この記事で分かること
- ITTの会長ハロルド・ジェニーンが1970年に示した10年表と多角化の説明を、当事者の記録として読む方法(1株利益は2.7倍。株式数の掲載値1.9倍は分割調整の有無が不明)
- コングロマリット・ディスカウントの測り方(トービンのq、超過価値)と、1960年代の評価をめぐって研究結果が割れる理由
- 株価収益率の違う会社を株式交換で買うと1株利益が伸びる仕組み(単純化した設例)と、買収後のEPSを分解して読む実務の手順
想定読者:M&Aやコーポレートファイナンスを学んでいる方、事業ポートフォリオや株式対価の買収の検討に関わる方
前提知識:1株当たり利益と株価収益率の基本(qや超過価値は本文で説明します)
1970年春、米国のITT(International Telephone and Telegraph)の会長ハロルド・ジェニーンは、法律雑誌に「Conglomerates: A Businessman’s View(コングロマリット——経営者の見方)」と題する論稿を寄せた。付録の10年表によれば、ITTの1株当たり利益は1959年の0.95ドルから1968年の2.58ドルへ増えた。ジェニーンはこれを年率約11%の安定した成長と書いている1。米司法省は前年の8月に、ITTとハートフォード火災保険の合併を提訴していた2。
多角化は株主の価値を生んだのか、それとも壊したのか。研究者の答えは今も一つにまとまっていない。本稿では、ジェニーンの説明、司法省の文書、査読論文の実証を分けて並べる。ITTの株式単独の割引を推計した資料は見つからなかった。そこで本稿は、割引をどう測るのか、研究結果がなぜ割れるのかを解き明かす。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1959〜68年 | ITTの売上高・収益が765.6百万ドルから4,066.5百万ドルへ、1株当たり利益が0.95ドルから2.58ドルへ(ITTの報告ベース。ジェニーン論稿の付録) |
| 1965年12月 | ITTとABC(米国の放送会社)の合併を発表(ABCの年次報告書) |
| 1968年1月1日 | ITTがABCとの合併を打ち切る。FCCは2度承認、司法省は反対していた(ABCの年次報告書) |
| 1968年1月26日 | ITTが2対1の株式分割(付録の注記。1株数値はこれで調整) |
| 1969年8月1日 | 米司法省がITTとハートフォード火災保険の合併を民事提訴 |
| 1970年春 | ジェニーンが論稿「Conglomerates: A Businessman’s View」で、多角化の目的・買収の方法・プーリング法を説明 |
| 1971年9月24日 | ハートフォード・グリネル・キャンティーンの3件が同意判決で同日に終結。ハートフォード判決は、3年以内にLevitt・Avis・Hamilton Lifeを売却するか、代わりにハートフォードを売却するかの選択と、10年間の大型買収の制限を定めた |
10年で1株利益は2.7倍——ジェニーンの10年表を当事者の記録として読む
論稿の付録「TEN-YEAR SUMMARY」は、ITTの年次報告書の数字の再掲だと注記されている。本稿が使うのは、付録の両端の1959・1968年と、1967年の一部の数値である。売上高・収益は1959年の765,640千ドルから1968年の4,066,502千ドルへ、特別項目前の利益は29,036千ドルから180,162千ドルへ増え、付録に記載の株主資本利益率は7.2%から12.2%に上がった3。これらは当事者が論稿に付した会社の開示として扱う(原本は未確認)。
倍率に直すと(編集部の計算)、売上は5.3倍、利益は6.2倍、長期負債は5.6倍になったが、1株当たり利益は2.7倍、1株当たり株主資本は1.26倍にとどまる。付録の注記は1株の数字を1968年の2対1分割で調整したと述べるが、株式数の列が調整済みかは確認できず、株式数の掲載値の比1.9倍を実質的な増加率や希薄化とは断定できない。1株利益の年率は約11.7%で、長期負債÷株主資本は約40%から約56%へ上がった。1968年の株式数の掲載値は前年より約18%多く(同じ留保が付く)、1株当たり株主資本は前年の17.39ドルから16.83ドルに下がった。株式を対価にする買収と整合する動きだが、付録からは原因を特定できない。
読み方の注意が二つある。第一に、買収で加わった分と既存事業の成長分を分けられない。第二に、1株当たり利益に年末の株式数を掛けても利益総額と一致しない年があり、1968年には約28百万ドルずれるが、付録に理由の説明は無い4。そこで本稿では両者を掛け合わせた計算はしない。
「企 業の保険」と本部の統制——当事者の説明と、司法省の見方
