この記事で分かること
- 英国の議会記録が示す、コンコルド計画の費用・販売・撤退をめぐる事実(1962〜2003年)
- 「コンコルド効果(サンクコスト効果)」の典型例という通説が、史料とどこで食い違うのか
- サンクコストを判断から外すことと、撤退コストを将来の費用として入れることの違い。出口条項と段階投資の価値をNPVの数値例で確かめる
想定読者:投資判断や稟議、大型プロジェクト・共同事業の管理に関わる方
前提知識:NPVの基本があると読みやすい
「すでに多額を投じたのだから、いまさらやめられない」。この判断の誤りは「コンコルド効果」と呼ばれることがある。英国とフランスが共同で開発した超音速旅客機コンコルドが、採算の見込みがないと分かった後も開発を続けたという話が、呼び名の由来として語られる。
だが英国議会の記録には、閣僚が「これまでの支出」と「これからの支出」を分けて論じた跡が残っている。1974年3月、産業相トニー・ベンは下院で、開発費は回収されないと述べたうえで、それとは別に、量産で生じうる英国負担の損失を販売機数ごとに示した1。記録から浮かび上がるのは、サンクコストだけに目を奪われた政府というより、損失を承知しながら、単独で撤退する法的・外交的な代償を重く見て続けた政府の姿である。
本稿では計画の経過を史料でたどり、NPV(正味現在価値)の枠組みで整理し直したうえで、契約に出口を設けておく価値を、単純化した数値例で確かめる。
| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 1962年11月 | 英仏協定に署名し、同日発効。英国負担分の見積りは£75〜85百万 |
| 1962年12月 | 政府、総開発費の見積りを£150〜170百万(両国で折半)と答弁 |
| 1964年11月 | 政権交代後の労働党政権、仏に計画の早急な見直しを要請 |
| 1965年1月 | 英政府、前政権が結んだ条約上の義務を守ると表明 |
| 1966年10月 | 見積り£500百万。航空会社の予約・オプションは65件 |
| 1969年4月 | 英国側の試作機が英国内で初の試験飛行 |
| 1970年10月 | 見積り£825百万、うち£460百万を支出済と答弁。価格基準が混在(支出済は支出時の価格、残りは1970年6月価格) |
| 1973年1〜2月 | パンナムとTWAがオプションを取り消す |
| 1974年3月 | ベン産業相、開発費£1,070百万(1974年1月価格)は回収されないと表明。量産16機は承認済み |
| 1976年1月 | 英国航空とエールフランスが商業運航を開始(21日) |
| 1979年2月 | 政府、英国航空の機体を全額償却済みとして扱い、公的配当資本(国営企業への政府の出資に当たる資金)£160百万を取り消すと発表 |
| 1981年2月 | 政府、運航支援契約の中止は当面の純節約にならない見通しと上院で答弁 |
| 2003年4月 | 英国航空、同年10月末での退役を発表 |
解約条項のない国家間条約——1962年の英仏協定
1962年11月29日、英仏両政府は超音速民間輸送機の開発・生産に関する協定にロンドンで署名し、協定は即日発効した。全7か条のうち、第1条は作業・支出・販売収入の均等分担を原則に掲げ、第5条は両国の官僚による常設委員会が進捗を監督し、計画の遂行に必要な措置を提案すると定める。一方的な脱退の手続、費用の上限、定期的な見直し、違約金を定めた条項は見当たらない2。条文の上では、監督の仕組みは計画をやり遂げるためのもので、止めるかどうかを判定する仕組みではなかった。
署名の日、航空相エイモリーは英国の負担分を£75〜85百万、約8年で支出する見込みと述べた。12月には政務次官が総開発費を£150〜170百万と見積もり、予期しない費用超過への余裕も見込んだと説明している3。
