この記事で分かること

  • S&Tの賞与が「個人の収益がそのまま懐に入る」のではなく、デスクのP&L(損益)からボーナスプールを算出し、個人へ裁量配分するという2段階の仕組みで決まること
  • グロスP&Lからファンディングコストや資本コストなどを控除してネットP&Lを求め、そこにプール比率を掛けてボーナスプールを算出する計算ロジックを、仮設例の数値で自分の手で検算する方法
  • ボーナスプールが8名のデスクにどう配分されるか、なぜ均等割りにならず「裁量ポイント」のような評価軸で差がつくのか
  • もらった賞与の一部が数年に分けて支給される「据置(繰延)」の仕組みと、業績悪化や不正発覚時に発動する「マルス条項」「クローバック条項」の違い

結論:S&Tの賞与は「デスクP&L→プール算出→個人裁量配分→据置」の順で決まる

セールス&トレーディング(S&T)の賞与は、担当したトレーダー個人の損益がそのまま賞与額になるわけではありません。実務では、まずデスク(同じ商品・戦略を担当するチーム)単位の年間損益(P&L)から、資金調達コストや資本コストなどを差し引いた「ネットP&L」を算出し、そこに一定の比率を掛けて「ボーナスプール」という原資を確定させます。そのうえで、プールを個人の貢献度・リスク管理・コンプライアンス遵守などを踏まえた裁量評価にもとづいてメンバーへ配分し、さらに一定額を超える部分は複数年に分けて支給する「据置(繰延)」の対象とし、業績の巻き戻しや不正が発覚した場合には未払い分を減額する「マルス条項」や、既払い分の返還を求める「クローバック条項」が適用されることがあります。S&T全体の年収水準や求人ベースの相場観はセールス&トレーディングのキャリア完全ガイド(日本版)|デスク別業務と選考で扱っており、S&TとIBDの報酬構造の対比はセールス&トレーディング(S&T) vs 投資銀行(IBD)|仕事・報酬・キャリアパスの違いを徹底比較で扱っています。本記事ではそれらと重複させず、S&T単体の「ボーナスプールが計算され、個人に配分され、時間をかけて確定していく」という配分ロジックそのものを掘り下げます。

報酬の全体像:固定給と「デスクP&L連動プール」の二階建て

S&Tの報酬は、大きく分けて2つの要素で構成されます。1つは毎月一定額が支払われる固定給(ベースサラリー)で、もう1つが年1回(多くの場合は決算期末や年度末)に確定する変動報酬(ボーナス)です。IBDのボーナス原資が個別の助言案件・引受案件のフィーに紐づく「案件単位」の性格を強く持つのに対し、S&Tのボーナス原資は、担当する商品カテゴリー(金利・為替・クレジット・株式など)ごとに切られた「デスク」という組織単位の年間損益に連動する点が構造上の大きな違いです。損益計算書上の会社全体の当期純利益とは別に、社内管理会計としてデスクごとの収益・費用を集計する仕組みが用意されており、この「デスクP&L」がボーナスプール算出の出発点になります。個人の取引成績がまったく無視されるわけではありませんが、それは後述する個人配分の段階で評価要素の1つとして反映されるのであって、賞与の原資そのものは常にデスク(さらにその上位のビジネスライン)というチーム単位の成績から生まれます。

ボーナスプールの算出ロジック:グロスP&LからネットP&Lへの控除

ボーナスプールは、デスクが稼いだグロスの収益(グロスP&L)にそのままプール比率を掛けるわけではありません。実務では、グロスP&Lから、そのポジションを維持するためにかかった資金調達コストや、規制上求められる自己資本を裏付けとして保有し続けることに伴う資本コスト、コンプライアンス・リスク管理・システムなどの共通部門費用の配賦分といった複数の控除項目を差し引き、「ネットP&L」を確定させたうえでプール比率を適用するのが一般的な考え方です。業績連動報酬という言葉だけを見ると「稼いだ分がそのまま賞与になる」印象を持ちがちですが、実際には収益からいったんコストを差し引いた後の利益に対してプールが決まるため、見た目のグロス収益とボーナスプールの規模には乖離が生じます。

式1:デスクのボーナスプール算出
ネットP&L=グロスP&L−(ファンディングコスト+資本コスト+共通費用配賦)/ボーナスプール=ネットP&L×プール比率

以下は説明用の仮設例です。円金利(JPY Rates)を担当する8名編成のトレーディングデスクを想定します。年間のグロスP&Lが9億6,000万円、ポジション維持にかかったファンディングコストが4,000万円、資本コストが3,000万円、共通費用配賦が1,000万円だったとすると、控除合計は8,000万円、ネットP&Lは8億8,000万円です。このデスクのプール比率を18%とすると、ボーナスプールは8億8,000万円×18%=1億5,840万円になります。