ジェニーンは多角化の目的を、成長性、国内と海外、民間と政府、景気循環などのバランスで説明し、多角化を「企業の保険」と位置づけた5。本部には約1,000人の産業・業務の専門家を置き、各事業を利益センターとして管理したという6。1984年の著書では、買収後も多くは経営陣を残し、事業計画・詳細な予算・厳格な財務統制を持ち込んだと回想している7。
買収の方法について、ジェニーンは特別な金融の仕組みは使わず、相手の株主とは自社の株式を交換してきたと述べ、敵対的な公開買付はしたことがないと書いた8。また、ITTの株式交換による買収は通常、持分プーリング法で処理したと述べ、合併後の1株当たり利益に重要な影響は無く、過去の期間を合算して再表示した利益と比べられるので見かけの増益は生じない、と主張した9。持分プーリング法は、両社の簿価をそのまま合算し、のれんを計上しない方法である(取得法との違いはのれんとPPA入門)。いずれも係争中に書かれた当事者の説明である。
当局の見方は別の層にある。司法省の1971年の公報は、ITTを過去10年のコングロマリット的買収の動きで「最も貪欲な買収者」と呼び、ITTの3件をコングロマリット型合併の事件として扱った10。ハートフォードの事件は1971年9月24日の同意判決で終わり、ITTは3年以内に、Levitt・Avis・Hamilton Lifeか、代わりにハートフォードを売却するよう求められた。10年間は大型の買収に原告の同意か裁判所の承認が要る11。同意判決は合意による決着で、裁判所が違法と認定したものではない。ITTがどちらを実行したかは未確認である。ABCとの合併は、連邦通信委員会(FCC)が2度承認し司法省が反対するなか、1968年1月1日にITTが打ち切った(ABCの年次報告書)12。
ITTは同業を集めるロールアップでなく異業種の多角化で、問われるのは異なる事業を一社が持つこと自体の価値である。
多角化は価値を生むのか——内部資本市場という仮説
多角化を擁護する代表的な理論が内部資本市場の考え方で、外部の投資家の情報が乏しいなら、本部が事業の成績を見て資金を配ることに価値があるとみる。Hubbard & Palia(1999)は、1960年代は外部の資本市場が企業固有の情報に乏しく、多角化企業の内部の資本配分に情報優位が事前に期待されたと説明した。1961〜70年に公表された買収392件では、財務的な制約の小さい買い手が制約の大きい対象を買ったときに、買い手の株価の反応が最も高かった13。関連事業の買収は4つの指標すべてで、多角化の買収も4指標のうち2つで正の反応だった14。
ただし、これは発表時の期待で、利得の実現ではない。同論文はこの点を調べていないと明記し、後年の分割・売却時の株価反応は期待された利得が実現しなかったことを示唆すると書く15。ITT個別の推計も無く、ジェニーンの本部が価値を生んだかは、この研究からは言えない。
コングロマリット・ディスカウントをどう測るか——qと超過価値
多角化企業が、同じ事業を営む専業企業の組み合わせより低く評価される現象をコングロマリット・ディスカウント(多角化ディスカウント)と呼ぶ。物差しの一つはトービンのqである。理論上は企業の市場価値÷資産の再調達原価で、実証では簿価などの代理指標で近似する。割引は同業の専業企業などとの比較で測り、qが1未満というだけでは判定しない。Lang & Stulz(1994)は、1978〜90年の米国企業で多角化の度合いとqが負に相関すると報告した。1984年の標本では単一事業の企業のqが標本平均を約39%上回り、業種を調整しても2事業と1事業の企業の平均qの差は0.35残る。ただし彼らは、もともと業績の弱い企業が多角化を選ぶ可能性も論じている。割引が多角化の結果なのか、多角化する企業の性質なのかは、相関からは決まらない16。
もう一つはBerger & Ofek(1995)型の超過価値で、ln(実際の企業価値÷専業企業とみた価値の合計)で表す。合計は各事業を同業の専業企業の倍率(売上高などに対する企業価値の中央値)で評価して足す。対数にすると比率の大小を対称に扱え、平均しやすい。要旨によれば、1986〜91年の標本で多角化は平均13〜15%の価値の減少に対応した。この測り方には、大きく古い多角化企業を小さく若い専業企業と比べるため割引が人為的に生じる、という批判もある17。
単純化した設例:超過価値を計算する
前提:架空のZ社は事業Xと事業Yを持つ(売上高、同業の専業企業の企業価値÷売上の中央値、実際の企業価値1,260億円は表2)。専業企業とみた価値の合計は1,400億円で、超過価値はln(1,260÷1,400)=−0.105、つまり合計より約10%低い評価に当たる。事業Yの比較対象を規模や社歴の近い会社に選び直して倍率が1.7倍になると、合計は1,280億円、超過価値は−0.016に縮む。
