る​時期の​違いを​考えません。​IRRは、​全期間の​キャッシュフローに​ついて​NPVを​ゼロに​する​割引率で、​支出から​収入までの​待ち時間も​反映します。​両者の​大小や​差は、​期間・​償却・​キャッシュフローの​形で​変わります。

まとめ——当時の​審査と​現代の​手法の​違い

1961年の世界銀行の審査は、技術、需要、代替手段、そして開業初年度の会計上の収益率を調べた。確認した審査文書には、時間価値、建設費の超過や開業の遅れへの耐性、外貨建て返済の為替の影響を定量的に評価した記述は見当たらない。見積りは名目で約1.9倍になった。

現代の手法は、これらをNPV・IRR・感応度分析で数字にする。1年の会計上の比率で採算を示した当時の審査とは、方法が違う。ただし、見積りの基準をそろえ、組み合わせのリスクを示し、事後に同じ物差しで答え合わせをしてこそ、数字は判断に役立つ。

脚注

  1. 融資契約(R3)Sec.2.01・2.04〜2.05、Schedule 1、p.9の署名欄。金額は「複数の通貨で米ドル換算8,000万ドル相当」で、審査文書は円換算で¥28,800百万(1ドル=360円)と記す(R1 para 1)。年5¾%のうち1%は世銀の特別準備金に繰り入れる手数料。期間20年は据置3年半を含み、元本は1964年11月15日から1981年5月15日まで半年ごと34回で返す(R3 Schedule 1)。理事会の承認は5月1日、調印は5月2日(R7)。署名者は世銀側がW.A.B.イリフ副総裁、国鉄側が十河信二総裁(R5)。↩
  2. 審査文書(R1)Summary xi、para 111。開業を1964年4月1日とした通年の見込みで、新旧の東海道線について別に行われた試算(separate studies)の結果として示されている。↩
  3. 1,972億円は審査文書の事業費¥197,193百万(R1 para 90。建設中の利子を含む)で、国鉄も国会で「最初」の額として説明している(R12)。約3,800億円は運輸白書 昭和40年版(R19。世銀借款288億円を含む)。3,800÷1,972=約1.93倍は編集部の計算で、名目値の比較。物価調整後の超過率は本稿では算出していない。↩
  4. R1 Summary viii、para 93〜94、121。審査文書は高速道路・沿岸海運・航空がそれぞれ一部の需要を吸収しうるとしたうえで、旅客と長距離の重量貨物の増加の多くは鉄道が担うほかないと論じた。融資の経緯(1958年秋の打診、1959年末の1億ドルの正式要請、1960年5〜6月の調査団)は世界銀行の大統領予備報告(R2)para 2〜5による。↩
  5. R1 Summary ix・xi、para 110〜111、118。国鉄全体の1959年度の収益率は、要約では「2%」、本文(para 50、110)では1.5%と表記が分かれる。約20%は、国会で審議中の運賃改定が全面的には通らなかった場合の新線の収益率。↩
  6. R1 para 44、50〜51、Summary xi。para 50は過去の年度の国鉄全体の収益率を期首・期末の平均純固定資産に対する比率として示す。新線の25%について分母・分子の定義は文書に明記がなく、同じ定義であることは確認できない(編集部の解釈)。↩
  7. R1の全文を、internal rate・discount・present value・benefit・sensitiv などの語で検索した編集部の確認による。rate of return は会計上の指標としてのみ使われている。本文に載っていない非公開の補足資料があった可能性までは排除できない。世界銀行の日本語の解説(R7)などは、国鉄の技術者が世銀から費用便益分析を学んだという後年の回想を紹介するが、審査文書に費用便益の数値はない。↩
  8. R1 para 90〜92。金額は百万円単位で用地17,500、建設146,500、車両10,000、建設中の利子23,193、合計197,193(内訳の合計は編集部の検算)。このほか約78億円の設備は既存線の取替えとして事業費に含めていない。「現実的」は世銀スタッフの評価。↩
  9. 衆議院運輸委員会(1960年3月9日)での山内公猷・運輸省鉄道監督局長の説明(R8)、参議院決算委員会(1962年10月29日)での大石重成・国鉄常務理事の説明(R9)。後者は1,725億円を「昭和三十一年度の単価」で査定した利子別の純工事費(用地費146億円を含む)と述べる。↩