項目金額
グロスP&L960,000,000円
− ファンディングコスト−40,000,000円
− 資本コスト−30,000,000円
− 共通費用配賦−10,000,000円
ネットP&L880,000,000円
プール比率18%
ボーナスプール158,400,000円
表1:円金利トレーディングデスク(8名)のボーナスプール算出(仮設例)。控除項目の名称・比率は説明のために簡略化した一例で、実際の勘定科目や配賦方法は各社の管理会計ルールにより異なります。
図1:デスクP&Lからボーナスプールまでの算出フロー(仮設例) ① グロスP&L 9億6,000万円 ② 控除(ファンディング+ 資本コスト+共通費用) −8,000万円 ③ ネットP&L 8億8,000万円 ④ プール比率18%を適用 8億8,000万円×18% ⑤ ボーナスプール確定:1億5,840万円 → デスク8名へ裁量配分(次章) ①〜③は式1の左辺、④〜⑤は右辺(プール比率適用)に対応します。
図:表1と同じ仮設例です。控除項目の内訳・プール比率は会社・年度・デスクにより大きく異なります。

個人配分の考え方:均等割りではなく裁量ポイントで差がつく

ボーナスプールが確定した後、それをデスクメンバーへどう配分するかは、単純な人数割りではなく、マネージャー(デスクヘッド)の裁量評価にもとづくのが一般的です。評価軸として挙げられることが多いのは、収益への直接的な貢献度に加えて、保有ポジションのリスク管理(ロスカットの規律、リスク限度の遵守)、コンプライアンス上の問題の有無、他のトレーダーやセールスとの連携、後輩の育成といった定性的な要素です。こうした複数の評価軸を反映させる方法として、各メンバーに「貢献度ポイント」のような相対評価点を付け、ポイントの合計に対する各人の比率でプールを配分する考え方があります。

以下は説明用の仮設例です。表1のデスク(8名)で、マネージャーが各メンバーに1〜18の貢献度ポイントを付け、合計が100ポイントになったとします。このとき各メンバーの配分額は、ボーナスプール1億5,840万円にポイント比率を掛けて求められます。

メンバー貢献度ポイント配分比率配分額
トレーダーA1818.0%28,512,000円
トレーダーB1515.0%23,760,000円
トレーダーC1414.0%22,176,000円
トレーダーD1313.0%20,592,000円
トレーダーE1212.0%19,008,000円
トレーダーF1111.0%17,424,000円
トレーダーG99.0%14,256,000円
トレーダーH88.0%12,672,000円
合計100100.0%158,400,000円
表2:貢献度ポイントにもとづく個人配分(仮設例)。ポイントの合計100は表1のボーナスプール1億5,840万円の配分比率と一致し、配分額の合計もプール総額と一致します(検算済み)。

最も配分が多いトレーダーA(18ポイント)と最も少ないトレーダーH(8ポイント)の差は2倍を超えており、同じデスクで似た規模のポジションを扱っていても、評価次第で受け取る賞与額は大きく異なり得ます。KPIだけで機械的に決まるわけではなく、最終的な配分はマネージャーの裁量とデスクヘッド以上のレビューを経て確定するのが一般的な設計です。S&Tのセールス職の実務のように顧客対応が中心の職種では、収益貢献の測り方自体が執行系のトレーダーとは異なり、取引執行量や顧客カバレッジの拡大といった要素が加味されます。

据置(繰延)とマルス・クローバック:確定した賞与がなぜ減ることがあるのか

表2で算出した配分額は、その全額がすぐに現金で支払われるとは限りません。多くの金融機関では、一定額を超える変動報酬について、一部を複数年に分けて分割支給する「据置(繰延)」という仕組みを採用しています。金融庁の監督指針は、銀行等の役職員の報酬体系について、業績連動部分の支払いを繰り延べている場合には、支払いが確定するまでの間に生じ得る財務上のリスクに対応すること、また業績不振の場合に業績連動部分を縮小・取り戻すための措置を講じることを求めています。これは、目先の収益を追って過大なリスクを取る行動を抑制し、報酬とリスクテイクの時間軸を一致させる趣旨によるものです。

式2:据置支給額の算出(一例)
繰延対象額=MAX(個人配分額−基準額,0)×繰延比率/即時支給額=個人配分額−繰延対象額/繰延対象額は複数年(例:3年)に分けて分割支給