| 項目 | 売上高(億円) | 同業単独企業の倍率(企業価値÷売上の中央値) | 価値(億円) |
|---|---|---|---|
| 事業X | 600 | 1.0倍 | 600 |
| 事業Y | 400 | 2.0倍 | 800 |
| 各事業を単独企業とみた価値の合計 | — | — | 1,400 |
| Z社の実際の企業価値 | — | — | 1,260 |
| 超過価値=ln(実際÷合計) | — | — | −0.105 |
Klein(2001)は、1960〜68年に買収を重ねて多業種に進出した大手36社(ITTを含む)の1966〜74年を調べた。平均qは2.03、1.24、0.94と下がり、1966〜68年の平均の業種調整後qは+0.27で、有意な割引は検出されず、1969年以降に割引に転じた。内部資本市場を生む型の買収をした会社も、1969年を境に高い評価から小さな割引に変わったという。理由として外部の資本市場の発達で内部資本市場の優位が薄れた説などを挙げるが、検証はしていない18。
一方、Servaes(1996)の要旨は、1960年代の多角化企業に大きな割引があり、1970年代にほぼゼロになったとする。Kleinは食い違いを標本の違いで説明する。Servaesは多角化企業を広くとり、Kleinは規模が大きく多角化の度合いの高い買収型の企業に絞った19。Matsusaka(2001)は、価値を最大にする多角化でも割引で取引され得ること、買収発表時の好反応と割引が両立し得ることを理論モデルで示した20。「1960年代に称賛され、のちに割り引かれた」という物語は、大手の買収型には近いが、多角化企業一般に当てはまるとは言えない。
| 研究 | 標本 | 何を測ったか | 結果の要点 |
|---|---|---|---|
| Hubbard & Palia(1999) | 1961〜70年の買収392件 | 買収発表時の買い手の株価反応 | 多角化買収でも4指標中2指標で正。財務的制約の小さい買い手が制約の大きい対象を買うと反応が最も高い |
| Servaes(1996) | 1960〜70年代の多角化企業 | q(業種調整) | 1960年代に大きな割引、1970年代にほぼゼロ(Kleinの引用では−0.77・−0.60・−0.08:1967・70・73年) |
| Klein(2001) | 大手コングロマリット36社(ITTを含む)、1966〜74年 | q(業種調整) | 1966〜68年は平均の業種調整後qが+0.27で、有意な割引は検出されず。1969年以降に割引(−0.18、−0.20) |
| Lang & Stulz(1994) | COMPUSTATの資産1億ドル超の企業、1978〜90年 | トービンのq | 多角化度とqが負の相関。業種調整後も多角化企業のqは低い |
| Berger & Ofek(1995) | 1986〜91年の標本 | 超過価値(同業の倍率で事業ごとに評価した合計との比) | 要旨によれば平均13〜15%の価値の減少(本文は未確認) |
1株利益の伸びは何を映すか——株式交換とブートストラップ
株式交換の買収には当時から批判もあった。Briloff(1967)は、プーリング法の買収の事例から、希薄化によって買い手の株主は財務諸表が示すほどは受け取っていないと論じた(題材はITTではない)21。よく語られるのが「ブートストラップ」で、株価収益率の高い会社が低い会社を株式交換で買うと、事業が変わらなくても1株利益が伸びる仕組みを指す。
単純化した設例:株価収益率の差で1株利益が伸びる
前提:架空のA社(純利益100億円、株価収益率20倍、時価総額2,000億円)が、B社(純利益50億円、株価収益率10倍、時価総額500億円)を、A社株を対価に買う。両社の利益は合併後も変わらないと仮定する。
| 項目 | A社(買い手) | B社(対象) | 合併後(プレミアムなし) | 合併後(プレミアム30%) |
|---|---|---|---|---|
| 純利益(億円) | 100 | 50 | 150 | 150 |
| 対価(億円) | — | — | 500 | 650 |
| 対価の株価収益率(倍) | — | — | 10 | 13(650÷50) |
| A社が発行する新株(万株) | — | — | 2,500 | 3,250 |
| 発行済株式数(万株) | 10,000 | 5,000 | 12,500 | 13,250 |
| 1株当たり利益(円) | 100 | 100 | 120 | 113.2 |
| A社単独との比較 | — | — | +20% | +13.2% |
