この​記事で​分かる​こと

  • 二項分布・ポアソン分布・対数正規分布は、それぞれどのような変数を扱うために使う分布か
  • ポートフォリオのデフォルト件数を二項分布で確率計算する具体的な手順とExcel関数
  • ポアソン分布が二項分布の近似として使える条件と、二項分布との数値上の違い
  • 株価や企業価値が対数正規分布に従うとされる理由と、正規分布との形状の違い

結論:分布の​選択を​間違えると​確率計算​その​ものが​意味を​持たなくなる

金融実務で「確率」を扱う場面は、与信審査・リスク管理・オプション評価・保険数理など幅広くあります。ただし、どんな確率計算も、扱っている変数がどの分布に従うと仮定するかによって結果が大きく変わります。発生確率が一定の事象を独立に何度も試行して「何回発生したか」を数える場面には二項分布を、めったに起きない事象が一定期間にどれだけ発生するかを数える場面にはポアソン分布を、株価や企業価値のようにマイナスにならない連続変数を扱う場面には対数正規分布を用います。

この3つはいずれも実務で頻出する分布ですが、混同すると誤った結論を導きます。与信ポートフォリオで複数件が同時にデフォルトする確率を、株価の変動と同じ発想で連続分布に当てはめてしまうと、「件数」という離散的な性質を無視することになり、計算そのものの意味が壊れます。逆に株価の変動幅を二項分布のように「上がるか下がるか」の二択でしか捉えないと、変動の大きさの違いを表現できません。なお、リターンそのものの分布形状(歪度・尖度を含めた正規分布への当てはまりの良し悪し)は別稿のテーマであり、本記事では離散事象の発生件数と、非負の水準変数という切り口に絞って整理します。

二項分布:発生確率が​一定の​事象を​独立に​数える

二項分布は、「成功確率がpで一定の試行を、互いに独立にn回繰り返したとき、成功が何回起きるか」を表す離散分布です。ここでいう「成功」は良い意味とは限らず、与信管理の文脈では「デフォルトの発生」を成功と定義することもあります。試行回数nと発生確率pの2つのパラメータだけで分布の形が決まります。

式
P(X=k) = nCk × p^k × (1−p)^(n−k) (k=0, 1, …, n)
平均 E[X] = n×p  分散 V[X] = n×p×(1−p)

以下は説明用の仮設例です。あるポートフォリオに与信先が50件あり、各社が互いに独立に、年間2%の確率でデフォルトすると仮定します(実際のポートフォリオでは景気変動を通じて各社のデフォルトが相関するため、この独立性の仮定はあくまで単純化です)。このときn=50、p=0.02として、デフォルト件数kごとの確率を計算すると次のとおりです。

デフォルト件数k確率 P(X=k)累積確率 P(X≤k)
0件36.4%36.4%
1件37.2%73.6%
2件18.6%92.2%
3件6.1%98.2%
4件1.5%99.7%
5件0.3%100.0%
6件以上0.05%100.0%
二項分布のPMF 設例:ポートフォリオ50件、個別デフォルト確率2%(独立試行を仮定) 36.4% k=0 37.2% k=1 18.6% k=2 6.1% k=3 1.5% k=4 0.3% k=5 0.0% k=6 0.0% k=7 3社以上デフォルトする確率=7.8%(青=2社以下、金=3社以上)
図:二項分布 B(50, 0.02) に​おける​発生件数​kごとの​確率​(設例)。​3社以上の​デフォルトが​発生する​確率は​合計7.8%です。

k=3以上、つまり3社以上が同時にデフォルトする確率を合計すると7.8%になります。k=0とk=1(0件または1件のデフォルト)だけで73.6%を占めており、分布の中心はn×p=1件付近に集まっていることが分かります。Excelで検算する場合は、BINOM.DIST(2,50,0.02,TRUE)で「2件以下の累積確率」(92.2%)が返るため、1から差し引けば「3件以上」の確率7.8%を得られます。この考え方は、与信ポートフォリオのPD(デフォルト確率)・LGD・EADを扱うクレジットリスク​分析の土台にもなっています。

ここでは個社のデフォルト確率pを2%と設定しましたが、実務ではヒストリカルな倒産統計や格付機関のデフォルト率テーブル、あるいはCDSのスプレッドから市場が織り込んでいるデフォルト確率を逆算する方法などを組み合わせて推定します。pの推定精度が低ければ、二項分布で正しく計算しても結果の信頼性は下がるため、分布の選択と同じくらいパラメータの推定根拠が重要です。

