この記事で分かること
- 金融庁「日本版スチュワードシップ・コード」の7原則が、機関投資家の対話・議決権行使・ESGインテグレーションをどのような枠組みで規律しているか
- アセットオーナー(GPIF・企業年金等)と運用受託機関(運用会社)の役割分担、および両者の間で「原則」がどう伝わっていくか
- 方針策定から対象企業の選定、対話、議決権行使、報告に至る、運用会社側のスチュワードシップ活動の年間実務サイクル
- アクティビストファンドの株主提案・キャンペーンと、機関投資家の通常のスチュワードシップ活動が何を境に異なるのか
結論:スチュワードシップは「原 則主義」に基づく運用会社の日常業務である
スチュワードシップとは、機関投資家が投資先企業との建設的な対話や議決権行使、投資判断へのESG要素の組み込みを通じて、投資先企業の持続的な成長と、それを原資とする顧客・受益者の中長期的な投資リターンの両方を追求する一連の活動を指します。日本ではこの活動のあり方を、金融庁が事務局を務める「責任ある機関投資家」の諸原則(日本版スチュワードシップ・コード)が定めており、2014年の策定以降、2017年・2020年・2025年と改訂を重ねています。コード自体は法令ではなくプリンシプルベース・アプローチ(原則主義)を採る任意の行動規範で、受け入れを表明した機関投資家は、各原則を遵守するか、遵守しない場合はその理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン」の形で自らの取り組みを開示します。以下では、この枠組みが実際の運用会社の現場でどのような年間業務として運用されているのか、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の公表数値も参照しながら、方針策定から対話、議決権行使、報告までの一連のプロセスを解説します。株主提案や委任状争奪戦(プロキシーファイト)に発展するアクティビストキャンペーンの実務プロセスとは異なるテーマであるため、その違いは後段の「アクティビストとの違い」で整理します。
スチュワードシップ・コードの位置づけと「原 則」の伝わり方
日本版スチュワードシップ・コードは、2013年8月から翌年2月にかけて開催された金融庁の有識者検討会での議論を経て、2014年2月に策定されました。その後、2017年5月、2020年3月に改訂され、直近では2025年6月26日に第三次改訂版が確定しています。第三次改訂では、コードをすでに受け入れている機関投資家に対し、改訂後の原則・指針を踏まえた開示項目の更新を2025年12月31日までに行うことが求められました。コードは会社法や金融商品取引法のような強行規定ではなく、受け入れるかどうか自体を各機関投資家が任意に選ぶ性質のものですが、金融庁が公表している最新のリスト(2026年6月30日時点)では、信託銀行等・投信/投資顧問会社等・生命保険/損害保険会社・年金基金等・その他を合わせて354機関が受け入れを表明しています。
スチュワードシップ・コードとよく対で語られるのが、東京証券取引所が上場企業に向けて定めるコーポレートガバナンス・コードです。前者が機関投資家側の行動原則、後者が企業側の統治原則であり、双方が噛み合うことで初めて「投資と対話を通じた持続的成長の促進」という目的が機能する、いわば車の両輪の関係にあります。実務上重要なのは、コードが定める規律が二層構造になっている点です。GPIFのような年金基金等の資金の出し手(アセットオーナー)は、自らコードを受け入れると同時に、運用を委託する運用受託機関に対してもコードの受け入れとスチュワードシップ活動の実施を求めます。つまり原則は、アセットオーナーから運用会社へと運用委託契約や対話を通じて伝達され、実際に投資先企業と向き合うのは主に運用会社側の運用担当者・ESGアナリスト・議決権行使担当者になるという構図です。この構図を図にすると次のようになります。
この構図の中で、運用会社が果たす役割の重心はパッシブ運用かアクティブ運用かによって変わります。アクティブ運用とパッシブ運用の違いとして一般に語られるのは銘柄選択の有無ですが、スチュワードシップの文脈ではもう一つ重要な違いがあります。アクティブ運用では投資判断そのものにESG要素を組み込む余地がある一方、指数に連動するパッシブ運用は個別銘柄を選別できないため、投資先企業の行動を変える手段はエンゲージメントと議決権行使にほぼ限定されます。後述するGPIFの実例のように、株式運用の大部分をパッシブ運用が占める資産保有者にとって、スチュワードシップ活動は「投資判断の代替」としての意味合いを強く持つことになります。
7原則が定める内容