プレミアムなしなら、A社は新株2,500万株を発行し、1株当たり利益は100円から120円へ20%伸びる。30%のプレミアムを払っても13.2%伸びる。対価の株価収益率(13倍)が自社の20倍を下回る限り1株利益は増え、プレミアムが100%に達して対価の倍率が自社と並ぶと、伸びはゼロになる。この増益と減益の分かれ目になる対価の倍率をAccretion/Dilutionのブレークイーブン倍率と呼ぶ。
問題は市場がこの1株利益をどう評価するかだ。ここからはプレミアムなしのケースで、将来のキャッシュフローとリスクは変わらず、シナジーも無いと仮定する。合併後もA社の20倍が続けば時価総額は3,000億円になり、両社の合計2,500億円より500億円多い。価値が足し算どおりなら、株価収益率は16.7倍に下がり、株価は2,000円のままだ。既存事業の成長なしに翌年も20%伸ばすには、PER10倍の会社をプレミアムなし・全額株式対価で買うと仮定して、20倍が保たれれば純利益75億円、16.7倍に下がれば107億円の会社が要る。また、両社の前年利益もそれぞれ100億円・50億円だったと仮定すると、プーリング法で前年を合算して再表示した前年比は0%で、A社の前年の報告値と比べた20%は見かけの伸びだと分かる。編集部の整理では、ジェニーンの「見かけの増益は生じない」という主張は、この再表示を指している。
Hubbard & Paliaの標本とMatsusaka(1993)の標本の実証では、ブートストラップが買い手の発表時の株価反応を説明するという証拠は得られなかった。標本の対価は主に株式交換で、公開買付は約2割だった22。ただし発表時の反応の話で、投資家が1株利益に惑わされなかった証明ではない。ITTの10年表も、注記が述べるのは株式分割の調整だけで、買収を遡って再表示した数字かどうかは分からない。ITTが会計で1株利益を水増ししたとも、増益がすべて実質的だったとも、本稿の資料からは言えない。
現代の実務への応用——多角化の価値と割引を、分解して確かめる
事業ポートフォリオの見直し、株式対価の買収、多角化企業への投資で使える確認の手順を五つ挙げる。
1. 割引を見たら、「多 角化のせいか」「比 べ方のせいか」を分ける
専業企業の合計より低く評価されていると言われたら、まず比較対象を確かめる。規模・社歴・成長率は近いか、セグメント情報で利益と資産が分かれているか、本社費をどう配ったか。表2の設例でも、比較対象を変えるだけで超過価値は−0.105から−0.016に動く。そのうえで、原因が事業の組み合わせか、もともと成長性の低い事業にあるのかを分ける(事業ごとに評価して合計するSOTP〈Sum of the Parts〉はSOTP評価の実務)。
2. 本部の価値は、資本配分の記録で検証する
本部の資金配分に価値があるなら、記録で示せるはずだ。事業ごとの設備投資と投下資本利益率の推移、予算承認と撤退判断の履歴、低収益から高収益の事業へ資金が実際に動いたか。ジェニーンの言う予算と財務統制も当事者の説明で、効果の証明ではない(資本配分フレームワーク、資本配分の実務)。
3. 株式対価の買収は、1株利益の増減ではなく価値で判断する
プロフォーマの1株利益(買収後を合算した試算の1株利益)を示されたら、対価と自社の倍率、発行株式数、前提のシナジーを分けて書き出し、増益が倍率の差によるのか事業の改善によるのかを確かめる。増益の買収でも、払った価値が得た価値を上回れば株主の損になる(
4. 報告ベースの成長は、総額・1株・資本構成の三つで読む
ITTの10年表では、売上5.3倍に対して1株利益は2.7倍、1株当たり株主資本は1.26倍、長期負債は5.6倍だった。成長の記録は、買収分を除いたオーガニック成長、株式数と1株指標の動き、負債の増え方を並べて読む。株式分割の前後で1株の数字と株式数の基準がそろうかも確かめる。ITTの付録では株式数の列が分割調整済みか読み取れなかった(株式分割・併合の調整係数の作り方)。
5. 当事者の説明、当局の文書、第三者の実証を別の層で読む
経営者の論稿は係争や資金調達の最中に書かれることがあり、研究の結論は標本と物差しに依存する。検討資料でも、会社の開示、当局の判断、外部の実証を区別し、それぞれが何を測っているかを明記する。
この記事で確かめられなかったこと
ITTの年次報告書の原本、1969年以降のITTの株価と利益、Avis・Sheraton・Continental Bakingなど個々の買収の時期と対価、ハートフォード判決の選択肢のどちらをITTが実行したかは、一次資料で確認できていない。買収した企業の数は二次資料の間で割れ、確定できなかった。ITT単独のqや超過価値の推計も見つけていない。1969年以降の割引を、同年末の税制改正(買収目的の劣後・転換社債の利子控除の制限。ITTへの適用は未確認)や会計基準の見直しで説明する見方もあるが、Kleinはこれらを検証しておらず、本稿でも因果は確かめていない23。KleinとLang & Stulzはワーキングペーパー版、Servaes・Berger & Ofek・Briloff・Matsusakaは要旨と他の論文の引用による。
