この記事で分かること
- セールス&トレーディング(S&T)からのキャリアの出口が、バイサイド運用会社のトレーディングデスク・ヘッジファンド/プロップトレーディング・フィンテック(暗号資産交換業等)という3方向に大きく分かれる理由
- 出身デスク(エクイティ/FICC/デリバティブ)によって、どの出口と相性が良くなりやすいか
- デスクに残り続けて上位ポジションを目指す「残留」も一般的な選択肢であること
- 転職活動で問われやすい点(PnL説明力・リスク管理の実例・マーケット感覚の言語化)と準備の方向性
結論:S&Tの出口は「執行力と市場感覚」を軸に3方向へ伸びる
セールス&トレーディング(S&T)のキャリアというと、投資銀行部門(IBD)のように数年で外に出るのが前提の職種、というイメージを持つ人もいますが、実態はそう単純ではありません。S&Tのトレーディングデスクで身につく強みは、案件単位の分析力よりも、板情報を読んで発注を執行する力、日々の値動きに対する市場感覚、そしてリスクを数量で管理する習慣です。この強みが直接活きる出口は、大きく分けて①バイサイド運用会社のトレーディングデスク、②ヘッジファンド・プロップトレーディング会社、③フィンテック・暗号資産交換業という3方向になります。加えて、デスクに残り続けてシニアトレーダーやデスクヘッドを目指す「残留」も、統計的な裏付けは限定的であるものの、実務上よく見られる選択肢の一つです。
S&Tの業務内容やデスク別の入口・年収の考え方そのものはセールス&トレーディングのキャリア完全ガイド(日本版)で、役割とアセットクラスの基礎はセールス&トレーディング入門で扱っているため、本記事では出口(Exit)キャリアに絞って整理します。投資銀行部門(IBD)からの出口キャリアについては別記事の投資銀行の後のキャリア(Exit)完全ガイドで扱っており、S&TとIBDそのものの業務・年収の違いはセールス&トレーディング(S&T) vs 投資銀行(IBD)|仕事・報酬・キャリアパスの違いを徹底比較で比較しています。
なぜS&Tから動くのか:IBDの「通過点」論とは前提が異なる
IBDの出口キャリアでは、数年で外に出ることがある程度前提として語られる文化があるとされます(詳細は投資銀行の後のキャリア(Exit)完全ガイドを参照)。一方でS&Tは、日々のマーケットに向き合う実務そのものが専門性であり、同じデスクで経験を積み続けることにも明確な価値があります。そのため「何年目で動くのが標準か」という問いに一次情報から答えられる一律の基準はなく、個人の実績・市場環境・所属デスクの状況によって大きく異なります。
それでも動く理由として一般的に語られるのは、(a)自分の投資判断で運用したいという動機からバイサイドやヘッジファンドへ向かうケース、(b)執行・市場設計そのものへの関心からフィンテックや電子マーケットメイキング会社へ向かうケース、(c)会社の再編・デスクの縮小といった外部要因によるケース、の3種類です。以下ではこれらのうち(a)(b)を中心に、出口の類型を整理します。
出口①バイサイド運用会社のトレーディングデスク
資産運用会社(アセットマネジメント)には、ファンドマネージャーやアナリストとは別に、実際の売買発注を担う執行専門のトレーディングデスクを置く会社があります。ここでの業務は、運用担当者が決めた投資判断を、できるだけ市場に影響を与えず・良い価格で執行することが中心で、金融商品取引法上の最良執行義務や、取引所とPTS(私設取引システム)を使い分けるダークプール・PTSの実務知識がそのまま活きます。銀行のS&Tデスクで培った「板を読んで発注を執行する」技術は、この種のバイサイドトレーダー職との親和性が高いと一般的に説明されます。
ただし、バイサイドの執行トレーダーとファンドマネージャー・アナリストは役割が異なる点には注意が必要です。運用哲学に基づいて何を買うか・売るかを決めるのはファンドマネージャー側であり、執行トレーダーはその意思決定を前提に「どう執行するか」を最適化する役割です。資産運用業界全体の職種構成やファンドマネージャーへのキャリアパスはヘッジファンドのキャリア完全ガイドで扱うアナリスト→PMの構造とも共通する部分があるため、あわせて参照すると理解が深まります。
出口②ヘッジファンド・プロップトレーディング会社
ヘッジファンドやプロップトレーディング会社(自己勘定でのトレーディングを専門に行う会社)は、S&T出身者にとってもう一つの代表的な出口です。ここではさらに2つの系統に分かれます。一つは、マクロ・金利・為替のポジションを裁量で構築する裁量トレーダー(PM候補)の道で、金利・為替のS&T経験がそのまま生きやすい領域です。もう一つは、統計的・数理的モデルに基づいて取引を行うクオンツトレーダーの道で、こちらは必要なスキルセットがより数学・プログラミング寄りになります。クオンツ運用の戦略類型や必要スキルの詳細はクオンツ運用・クオンツリサーチとはに譲り、ここでは報酬構造の違いに絞って整理します。