コードは2014年の策定当初から一貫して7つの原則で構成されており、2025年の第三次改訂でも原則の本数自体は変わっていません。各原則は抽象的な理念にとどまらず、機関投資家が何を「公表」し、何を「説明」すべきかという開示義務に近い形で構成されている点が特徴です。
| 原則 | 求められる内容の要旨 |
|---|---|
| 原則1 | スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針の策定と公表 |
| 原則2 | 管理すべき利益相反についての方針の策定と公表 |
| 原則3 | 投資先企業の持続的成長に向けた状況の的確な把握 |
| 原則4 | 投資先企業との建設的な「目的を持った対話」による認識の共有と問題改善への働きかけ |
| 原則5 | 議決権行使の方針の策定と、行使結果の公表 |
| 原則6 | スチュワードシップ責任の果たし方についての顧客・受益者への定期的な報告 |
| 原則7 | 投資先企業への深い理解とサステナビリティの考慮に基づく、対話・判断を行う実力の保持 |
実務上とりわけ手が動くのは原則4と原則5です。原則4の「目的を持った対話」は、単なる情報交換の面談ではなく、資本配分や事業ポートフォリオ、取締役会の実効性といった特定の論点について、投資家側が仮説(投資テーゼ)を持って臨む対話を指すという理解が一般的です。原則5の議決権行使は、賛否の判断基準を機械的な形式基準にとどめず、個別の議案が投資先企業の持続的成長に資するかどうかという実質判断を伴わせることが求められています。受託者責任
運用会社側の年間実務サイクル
スチュワードシップ活動は単発のイベントではなく、多くの運用会社で年間を通じたサイクルとして運用されています。大きく分けると、①スチュワードシップ方針・重要課題(マテリアリティ)の特定、②対象企業の選定と対話の実施、③株主総会シーズンにおける議決権行使、④活動結果の報告・開示、という4つの局面が回っていく構造です。
①の重要課題の特定では、気候変動、人的資本、取締役会の実効性、資本コストを意識した経営といったテーマの中から、自社の運用戦略や顧客基盤に照らして優先度の高いものを絞り込みます。②の対話は、決算発表後のタイミングや、株主総会の議案が固まる前の時期に集中しやすく、経営陣・IR部門・社外取締役など対話の相手も論点に応じて使い分けられます。③の議決権行使は、日本企業の多くが3月期決算・6月総会に集中するため、5月から6月にかけて議案の精査と行使判断が短期間に集中する繁忙期になります。この際、国内外の議決権行使助言会社の推奨も判断材料の一つとして参照されますが、コードの原則5が求めるのは形式的な基準への追随ではなく、自社の議決権行使基準に基づいた実質判断であり、助言会社の推奨をそのまま採用するかどうかも各社の方針次第です。④の報告では、対話件数や議決権行使結果の集計に加えて、個別の対話がどのような変化につながったかという定性的な説明が、顧客・受益者への説明責任を果たすうえで重視されます。
ESGインテグレーションの実務
ESGインテグレーションとは、環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)に関する要素を、独立した非財務情報としてではなく、投資判断や企業価値評価のプロセスそのものに組み込むことを指します。実務的には、業種ごとに財務的な重要性が異なるESG論点(マテリアリティ)を特定したうえで、それが売上成長率や利益率、資本コストといった財務変数にどう影響しうるかを評価する作業になります。ESGのバリュエーション統合で扱われるように、これを企業価値評価のモデルに反映させる際は、キャッシュフロー予測の前提を調整する方法と、割引率(資本コスト)を調整する方法の両方があり得ますが、根拠のない一律の加減算は評価の恣意性を高めるため、どのESG論点がどの財務変数に紐づくかを個別に説明できることが実務上重要になります。
アクティブ運用では、この評価結果を銘柄選択やポジションサイズの調整に直接反映できます。アクティブ運用のポートフォリオ構築プロセス|スクリーニングから組入までのワークフローで扱う銘柄選定の枠組みの中に、ESG要素を加味したスクリーニング基準やエンゲージメントの進捗を組み込む運用会社も少なくありません。一方、前段で触れたとおりパッシブ運用では個別銘柄を選別できないため、ESGインテグレーションの主な手段はエンゲージメントと議決権行使に集約されます。なお、ESGインテグレーションはあくまで投資家側が投資判断・対話にESG要素を組み込む活動であり、企業側が有価証券報告書等でサステナビリティ情報をどう開示するかという論点は別のテーマです。日本の開示制度(SSBJ基準やGHG排出量の算定方法など)についてはESG・サステナビリティ開示の基礎(日本)|有報のサステナ開示・SSBJ・GHG算定で扱っているため、本記事では投資家側の活用実務に絞ります。