よくある質問
ITTの株式は、コングロマリット・ディスカウントで取引されていたのですか。
本稿の資料からは分かりません。Klein
同意判決でITTはAvisを売却したのですか。
判決はLevitt・Avis・Hamilton Lifeか、代わりにハートフォードかの売却の選択をITTに求めたもので、どちらを実行したかは確認できていません。
まとめ——多角化の価値は、測り方と比べ方を決めてから問う
ジェニーンの10年表は、1株利益が2.7倍、長期負債が5.6倍になった成長を示す当事者の記録である(株式数の掲載値1.9倍は分割調整の有無が不明)。多角化の価値は、発表時の株価反応、qの時系列、超過価値という別々の物差しで測られ、標本の年代と対象によって結論が割れる。ITT単独の割引も、増益が見かけか実質かも、資料からは決められない。現代の多角化企業や株式対価の買収を評価するときこそ、比較対象、資本配分の記録、1株利益の分解を先に決めておきたい。
脚注
- Geneen(1970)(R1)本文 掲載p.738(PDF p.17)と付録「TEN-YEAR SUMMARY」掲載p.741の「Per common share」行。原文は「earnings-per-share from 95 cents per share in 1959 to $2.58 per share in 1968」。1株数値は1968年1月26日の2対1株式分割で調整済み(付録の注記)。ITT会長による論稿で、当事者の説明です。↩
- 米司法省反トラスト局の案件ページと最終判決(R2。Civil Action No. 13,320、コネチカット地区連邦地裁)。判決本文に、原告(米国)が1969年8月1日に訴状を提出したと記されています。↩
- Geneen(1970)付録 掲載pp.741–742(R1)。付録は「ITT Annual Reports」のとおりと注記しており、ITT年次報告書の原本は本稿では未確認です。利益は「特別項目前」の値で、1968・1967・1961・1960年には別に特別利益があります(純利益ではありません)。株主資本利益率の定義(期首・期末のどちらの資本か)は付録に記載がありません。倍率・年率・利益率・長期負債÷株主資本は編集部の計算です(年率は(2.58÷0.95)の9乗根−1)。↩
- 編集部の計算。1968年の1株当たり利益2.58ドル×年末株式数59,059千株は約152百万ドルで、特別項目前の利益180,162千ドルと約28百万ドル違います。1959年(0.95ドル×31,060千株≒29.5百万ドル、利益29,036千ドル)はおおむね一致します。差の理由は付録から確認できず、本稿では1株利益から利益総額を逆算する計算をしていません。株式数の列が分割調整済みかどうかも付録の注記からは明確ではなく、本文の株式数の倍率・増加率は掲載値の単純比です。↩
- Geneen(1970)(R1)「DIVERSIFICATION: ITT’s OBJECTIVES」の節(PDF p.6)。原文は「Diversification is therefore a necessary type of corporate insurance」。当事者の自己説明です。現代の理論では、株主は自分で銘柄を分散できるため、会社が分散を代行すること自体の価値には疑問が出されます(編集部の補足)。↩
- Geneen(1970)(R1)「ITT’s METHODS」の節(PDF p.7)。原文は「slightly over 1,000 industrial and operational specialists in our central management group」。人数を独立の資料で確認したものではありません。↩
- Geneen & Moscow, Managing(1984)pp.206–207。Hubbard & Palia(1999)(R5)の導入部の引用によるもので、原本は未読です(孫引き)。当事者の回想です。↩
- Geneen(1970)(R1)「ITT’s METHODS」の節(PDF pp.7–8、掲載pp.728–729)。原文は「We have used no unusual financial packages to support our growth」。1970年春時点の当事者の説明で、個々の買収の対価の形態は独立の資料で確認できていません(ハートフォードについては転換優先株との交換だったとする報道がありますが、本稿では原文を照合していません)。↩