以下は説明用の仮設例です。ある会社が「個人配分額が2,000万円を超える部分については、50%を3年間で均等に繰延支給する」という設計を採用しているとします。個人配分額が3,000万円のトレーダーの場合、基準額2,000万円を超える部分は1,000万円、その50%にあたる500万円が繰延対象額です。差し引き2,500万円がその年に現金で支給され、残る500万円は3年間でおおむね均等に、1年あたり約167万円ずつ分割支給されます。

区分金額支給タイミング
個人配分額30,000,000円
即時支給額25,000,000円当年度中
繰延支給(1年目)約1,667,000円1年後
繰延支給(2年目)約1,667,000円2年後
繰延支給(3年目)約1,666,000円3年後
表3:据置(繰延)支給のスケジュール例(仮設例)。繰延部分の合計500万円は端数調整により年ごとに1,000円単位の差が生じています。

この繰延期間中に、対象者の関与した取引で後年に損失が判明したり、コンプライアンス上の重大な問題が発覚したりした場合、未払いの繰延部分を減額・不支給とする「マルス条項」が適用されることがあります。マルス条項はあくまで「まだ支払われていない部分」を対象とする点が特徴で、これに対して、すでに現金や株式として支払い済みの報酬の返還を求める仕組みは「クローバック条項」と呼ばれ、対象と発動条件が区別されています。金融庁の監督指針も、対象役職員が制度の設計趣旨を損ないかねない行為(一時的にリスクを削減して表面上のリスクを小さく見せる取引など)を行っていないか、金融機関側が監視・けん制する体制を求めており、据置期間はこうした事後検証の時間を確保する役割も担っています。

図2:据置(繰延)とマルス・クローバックの時間軸(仮設例) 年0 賞与確定 即時支給2,500万円 年1 繰延支給 約167万円 年2 繰延支給 約167万円 年3 繰延支給(完了) 約167万円 この期間に業績の巻き戻し・コンプライアンス違反が発覚すると 未払い分=マルス条項/既払い分=クローバック条項の対象になり得る 図:表3と同じ仮設例です。据置年数・繰延比率・発動条件は会社・職位・報酬水準により異なります。
図:表3の据置スケジュールに、マルス・クローバックが発動し得る期間を重ねたものです。

セールス側の報酬設計で特に問われる論点:顧客利益との利益相反

ここまではトレーディング(自己勘定・マーケットメイク)側を念頭に置いた説明でしたが、S&Tのもう一方の柱であるセールス(対顧客営業)の報酬設計には、トレーディング側とは別の論点が加わります。金融庁の「顧客本位の業務運営に関する原則」は、原則7として「金融事業者は、顧客の最善の利益を追求するための行動、顧客の公正な取扱い、利益相反の適切な管理等を促進するように設計された報酬・業績評価体系、従業員研修その他の適切な動機づけの枠組みや適切なガバナンス体制を整備すべきである」と定めています。これは、セールス担当者の評価・報酬が、特定の金融商品の販売量や回転売買の多さだけに連動する設計になっていると、顧客の利益よりも自社の手数料収益を優先させる誘因が生まれかねないという問題意識にもとづくものです。したがって、セールス側のボーナスプール配分では、取引執行量や顧客からの手数料収入に加えて、苦情の有無や商品説明の適切さといった非財務的な評価軸が組み込まれるのが一般的な考え方です。IBDのボーナス構成(ベース・ボーナス・サインオンボーナス)との比較はIB報酬構成にまとめてありますが、S&Tのセールス職はIBDのような案件単位のフィー連動とも、トレーディングデスクの自己勘定損益連動とも異なる、顧客との継続的な信頼関係を評価に織り込む設計になっている点が特徴です。

日本と海外の違い:規制の枠組みは共通しつつ開示水準は異なる

据置・マルス・クローバックという報酬設計の考え方自体は、日本に固有のものではありません。国際的には、金融安定化フォーラム(現在の金融安定理事会・FSBの前身)が2009年に公表した「健全な報酬慣行に関する原則」が、変動報酬とリスクテイクを連動させ、業績連動部分を繰延・取り戻し可能な設計にするという考え方の国際的な土台になっており、日本の金融庁の監督指針もこうした国際的な議論を踏まえて整備されています。もっとも、個々のデスク・個人の具体的な配分比率や繰延比率は、各社の内部規程・人事評価制度に属する情報であり、日本の金融機関がこれらの詳細な数値を対外的に開示している例は限られています。本記事の数値例が「仮設例」であることを繰り返し明記しているのはこのためで、実際の配分ロジックの詳細は、入社後に各社の人事制度・報酬委員会規程を通じて初めて開示される社内情報である点に留意してください。