  10. 衆議院予算委員会(1959年2月18日)で楯兼次郎委員が「全工事費」として紹介(R10)。元国鉄技師長の島秀雄は回想で、同額を1958年12月の閣議決定時の工事費と記す(R22 p.47)。1,725・1,948・1,972億円の三つの数字の関係を示す一次の積算資料は確認できていない。↩
  11. 954億円の増額と2,926億円は衆議院予算委員会(1963年2月6日、R11)と参議院運輸委員会(1963年5月23日、R12)、約874億円の追加は同じくR12の山田明吉・国鉄常務理事の説明。1,972+954+874=3,800は編集部の計算。3,800億円は1,972億円と同じく建設中の利子を含む基準。↩
  12. 下段の内訳はR12の山田常務理事の説明(1963年5月時点の見込みで、最終決算の内訳ではない。7項目の合計874億円と比率は編集部の検算・計算)。1回目の増額については、純工事費が1,725億円から2,583億円に、うち用地費が146億円から510億円に増えたとする大石常務理事の説明(R9)による。比率は編集部の計算。↩
  13. 衆議院運輸委員会(1963年5月9日、R13)での吾孫子豊・国鉄副総裁の説明。副総裁は、年初から「足りないらしい」という話は耳に入っていたとも述べている。石田礼助総裁は、報告の「取得」「契約」の定義を十分に理解していなかったと陳謝した(R12)。いずれも当事者の説明で、責任を回避する説明である可能性は排除できない。↩
  14. 会計的投資利益率(ARR)の定義と限界は、Franklin, Graybeal and Cooper(2019)§11.2(R27)による。同書は、ARRは時間価値を考えず、キャッシュフローではなく利益を初期投資と比べると説明する。↩
  15. NPVとIRRの定義と判断基準は、R27 §11.4と、アジア開発銀行(2019)para 4.5、4.18〜4.19(R28)による。↩
  16. R1 para 86、88。審査文書は、大都市部の用地買収、東京の地下区間、高架橋、トンネルの工程が厳しいとして「完成は予定より多少遅れる可能性がある」と記した。実際の開業日は運輸白書 昭和40年版(R19)。↩
  17. アジア開発銀行(2019)para 4.7と注31、para 4.16(R28)。費用の見積りを基本費用・予備費・実施期間中の財務費用に分け、費用便益の評価には基本費用と物理的予備費だけを入れ、財務費用と減価償却は除くと定める。建設中の利子231億9,300万円(R1 para 91)が事業費に占める比率約12%は編集部の計算。利子込みの1,972億円と利子別の1,725億円は、この点でも同じ基準ではない。↩
  18. 参議院決算委員会(1964年12月2日)での遠藤鉄二・国鉄常務理事の説明(R17)。利子を払った後の差額の累計が工事費3,800億円に達するのは昭和46〜47年ごろとした。同じ答弁で、利益が出ても借入金の返済に直結するわけではないとも述べている。↩
  19. 14.6%は世界銀行の大統領予備報告の計算(R2 para 13。8,000万ドル÷5億4,800万ドル)。7.6%は288億円÷3,800億円の編集部の計算。資金需要に占める約2%はR2 para 16とR1 para 112。審査文書は1959〜65年度の資金需要の52%超を国鉄の自己資金(減価償却・利益など)でまかない、残りを世銀融資と、政府からの借入・国内の鉄道債など6,279億円でまかなう計画を示す(R1 para 112〜113)。世銀融資が建設費の大部分をまかなったとする説明は誤り。↩
  20. 保証契約(R4)Sec.2.01(元利金の無条件保証)、Sec.2.02(国鉄の資金が不足する場合に必要な資金を手当てする約束)。プロジェクトファイナンスとの違いは編集部の整理。↩
  21. 国鉄の資金計画の前提はR1 para 114。理事会(1961年4月4日)での世銀幹部ナップの発言(R6の速記録)。ブラック議長も「理想的な状況ではまったくない」と述べた。速記録は文字起こしの品質が低く、引用は該当箇所を確認できたものに限った。↩
  22. R1 para 116。融資契約も、国鉄がこの事業を建設計画の中で優先すると定めている(R3 Sec.5.07)。↩