- Geneen(1970)(R1)「ACCOUNTING TECHNIQUES」の節(PDF pp.18–19、掲載pp.739–740)。原文は「customarily been accounted for as pooling of interests, with no material effect on the current reported earnings-per-share」「so that there can be no illusory increase in performance」。ジェニーンは会計士業界・SECによる乱用の是正は支持するとも書いています。ハートフォード訴訟の係争中に書かれた当事者の主張です。↩
- 米司法省 U.S. Attorneys’ Bulletin Vol.19 No.21(1971年10月15日)pp.820–821(R3)。「最も貪欲な買収者(most voracious among America’s acquisitors)」は当局の表現です。公報はITTを1968年に米国11位、1970年に(係争中の買収を含め)8位の企業と記しますが、順位の基準は書かれていません。↩
- 最終判決(R2)IV節A項、V節A項、XI節と、R3 pp.820–821。売却の対象は「(1) Levitt・Avis・Hamilton Life の全持分、または (2) その代わりにハートフォードの全持分」の選択です。グリネル・キャンティーンの事件は別の判決で同日に終結しました。買収の制限は10年間で、資産1億ドル超の国内企業の買収(議決権1%以上の取得)などに原告の同意か裁判所の承認を求めます(XI節)。同意判決は事実認定や違法性の判断を含みません。ITTが実際にどちらの選択肢を実行したかは、本稿では一次資料で確認していません。↩
- American Broadcasting Companies, Inc.『1967 Annual Report』(R4)の株主への手紙。合併は1965年12月に発表され、ITTが「長期の遅延」を理由に1968年1月1日に打ち切ったと記されています。ABC側の説明で、ITT側の記録ではありません。年報はITTからABCへの2,500万ドルの貸付も記しています。FCCの決定の原文は未確認です。↩
- Hubbard & Palia(1999)(R5)要旨・第I〜III節(掲載pp.1131–1144)。財務的な制約の有無は、配当性向や設備投資率などの代理変数で分類しています。対象は買収発表時の買い手の株価反応で、ITT個別の結果ではありません。↩
- Hubbard & Palia(1999)(R5)導入部(掲載pp.1133–1134)。表の数値はPDFの抽出が崩れていたため、本文の記述のみを確認しています。↩
- Hubbard & Palia(1999)(R5)導入部(掲載p.1134)。「期待された利得は実現しなかった」は同論文の示唆であり、同論文自身が検証したものではありません。↩
- Lang & Stulz(1994)(R6)。NBER Working Paper 4376(1993年6月)の第3節・表2・表4を読みました。掲載版(Journal of Political Economy)との差は照合していません。標本はCOMPUSTATの資産1億ドル超の企業(1978〜90年)で、1960年代やITTは含みません。相関と割引の測定であり、多角化が価値を下げたという因果の証明ではありません。↩
- Berger & Ofek(1995)(R7)。「1986〜91年・平均13〜15%」は要旨の転載によるもので、出版社の要旨ページと本文は確認できていません。測り方の説明と批判は Hund, Monk & Tice のワーキング草稿(R8)によります(草稿のため頁・数値は引用しません)。Hubbard & Palia(R5)の脚注1も同論文の結論を要約しています。↩
- Klein(2001)(R9)。2001年9月21日付のワーキングペーパー版の要旨・第1〜4節・表1(標本、ITTは15番)・表3・表4。標本はWeston–Mansinghkaの名簿(1960〜68年に3件以上の合併、総資産の増加の2割以上が買収による、1968年に多業種に進出)に載り、財務データが取れた36社で、生存の偏りの可能性があります。掲載版との差は照合していません。ITT単独の値は示されていません。↩
- Servaes(1996)(R10)の要旨。本文は未読です。具体的な値は Klein(2001)(R9)第3節(表5)の引用で、多事業企業の業種調整後qは1967年−0.77、1970年−0.60、1973年−0.08(主業種法)。Hubbard & Palia(R5、掲載pp.1134–1135)も同論文を引用しています。↩