GPIFに見るスチュワードシップ活動の実例
スチュワードシップ活動の規模感を示す一次情報として、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が公表している「2024/25年スチュワードシップ活動報告」があります。GPIF自身は個別銘柄への直接投資は行わず、複数の運用受託機関に運用を委託する立場(アセットオーナー)ですが、受託機関に対してスチュワードシップ活動原則の遵守と実践状況の報告を求めており、その活動実績を集計・公表しています。同報告によれば、国内株式で保有する2,252社のうち1,011社との間で対話(エンゲージメント)が実施され、対話件数は延べ8,718件にのぼりました。
式(対話カバレッジ率の確認)
対話実施企業数 ÷ 保有企業数 × 100 = 1,011社 ÷ 2,252社 × 100 ≈ 44.9%(公表値は45%)。保有企業数の半数近くと年間で何らかの対話を実施した計算になり、時価総額ベースでは保有全体の96%をカバーしています。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 国内株式の保有企業数 | 2,252社 |
| 対話を実施した企業数(対話率) | 1,011社(45%) |
| 対話件数(延べ) | 8,718件 |
| うちパッシブ運用機関による対話の割合 | 76% |
| TOPIX500構成企業との対話率 | 96% |
この数値からも読み取れるとおり、対話件数のうち76%をパッシブ運用機関が占めています。GPIFの株式運用は資産の大部分がパッシブ運用であるため、これは前段で述べた「パッシブ運用ではエンゲージメントが投資判断の代替として機能する」という構図を裏付ける実例といえます。GPIFは運用受託機関への期待事項として、投資スタイルに応じたESGインテグレーションの実践やエンゲージメントの高度化、投資先に対するメッセージと投資家としての情報開示など、多岐にわたる項目を掲げており、これは前段で見た7原則の考え方を、委託先の運用会社に対する具体的な行動要請として展開したものと理解できます。なお、これらの数値は2024/25年(2024年度)を対象とした報告書に基づく確認済みの実績値であり、GPIFは2026年4月にはさらに新しい2025/26年版の報告書も公表しています。
アクティビストとの違い:どこで住み分けるか
スチュワードシップとアクティビズムは、どちらも「投資先企業への働きかけ」という点で似て見えますが、検索意図としても実務としても異なるテーマです。本記事で扱う機関投資家のスチュワードシップ活動は、保有比率にかかわらず投資先企業と継続的に対話し、議決権行使とESGインテグレーションを通じて中長期的な企業価値向上を促す、運用会社の日常的なプロセスです。対象企業数は数百社から数千社に及ぶことが多く、個別企業への働きかけの強度は総じて穏やかです。
これに対してアクティビスト・ヘッジファンドとは|戦略の仕組みと日本のアクティビストDB(28主体)で見る実態で扱うアクティビストキャンペーンは、特定の企業を集中的な投資対象として選定し、会社法上の株主提案権(議案要領通知請求権など)の行使やプロキシーファイト(委任状争奪戦)まで視野に入れた、対立的・集中的な関与スタイルです。実際にどのような要求がどの程度の賛成を集めているかはアクティビストは何を要求しているのか|キャンペーン117件のデータ分析で確認できます。両者を分ける実務上の境界線は、①対象企業数が広範か特定少数か、②対話が非公開・継続的な関係構築を志向するか、公開書簡や委任状勧誘という公開性の高い手段まで想定するか、③活動の主体が運用会社という組織全体のプロセスか、特定のファンドの投資戦略かという3点に整理できます。同じ「エンゲージメント」という言葉が使われていても、指している実務がまったく異なる場合がある点には注意が必要です。
運用会社でスチュワードシップに関わる仕事
運用会社の内部でスチュワードシップ活動を担うのは、多くの場合「スチュワードシップ推進部」や「責任投資部」といった専門部署ですが、実務は運用部門・議決権行使担当・ESGアナリストが役割を分担しながら進められます。運用部門・アナリストは投資先企業の業績や事業戦略についての専門的な理解を持ち込み、対話の論点設定に関わります。議決権行使担当は、株主総会シーズンに集中する大量の議案を、社内の行使基準に照らして期限内に判断していく実務を担います。ESGインテグレーションを専門に扱う担当者は、業種別のマテリアリティ分析やスコアリング手法の開発、対話で得た定性情報の運用プロセスへのフィードバックを行います。マルチアセット運用を行う運用会社では、株式だけでなく債券やオルタナティブ資産を含めたアセットアロケーション全体の意思決定にもESG要素の考慮が広がりつつあり、この点はマルチアセット運用(バランス型ファンド)の実務|アセットアロケーション委員会の意思決定で扱う運用委員会の意思決定プロセスとも接点があります。いずれの職種でも、財務分析力に加えて、対話内容や議決権行使の判断根拠を顧客・受益者に説明できる文書化能力が求められる点は共通しています。