  23. 衆議院運輸委員会(1964年4月22日)での磯崎叡・国鉄副総裁の説明(R16)。当事者の説明で、借入の内訳(国内債・政府借入・世銀)は発言にない。↩
  24. 融資契約Schedule 1の注(R3)。返済表のドル額は、ドル以外の通貨で返済する部分については引出時のドル換算額とされる。返済通貨の詳しい定め(融資規則)の本文と、実際の借入通貨の構成は確認できていない。為替相場の変更と変動相場制への移行は財務省「外為法の目的と変遷」(R26)。↩
  25. 編集部の計算。融資契約Schedule 1(R3)の元本返済表のうち、1972年5月15日〜1981年5月15日の第16〜34回の合計5,385万8,000ドルに、360円と308円を掛けて比べた。1973年以降は変動相場制で実際の相場はこれとも異なり、借入通貨の構成も未確認のため、実際の為替差損益を示すものではない。↩
  26. 運輸白書 昭和40年版(R19)、運輸白書 昭和42年版(R20。1967年7月13日に累計1億人)。↩
  27. 予測はR1 Table 10(新線の通勤以外の旅客、十億人キロ)、実績は運輸白書 昭和43年版の1-1-14表(R21。国鉄資料、新幹線全体の輸送人キロ)。比率は編集部の計算。予測は4月開業と夜間の貨物営業を前提としていたが、国鉄は開業時に新幹線で貨物を扱わない方針だった(R13)。↩
  28. 衆議院運輸委員会 日本国有鉄道に関する小委員会(1971年7月23日)での小林正知・国鉄常務理事の説明(R18)。新幹線は世銀借款の関係で別経理とするよう要請があったため損益が明確だとも述べた。「損益」が利子・減価償却を含むかは発言から判別できない。年度の対応(昭和39・40年度が赤字)は文脈からの編集部の解釈。↩
  29. アジア開発銀行(2019)para 4.6〜4.7、注31〜32(R28)。物価の影響を除いた実質で評価し、物理的予備費は含め、価格予備費(物価上昇分)は実質の評価から除くと定める。↩
  30. アジア開発銀行(2019)para 4.20〜4.22(R28)。スイッチング・バリューは、NPVをゼロにする変数の変化率と定義されている。↩
  31. アジア開発銀行(2019)para 1.3(R28)。経済分析は国民経済への影響を、財務分析は事業の所有者・運営者にとっての財務的な収益の十分性を測るとする。↩
  32. 衆議院決算委員会(1964年4月14日)での石田礼助・国鉄総裁の説明(R15)。石田は、新幹線総局の組織の欠陥、仕事の性質への見方の甘さ、用地の取得難、インフレも原因として挙げている。↩
  33. 衆議院予算委員会(1963年2月6日)での綾部健太郎運輸大臣の答弁(R11)。議員の「過小見積もり」の指摘も推論で、どちらも当事者の説明である。↩
  34. Shima(1994)p.48(R22)。当事者による約30年後の回想。削った主体は政府とされ、国鉄が意図的に低く見せたとは書いていない。なお、十河総裁が数字を意図的に圧縮したとする一般向けの記事もあるが、出典が示されておらず、本稿では採らない。↩
  35. 島の回想(R22 p.48)と、参議院運輸委員会(1963年5月7日)での綾部運輸大臣の答弁(R14)。大臣は、総裁の任期は5月19日までであり、総裁の進退と予算の問題は関係しないと答えた。↩
  36. Flyvbjerg, Holm and Buhl(2002)(R25)。標本は世界の交通インフラ258件。鉄道58件の平均超過44.7%は物価変動を除いた比較。「誤りか嘘か」という二分法には批判もあり、東海道新幹線が標本に含まれるかは確認できていない。↩
  37. 鎌田による国鉄側の説明(R23 p.56、1977年の会議)。国鉄破綻の直接の原因を第3次長期計画の資金調達の失敗に求める研究もある(高橋 2019、R24 pp.264〜266)。高橋は新幹線の費用超過を破綻の直接の原因として論じてはいない。↩

参考文献​(2026年10月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言ではありません。設例は理解のための単純化した数値で、実際の東海道新幹線の収支を再現したものではありません。金額は当時の名目値で、物価調整はしていません。国会での発言は当事者の説明を含み、損益の定義など確認できていない点があります。アイキャッチ画像は生成AI(Gemini)で作成したイメージで、史実の場面を再現したものではありません。