- Matsusaka(2001)(R11)の要旨。理論モデルの論文で、ITTを実証したものではありません。本文は未読です。↩
- Briloff(1967)(R12)の要旨(Crossref)。事例はWestecで、要旨にITTは出てきません。本文は未読です。↩
- Hubbard & Palia(1999)(R5)第III節(掲載p.1142)「We find no evidence in support of the bootstrapping hypothesis」と第II節(掲載p.1136)。Matsusaka(1993)(R13)の結果は Hubbard & Palia の引用によるもので、本文は未読です。標本全体の記述で、ITTに当てはまるとは限りません。↩
- 税制は 26 U.S.C. §279(R14。Pub. L. 91-172、1969年12月30日制定、1969年10月9日以後の債務に適用。買収目的の劣後・転換型の社債の利子のうち、500万ドルを超える部分の控除を制限)。ITTが対象になったか、影響額は確認していません。Klein(2001)(R9)第5節は1969年以降の価値低下の説明候補を挙げますが、会計・税制の影響は検証していません。会計基準(APB意見書)の改正については原典を確認していないため、本稿では内容に触れません。↩
参考文献(2 026年10月確認)
- R1 Harold S. Geneen, “Conglomerates: A Businessman’s View,” St. John’s Law Review 44(5), Special Edition, Spring 1970(付録 TEN-YEAR SUMMARY を含む) scholarship.law.stjohns.edu (参照箇所:本文 PDF pp.6–8・17–19、付録 掲載pp.741–742。脚注1・3〜6・8・9、図1の根拠(当事者の説明・ITT年次報告書の再掲)。閲覧日:2026年10月)
- R2 U.S. Department of Justice, Antitrust Division, “US v. International Telephone and Telegraph Corporation and Hartford Fire Insurance Company”(案件ページ・Final Judgment, Civil Action No. 13,320, D. Conn.) justice.gov (参照箇所:最終判決の冒頭・IV節・V節・XI節。脚注2・11の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R3 U.S. Department of Justice, United States Attorneys’ Bulletin Vol.19, No.21, October 15, 1971, “Clayton Act Consent Judgments Entered in Conglomerate Cases” justice.gov (参照箇所:pp.820–821。脚注10・11の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R4 American Broadcasting Companies, Inc., 1967 Annual Report worldradiohistory.com (参照箇所:株主への手紙(ITTとの合併の打切り)。脚注12の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R5 R. Glenn Hubbard and Darius Palia, “A Reexamination of the Conglomerate Merger Wave in the 1960s: An Internal Capital Markets View,” Journal of Finance 54(3): 1131–1152, 1999 business.columbia.edu (参照箇所:要旨・導入部・第II〜III節(pp.1131–1144)。脚注7・13〜15・22の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R6 Larry H. P. Lang and René M. Stulz, “Tobin’s q, Corporate Diversification, and Firm Performance,” Journal of Political Economy 102(6): 1248–1280, 1994(NBER Working Paper 4376 版を参照) nber.org (参照箇所:第3節・表2・表4。