ポアソン​分布:稀な​事象の​発生回数を​数える

ポアソン分布は、「一定期間・一定範囲内で、平均してλ回発生する稀な事象が、実際に何回発生するか」を表す離散分布です。保険金請求の件数、システム障害の発生回数、オペレーショナルリスクにおける損失事象の件数など、発生確率は低いが試行回数が非常に多い場面で使われます。パラメータはλ(平均発生件数)のみで、平均と分散がともにλに等しくなる点が特徴です。

式
P(X=k) = e^(−λ) × λ^k ÷ k! (k=0, 1, 2, …)
平均 E[X] = λ  分散 V[X] = λ

ポアソン分布は、二項分布において試行回数nを非常に大きく、発生確率pを非常に小さくしながら、両者の積n×p(=λ)を一定に保った極限として導出できます。実務では、nが大きく(目安として20〜50件以上)、pが小さい(目安として5%以下)場合に、二項分布の代わりにポアソン分布で近似してよいとされています。先ほどの設例はn=50、p=2%でλ=n×p=1に相当するため、この近似がどの程度実用的かを比較してみます。

件数k二項分布 P(X=k)ポアソン近似 P(X=k)差(ポイント)
0件36.4%36.8%+0.4
1件37.2%36.8%−0.4
2件18.6%18.4%−0.2
3件6.1%6.1%+0.1
4件1.5%1.5%+0.1
5件0.3%0.3%0.0
6件0.04%0.05%0.0
二項分布とポアソン近似の比較 設例:n=50・p=2%とλ=1のポアソン近似(k=0〜6) 二項分布 ポアソン近似(λ=1) 36.4/36.8% k=0 37.2/36.8% k=1 18.6/18.4% k=2 k=3 k=4 k=5 k=6 差は最大でも0.4ポイントで、近似として十分実用的です
図:二項分布​B(50,0.02)と​ポアソン​近似λ=1の​確率を​件数k別に​比較​(設例)。​棒の​左が​二項分布、​右が​ポアソン​近似です。

k=0〜2の範囲では両者の差は0.4ポイント以内、k=3以上の裾の確率でも0.1ポイント程度しか違わず、近似として十分実用的であることが分かります。3社以上のデフォルトが起きる確率も、二項分布では7.8%、ポアソン近似では8.0%とほぼ一致します。母数nが数千件規模の消費者ローンポートフォリオなどでは、二項分布の計算がExcel上で重くなる場合にポアソン近似で代用することがあります。

ポアソン分布は与信以外にも、稀な事象の発生回数を扱う幅広い場面で使われます。以下は説明用の仮設例です。ある保険商品で、1か月あたり平均3件の高額保険金請求(λ=3)が発生するとします。

請求件数k確率 P(X=k)
0件5.0%
1件14.9%
2件22.4%
3件22.4%
4件16.8%
5件10.1%
6件以上8.4%

請求件数が0件で終わる月は5.0%しかなく、6件以上の「多発月」も8.4%の確率で起こり得ます。保険料や準備金を「平均3件」という一点の数値だけで設計すると、実際には請求が集中する月の資金繰りリスクを見落とすことになります。Excelでは、POISSON.DIST(5,3,TRUE)で「5件以下の累積確率」(91.6%)が返り、1から差し引けば6件以上が発生する確率8.4%を得られます。こうした裾のリスクの見落としは、ヘッジファンドの​リスクマネージャーがVaRやストレステストで日常的に注意している論点でもあります。

対数正規分布:株価や​企業価値のような​「マイナスにならない」変数の​分布

対数正規分布は、変数Xそのものではなく、Xの自然対数ln(X)が正規分布に従う場合の、Xの分布を指します。株価、企業価値、不良債権の残存額など、理論上マイナスになり得ない変数の分布としてよく使われます。