プロップトレーディング会社の報酬は、銀行のS&Tデスクの固定給+ボーナスプール型の構造(詳細はセールス&トレーディングのキャリア完全ガイド(日本版)を参照)と比べて、個人のPnL(損益)に直接連動する比重が大きくなる傾向があるとされます。以下は理解のための仮設例です。
仮設例:PnL連動型の総報酬
総報酬 = 基本給 + 個人PnL × ボーナス連動率(下限0円)
基本給800万円・ボーナス連動率10%と仮定した場合
好調な年(個人PnL +2億円):800万円 + 2億円×10% = 800万円 + 2,000万円 = 2,800万円
不調な年(個人PnL -3,000万円):ボーナスは下限0円が適用され、総報酬は基本給の800万円のみ
実際の連動率・下限の有無・支払いタイミングは会社ごとに大きく異なり、外部から一律に断定できるものではありません。ここで押さえておくべきは、S&Tからヘッジファンド・プロップトレーディングへ動くことは、報酬の期待値だけでなく分散(ばらつき)も同時に引き受ける選択だという構造です。ヘッジファンドのアナリスト→PMという昇進構造や東京拠点の採用実態はヘッジファンドのキャリア完全ガイドで詳しく扱っています。
出口③フィンテック・暗号資産交換業
3つ目の方向が、執行・市場設計そのものをテクノロジーで担うフィンテック領域です。ここにも2つの系統があります。一つは、電子的なマーケットメイキングを専門とする海外系トレーディングファームです。例えばSusquehanna International Group(SIG)は公式サイトで東京(渋谷区)にオフィスを構えていることを開示しており、北米・欧州・アジア太平洋の主要金融センターの一つとして東京を位置づけています。日本国内でこうした高速・自動化された取引を行う場合、金融商品取引法上の「高速取引行為者」としての登録が2018年4月1日から必要になっており、この制度は2017年の金融商品取引法改正に基づくものです。S&Tのアルゴリズム取引・高頻度取引(HFT)に関する実務知識は、こうした会社への転職で評価されやすい素養の一つとされます。
もう一つの系統が、国内の暗号資産交換業者や証券会社向けのトレーディングシステムを開発する企業です。暗号資産交換業は資金決済法に基づく登録制度の対象で、2017年4月1日から登録が必要になっており、金融庁の登録一覧によれば2026年8月時点で27社が登録されています。こうした企業では、現物・デリバティブ双方の市場慣行やリスク管理の実務知識を理解した人材を求める例が見られますが、採用ニーズは企業のステージ・事業内容によって大きく異なるため、特定企業の採用方針を一般化することはできません。
「動かない」という選択肢:デスクに残って上位ポジションを目指す
ここまで3つの出口を見てきましたが、同じ会社・同じデスクに残り、シニアトレーダーやデスクヘッド(デスク責任者)を目指すことも、実務上よく見られる選択肢です。転職市場の話題は目立ちやすいものの、外部への転職だけがキャリアの成功ではありません。デスクに残る場合は、扱う商品・ポジションサイズの裁量が段階的に広がっていくことが一般的な昇進の形として語られますが、具体的な昇進年数や裁量拡大の基準は会社・デスクによって差が大きく、一次情報から一律の基準を示すことはできません。
出身デスク別に相性が良くなりやすい出口
どの出口と相性が良いかは、エクイティ・FICC(金利・為替・信用)・デリバティブという出身デスクによっても傾向が変わります。以下は一般的に語られる傾向の整理であり、個人の経験・専門分野によって当てはまり方は異なります。FICCデスクの業務内容や日本国債市場の構造そのものはセールス&トレーディング入門に譲ります。
| 出身デスク | バイサイド運用 | HF・プロップ | フィンテック・暗号資産 |
|---|---|---|---|
| エクイティ | 高い。個別銘柄の執行経験が直結しやすい | 中〜高。マーケットメイク系では板を読む力が評価されやすい | 中。現物・デリバティブ商品開発との親和性 |
| FICC | 高い。国内債券運用は伝統的に受け皿が大きいとされる | 中〜高。金利・為替観がマクロ系戦略と結びつきやすい | 中。金利・為替関連のリスク管理システムとの親和性 |
| デリバティブ | 中。オプション運用を行う一部の会社に限定されやすい | 高い。Greeksに基づくリスク管理はプロップ会社の中核業務と直結 | 中〜高。暗号資産デリバティブ商品のリスク管理と親和性 |