よくある質問(FAQ)
スチュワードシップ・コードを受け入れないと機関投資家として活動できないのですか。
そのようなことはありません。コードは法令ではなく任意の行動規範であり、受け入れるかどうかは各機関投資家の判断に委ねられています。もっとも、GPIFのような主要なアセットオーナーが運用受託機関にコードの受け入れを求める例が多く、年金資金等の受託を志向する運用会社にとっては事実上の前提条件になっている面があります。
スチュワードシップ活動とESGインテグレーションは同じ意味ですか。
同じではありません。スチュワードシップは対話・議決権行使を含む機関投資家の行動全般を指す広い概念で、ESGインテグレーションはそのうち投資判断のプロセスにESG要素を組み込む手法を指す、より狭い概念です。ESGインテグレーションはスチュワードシップ活動の一部として位置づけられます。
パッシブ運用の機関投資家にとってスチュワードシップはなぜ重要なのですか。
パッシブ運用は個別銘柄を選別できないため、投資先企業の行動に働きかける手段が対話と議決権行使にほぼ限定されるためです。GPIFの実例でも、対話件数のうち76%をパッシブ運用機関が占めており、市場全体の底上げがリターン向上に直結するという発想がその背景にあります。
議決権行使助言会社の推奨に従わなければならないのですか。
従う義務はありません。多くの機関投資家が判断材料の一つとして参照しますが、コードの原則5は形式的な基準への追随ではなく、自社の議決権行使基準に基づく実質的な判断を求めています。助言会社の推奨をどこまで重視するかは各社の方針次第です。
GPIFが直接、投資先企業と対話しているのですか。
GPIF自身が個別企業と直接対話するわけではありません。GPIFは運用を委託する運用受託機関に対してスチュワードシップ活動の実施を求め、その活動状況を報告・集計する立場(アセットオーナー)にあります。実際に投資先企業と対話するのは、委託を受けた運用会社です。
まとめ
日本版スチュワードシップ・コードの7原則は、機関投資家が投資先企業とどう向き合うかについて、方針の公表から対話、議決権行使、報告に至るまでの一連の行動を、コンプライ・オア・エクスプレインの形で規律しています。実務上は、アセットオーナーから運用受託機関へと原則が伝わり、運用会社側が年間サイクルとして対話・議決権行使・ESGインテグレーションを回していく構造になっており、GPIFの活動報告からもその規模感を確認できます。アクティビストファンドの株主提案・キャンペーンとは対象企業数や関与の強度、公開性の点で性格が異なり、両者を混同せずに理解しておくことが実務でも検索でも重要です。ESG要素を評価モデルにどう落とし込むかという分析力は、スチュワードシップ実務でもバリュエーション実務でも共通して問われる力になります。
出典・参考(2026年8月確認)
- 金融庁「スチュワードシップ・コードに関する有識者会議」(コードの策定・改訂の経緯)
https://www.fsa.go.jp/singi/stewardship/index.html - 金融庁「スチュワードシップ・コード(第三次改訂版)の確定について」(2025年6月26日)
https://www.fsa.go.jp/news/r6/singi/20250626.html - 金融庁「スチュワードシップ・コードの受入れを表明した機関投資家のリストの公表について」(2026年6月30日時点)
https://www.fsa.go.jp/singi/stewardship/list/20171225.html - 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)「2024/25年 スチュワードシップ活動報告」
https://www.gpif.go.jp/esg-stw/stewardship/2024stewardship_report.html
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。数値例は理解のための仮設例であり、GPIFの実績数値は出典に記載の時点のものです。個別の機関投資家・運用会社の活動の是非について評価を行うものではありません。