正規分布をそのまま株価に当てはめると、確率の一部がマイナスの株価に対応してしまい、現実と矛盾します。また、株価のリターンは足し算ではなく掛け算で積み上がっていきます。たとえば100の株価が1年目に10%上昇し、2年目に10%下落した場合、単純に+10%と−10%を足せば変化なしですが、実際には100×1.1×0.9=99となり、複利で考える必要があります。この掛け算の積み重ねを対数に変換すると足し算になるため、対数収益率が正規分布に従うと仮定することで、価格の水準そのものは対数正規分布に従うことになります。株式オプションの評価で広く使われるブラック・​ショールズ・​マートン・​モデルも、株価が対数正規分布に従うという仮定を出発点としています。企業価値を株主にとってのコールオプションとみなす株式価値を​コールオプションと​みなす評価の考え方も、根底にある資産価値の分布として対数正規分布を置いています。対数正規分布を前提とした価格変動の考え方は、オプション​取引の​基礎で扱うコール・プットの評価とも直結します。

式
ln(X) ~ 正規分布(μ, σ) のとき、Xは対数正規分布に従う
Xの期待値 = exp(μ + σ²/2)  Xの中央値 = exp(μ)

正規分布と​対数正規分布は​なぜ​違うのか:対数を​取ると​正規に​なる​仕組み

ここで、リターンの分布から価格の分布を組み立てる手順を、以下の仮設例で具体的に確認します。現在の企業価値を指数で100とし、年率の期待収益率r=5%、年率ボラティリティσ=30%、期間t=1年と仮定します。1年後の企業価値V1について、ln(V1)は平均μ_ln、標準偏差σ_tの正規分布に従うと仮定します。ここで平均には「−0.5×σ²×t」という調整項が入る点に注意が必要です。これは対数収益率の平均と算術的な期待収益率rとの間にずれが生じるためで、σが大きいほど調整幅も大きくなります。

式
μ_ln = ln(V0) + (r − 0.5×σ²) × t
σ_t = σ × √t
数値代入:μ_ln = ln(100) + (0.05 − 0.5×0.30²) × 1 = 4.605 + 0.005 = 4.610
σ_t = 0.30 × √1 = 0.300

この結果から、1年後の企業価値V1の中央値・期待値・最頻値と、いくつかの確率を計算すると、次のようになります。

指標値
現在の企業価値(指数、現在=100)100.0
想定年率期待収益率 r5.0%
年率ボラティリティ σ30.0%
ln(V1)の平均 μ_ln4.610
ln(V1)の標準偏差 σ_t0.300
1年後企業価値の中央値100.5
1年後企業価値の期待値(平均)105.1
1年後企業価値の最頻値(モード)91.9
P(V1<100)(現在価値を下回る確率)49.3%
P(V1<70)(30%以上下落する確率)11.4%
90%信頼区間61.4 〜 164.6

3つの代表値がすべて異なる点が対数正規分布の特徴です。期待値105.1は中央値100.5より大きく、中央値は最頻値91.9より大きくなっています。分布が右に裾を引く非対称な形をしているためで、上振れの余地は理論上大きい一方、下振れは0が下限になるという非対称な構造を反映しています。正規分布であれば平均・中央値・最頻値は常に一致するため、この不一致こそが対数正規分布と正規分布を分ける本質的な違いです。

対数正規分布と正規分布の比較 設例:現在価値100、期待収益率5%、ボラティリティ30%、期間1年 対数正規分布 正規分布(平均・分散を揃えた比較用) 最頻値 91.9 中央値 100.5 期待値 105.1 20 60 140 180 220 1年後の企業価値(指数、現在=100)
図:対数正規分布​(金の実線)と、​平均・分散を​揃えた​正規分布​(紺の破線)の​確率密度の​比較​(設例)。​対数正規分布は​右に​裾を​引き、​最頻値・​中央値・​期待値の​順に​大きくなります。

Excelでは、LOGNORM.DIST(x, mean, standard_dev, cumulative)関数を使うと、この対数正規分布の確率を直接計算できます。ここでのmeanとstandard_devは、Xそのものではなくln(X)の平均と標準偏差を指定する点に注意が必要です。LOGNORM.DIST(100, 4.610, 0.300, TRUE)と入力すると、企業価値が100以下にとどまる確率として49.3%が返り、手計算の結果と一致します。

実務での​使い​分け​早見表と​AIに​計算を​任せる​ときの​注意点

ここまでの内容を、実務で使う場面別に整理すると次のようになります。

分布扱う変数パラメータと平均・分散主な金融実務での用途Excel関数
二項分布離散(試行のうち成功回数)n=試行数、p=成功確率/平均np・分散np(1−p)ポートフォリオのデフォルト件数、与信審査の通過件数BINOM.DIST
ポアソン分布離散(単位期間内の発生回数)λ=平均発生件数/平均λ・分散λ保険金請求件数、システム障害件数、オペレーショナルリスク事象POISSON.DIST
対数正規分布連続(非負の変数)μ,σ=ln(X)の平均・標準偏差/平均exp(μ+σ²/2)株価、企業価値、案件のエグジット額の水準LOGNORM.DIST