出身デスクとの相性を、一般論ではなく自分の経験に当てはめて確認する
上の表はあくまで出身デスク別の一般的な傾向であり、個人の専門性・実績次第で当てはまり方は変わります。自分がどの出口の評価軸と重なりやすいかを客観的に整理したい場合は、キャリア適性診断を使って自分の経験・志向を棚卸ししてみることをおすすめします。
転職準備で問われる点:PnL説明力とリスクの言語化
S&Tからの転職活動では、モデルテストのような定型的な選考ツールよりも、自分が担当してきたポジション・執行判断を数値と論理で説明できるかが重視されるとされます。具体的には、(1)自分のPnLの変動要因を市場環境と自分の判断とに切り分けて説明できるか、(2)ポジションサイズやストップロスの水準をどう決めていたか、リスク管理の実例を挙げられるか、(3)相場観・市場構造の理解を、業界特有の用語に頼らず言語化できるか、という3点です。特にヘッジファンド・プロップトレーディング会社の選考では、個別の意思決定プロセスを筋道立てて説明する力が重視される傾向があるとされ、この点はアナリスト職の選考(ヘッジファンドのキャリア完全ガイド参照)とも共通します。
出身業界別に見ると、S&Tから動く場合は日々の市場感覚という強みがある一方で、投資仮説を数週間〜数か月かけて掘り下げる訓練は相対的に手薄になりやすいと指摘されます。バイサイドのファンダメンタル運用やヘッジファンドのアナリスト職を目指す場合は、個別企業や商品を深く分析する訓練を並行して積んでおく必要があります。転職エージェントを介した非公開求人の紹介が一般的ですが、業界内のネットワーキングを通じた紹介も重視される傾向があり、いずれか一方に偏った情報だけで市場全体を判断しない姿勢が重要です。
よくある質問(FAQ)
S&Tから動くのは何年目くらいが目安ですか。
一次情報から確認できる一律の基準はありません。デスクでの実績・市場環境・個人のキャリア観によって差が大きく、長くデスクに残るキャリアも一般的な選択肢の一つです。
未経験でヘッジファンドの裁量トレーダーになれますか。
一般的には、S&Tやバイサイド運用でトレーディング経験とPnLの実績を積んだうえで動く経路が多いとされます。新卒採用の実態は会社によって差があり、公開情報だけでは一般化できません。
フィンテック企業への転職では年収は下がりますか。
一律には言えません。企業のステージや事業内容によって固定報酬・インセンティブの設計が大きく異なり、上場前の企業ではストックオプション等の非金銭的な報酬の比重が大きくなる場合もあります。
出身デスクによって有利・不利はありますか。
「出口①〜③」で整理した表のとおり、一般的な傾向としての相性はありますが、個人の専門性や実績次第で当てはまり方は変わります。
まとめ
S&Tからの出口キャリアは、IBDのように「数年で外に出るのが前提」という構造とは異なり、バイサイド運用会社のトレーディングデスク、ヘッジファンド・プロップトレーディング、フィンテック・暗号資産交換業という3方向に加えて、デスクに残り続ける選択肢も含めた複数の道があります。出身デスク(エクイティ/FICC/デリバティブ)によって相性の良い出口には一般的な傾向がありますが、いずれの道に進むにしても、自分のPnLや執行判断を数値と論理で説明できるかが選考で問われる中心的な力になります。まずは自分の強みがどの出口の評価軸と重なるかを整理することが、次の一歩になります。
自分のトレーディング経験を、どの出口の言葉で説明できるか整理する
PnL説明力もリスク管理の言語化も、まずは自分がこれまで担当してきたポジションを振り返り、数値と論理で再構成する作業から始まります。キャリア適性診断で自分の強みの方向性を確認したうえで、無料会員登録をすると関連記事やモデリング学習を組み合わせて次の準備を進められます。
出典・参考(2026年8月確認)
- 金融庁「高速取引行為を行うみなさまへ」(高速取引行為者の登録制度、2018年4月1日施行) fsa.go.jp
- 金融庁「暗号資産・電子決済手段関係」(暗号資産交換業の登録制度、資金決済法に基づく2017年4月1日施行、登録一覧):https://www.fsa.go.jp/policy/virtual_currency02/index.html
- Susquehanna International Group, LLP「Office Locations」(東京オフィス所在地の開示) sig.com
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。年収・市場情報は執筆時点(2026年8月)の公開情報に基づく参考値です。