S&Tの選考でこうした報酬制度を聞かれたときのために

面接で「S&Tの報酬体系についてどう理解しているか」を聞かれた際、本記事のようにデスクP&L→プール→個人配分→据置という段階構造で説明できると、単なる年収水準の知識にとどまらない理解を示せます。投資銀行の面接想定問答をまとめた教材は、無料会員登録の特典として提供しています。

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よくある質問(FAQ)

Q. 自分が担当したポジションの損益が、そのまま自分の賞与になるのですか。
A. いいえ。本記事で説明したとおり、賞与の原資はまずデスク単位のネットP&Lからボーナスプールとして算出され、そのプールを個人の貢献度・リスク管理・コンプライアンス遵守などを踏まえた裁量評価で配分するという2段階の仕組みが一般的です。個人の損益は配分段階の評価要素の1つですが、それだけで機械的に金額が決まるわけではありません。

Q. 固定給とボーナスの比率はどのくらいですか。
A. 会社・職位・年次によって大きく異なり、各社が対外的に詳細な比率を公表している例は確認できていません。S&T全体の年収レンジについては、求人情報にもとづく参考値をS&Tのキャリア完全ガイドにまとめていますので、そちらをご参照ください。

Q. 繰延(据置)やクローバックは、若手アナリストにも適用されますか。
A. 金融庁の監督指針が求める繰延・取戻しの仕組みは、主に一定額以上の変動報酬を対象とすることが一般的で、対象となる報酬水準の基準は会社の規程によります。若手のうちは対象額に届かず、即時支給のみで完結するケースも多いと考えられますが、詳細は各社の人事制度によるため一概には言えません。

Q. 本記事の金額例(デスクP&L9億6,000万円、プール1億5,840万円など)は実在の会社の数値ですか。
A. いいえ。表1〜表3、図1〜図2の数値はすべて計算ロジックを理解するための仮設例であり、実在する金融機関の実績データではありません。実際の控除項目・プール比率・繰延比率は会社・デスク・年度によって大きく異なります。

Q. セールス側とトレーディング側で、報酬の決まり方は同じですか。
A. 両者ともデスク(チーム)単位のプールを個人配分するという大枠は共通しますが、評価に用いる指標は異なります。トレーディング側は損益・リスク管理が中心である一方、セールス側は原則7で触れたとおり、取引執行量に加えて顧客本位の対応ができているかという非財務的な評価軸が重視される傾向にあります。

まとめ

S&Tの賞与は、「個人が稼いだ分がそのまま賞与になる」という単純な仕組みではなく、デスクのネットP&Lからボーナスプールを算出し、それを個人の裁量評価で配分し、さらに一部を数年かけて据置支給するという多段階の構造で決まります。据置期間中に業績の巻き戻しやコンプライアンス違反が発覚すれば、マルス条項やクローバック条項によって受け取れる金額が減ることもあり、金融庁の監督指針もこうした報酬とリスクの時間軸を一致させる設計を求めています。セールス側では、これに加えて顧客本位の業務運営という利益相反管理の視点が評価軸に組み込まれる点も、トレーディング側との違いとして押さえておく価値があります。実際の配分比率や繰延条件は会社ごとの非公開情報であるため、選考段階では本記事のような構造理解を軸に、入社後に各社の制度を確認していく姿勢が実務的です。

S&Tのデスク別の実務を先に押さえておきたい方へ

報酬の配分ロジックは、そのデスクがどんな損益を生み、どんなリスクを取っているかという実務内容と表裏一体です。金利・為替・クレジット・株式それぞれのデスクで何をしているかを先に確認しておくと、報酬制度の背景にある評価軸も理解しやすくなります。

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出典・参考(2026年8月確認)

  • 金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」III-3-2-4-5「報酬体系の開示」(業績連動報酬の繰延・取戻し措置に関する監督上の着眼点)(fsa.go.jp
  • 金融庁「顧客本位の業務運営に関する原則」(2024年9月26日)原則7「従業員に対する適切な動機づけの枠組み等」(fsa.go.jp
  • 金融庁「金融安定化フォーラムによる『金融システム強化のための提言及び基本原則』の公表について」(フォーラム公表2009年4月2日・金融庁掲載ページは同年4月3日付。健全な報酬慣行に関する原則の国内公表)(fsa.go.jp

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。年収・市場情報は執筆時点の公開情報に基づく参考値です。