脚注16の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R7 Philip G. Berger and Eli Ofek, “Diversification’s Effect on Firm Value,” Journal of Financial Economics 37(1): 39–65, 1995 doi.org (参照箇所:要旨(転載による。本文未確認)。脚注17の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R8 John Hund, Donald Monk and Sheri Tice, “The Berger–Ofek Diversification Discount Is Just Poor Firm Matching”(ワーキング草稿) cfr.ivo-welch.info (参照箇所:第1〜2節(測定法の説明と批判)。脚注17・表4の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R9 Peter G. Klein, “Were the Acquisitive Conglomerates Inefficient?” RAND Journal of Economics 32(4): 745–761, 2001(2001年9月のワーキングペーパー版を参照) econwpa.ub.uni-muenchen.de (参照箇所:要旨・第1〜5節・表1・表3〜5。脚注18・19・23、図2の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R10 Henri Servaes, “The Value of Diversification during the Conglomerate Merger Wave,” Journal of Finance 51(4): 1201–1225, 1996 ideas.repec.org (参照箇所:要旨(本文未読)。脚注19の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R11 John G. Matsusaka, “Corporate Diversification, Value Maximization, and Organizational Capabilities,” Journal of Business 74(3): 409–431, 2001 ideas.repec.org (参照箇所:要旨(本文未読)。脚注20の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R12 Abraham J. Briloff, “Dirty Pooling,” The Accounting Review 42(3): 489–496, 1967 doi.org (参照箇所:要旨(本文未読)。脚注21の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R13 John G. Matsusaka, “Takeover Motives during the Conglomerate Merger Wave,” RAND Journal of Economics 24(3): 357–379, 1993 ideas.repec.org (参照箇所:Hubbard & Palia(1999)の引用による(本文未読)。脚注22の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R14 26 U.S. Code §279(Cornell Law School, Legal Information Institute) law.cornell.edu (参照箇所:(a)〜(c)項と制定の注記。脚注23の根拠。閲覧日:2026年10月)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言ではありません。ITTの数値はジェニーンの論稿の付録(ITT年次報告書の当事者による再掲)により、倍率・年率は編集部の計算です。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージで、実在の建物・証書・人物を再現したものではありません。