生成AIに「この与信ポートフォリオのデフォルト件数の確率を計算してください」のように依頼すると、それらしい数値を返してくれることがありますが、内部でどの分布を仮定したか、独立性をどう扱ったか、パラメータをどこから持ってきたかが示されないまま出力されるケースが少なくありません。特に、複数の与信先のデフォルトが相関する現実を無視して単純な二項分布で計算すると、同時に多数がデフォルトする裾のリスクを過小評価しやすく、テールリスクやVaRの見積もりが甘くなる典型的な原因になります。相関を織り込んだシナリオを考えたい場合は、単一の分布式だけに頼らずモンテカルロ・​シミュレーションで多数のパスを生成し、分布を数値的に近似する手法が使われます。生成AIやMLモデルにデフォルト確率の予測を任せる場合の説明​可能性の論点は、信用​リスク​予測に​AIを​使うで詳しく扱っています。

AIの出力をそのまま使わず、少なくとも平均・分散・裾の確率がBINOM.DIST、POISSON.DIST、LOGNORM.DISTの計算結果と一致するかをExcelで検算する習慣をつけることが、分布の選び間違いに気づく最も確実な方法です。

よく​ある​質問​(FAQ)

二項分布と​ポアソン​分布は​どちらを​使えば​よいか​迷います。​使い分けの​目安は​ありますか。

試行回数​nが​明確に​決まっていて​(例:ポートフォリオの与信先50件)、​個々の​発生確率pも​ある​程度​大きい​場合は​二項分布を​使います。​nが​非常に​大きく、​pが​小さく、​平均発生件数λだけが​分かっている​場合は​ポアソン​分布の​ほうが​扱いやすくなります。​両者は​近似関係に​ある​ため、​n×pが​同じであれば​計算結果は​近くなります。

対数正規分布を​使うと、​必ず​正規分布より​現実に​近い​結果に​なりますか。

対数正規分布は​「マイナスにならない」と​いう​制約を​満たす点で​株価や​企業価値に​適していますが、​現実の​リターン​分布は​より​裾が​厚い​(ファットテール)​ことが​知られており、​対数正規分布でも​極端な​変動を​過小評価する​場合が​あります。​分布の​当ては​まりは​実データで​確認する​ことが​前提に​なります。

Excelの​古い​POISSONや​LOGNORMDISTと、​POISSON.DISTなどの​ドット​付き​関数は​何が​違いますか。

ドットの​付いた​関数​(BINOM.DIST、​POISSON.DIST、​LOGNORM.DISTなど)は、​統計関数の​精度と​一貫性を​高める​ために​整理された​世代の​関数です。​古い​関数も​後方互換の​ために​残っていますが、​新しい​ファイルでは​ドット付きの​関数を​使うことが​推奨されています。

二項分布の​設例で、​与信先同士の​デフォルトが​独立ではない​場合は​どうすれば​よいですか。

本記事の​設例は​説明の​ために​独立性を​仮定した​単純化です。​実際には​景気変動などを​通じて​デフォルトが​相関する​ため、​単純な​二項分布では​同時​多発的な​デフォルトの​確率を​過小評価します。​相関を​考慮する​場合は、​共通因子​モデルや​モンテカルロ・​シミュレーションを​使うのが​一般的です。

まとめ

二項分布・ポアソン分布・対数正規分布は、扱う変数の性質によって使い分ける必要があります。発生確率が一定の事象を独立に数える場面は二項分布、稀な事象の発生回数を数える場面はポアソン分布、株価や企業価値のようにマイナスにならない連続変数を扱う場面は対数正規分布が対応します。二項分布は試行回数nが大きくpが小さいときポアソン分布で近似でき、両者の計算結果は実務上ほぼ一致します。対数正規分布は対数収益率が正規分布に従うという仮定から導かれ、期待値・中央値・最頻値がそれぞれ異なる非対称な形状を持つ点が正規分布との本質的な違いです。分布の選択とパラメータの推定根拠は、Excelの関数で必ず自分の手で検算することをお勧めします。

出典・参考​(2026年9月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。