政権交代で発足した労働党政権は1964年11月、仏に計画の早急な見直しを求めた。航空相ジェンキンズは下院で、前政権が解約条項(ブレーク・クローズ)のない協定を結び、下院の歳出見積委員会から厳しく批判されたと非難している4。同年2月には労働党の議員が同委員会の報告に触れ、仏側に悪い印象を与えることを恐れて誰も解約条項を求めなかったと述べた(報告書の原文は未確認)5。
結論は継続だった。1965年1月、ジェンキンズは首相が仏首相に「条約上の義務を守る」と伝えたと報告し、試作機の性能を見極めてから大きな量産のコミットに入りたいとも述べた。米国大使館の電報には、当初の中止の決定が仏側の強い政治的圧力などで覆ったとジェンキンズが認めた、と記されている(米外交官の記録)6。途中に判断の関門を置きたいという発想はあった。しかし、その関門で降りる権利は協定のどこにも書かれていなかった。
見積りは膨らんだ。ただし物差しがそろっていない
表1は、議会で示された英仏合計の開発費見積りの推移である。基準年と範囲がそろっていないので、数字は推移の目安として読む。1962年の£150〜170百万は、1974年1月価格で£1,070百万になったが、二つを割った倍率を実質的な費用超過の大きさとして読むことはできない。
| 公表の時点 | 見積り | 価格の基準 | 範囲・注記 |
|---|---|---|---|
| 1962年12月 | £150〜170百万 | 明示なし | 英国分は£75〜85百万(11月の航空相答弁)。余裕を見込んだと説明 |
| 1964年5月 | £275百万 | 明示なし | 下院公会計委員会(PAC)への報告。認証後の作業と予備費を含まない |
| 1966年6〜10月 | £500百万 | 明示なし | 認証後の作業£80百万と予備費£50百万を新たに含む |
| 1970年1月 | £730百万 | 1969年10月価格 | 基本見積り。予備費・改良は含まない |
| 1970年10月 | £825百万 | 価格基準が混在(支出済は支出時の価格、残りは1970年6月価格) | うち£460百万は支出済 |
| 1972年1月 | £885百万 | 1970年12月価格 | 見直し中とされた |
| 1972年12月 | £970百万 | 明示なし | 野党のベンが「最後に開示された数字」として言及 |
| 1974年3月 | £1,070百万 | 1974年1月価格 | 既存仕様。開発費は回収されないと表明 |
| 1976年11月 | £1,154百万 | 明示なし | 上院答弁(英仏の開発費合計) |
理由は三つある。第一に、価格の基準年がそろっていない。1962年の見積りに基準年の明示はなく、1985年に政府は、不変価格(物価の変動を除いた価格)での数字は出せないと答えている。第二に、範囲が変わっている。1966年の£500百万は、認証後の作業£80百万と予備費£50百万を新たに含んでいた。下院公会計委員会(PAC)の委員長はこの違いを断ったうえで、それでも3年で3倍になったと述べた7。第三に、支出済みの額(支出時の価格)と残りの見込み(1970年6月価格)を足し合わせた数字もある8。
単純化した設例:物価上昇だけで見積りはどれだけ膨らむか
見積り時点の価格で毎年12.5億円相当、総額100億円の開発費を、1〜8年目の末に支払う。物価が毎年5%上がると、実質的な超過がゼロでも名目の支払総額は約125.3億円となり、見積りを約25.3%上回る。
収入の側も見込みを下回った。1966年10月に65件あった航空会社の予約・オプションは、1973年初めにパンナムとTWAが取り消し、確定発注は英仏の国営航空会社2社だけになった。製造は試作機を含めて20機、商業運航は14機にとどまる(編集部の計算)9。
「コ ンコルド効果」は史料の言葉ではない
すでに投じた金銭・労力・時間を理由に、取り組みを続けやすくなる傾向を、心理学ではサンクコスト効果と呼ぶ。劇場の年間券を高く買った客ほど多く観劇したという、Arkes と Blumer(1985)の実験が知られる10。
一方、動物の研究では、これに当たる行動が「コンコルドの誤謬」と呼ばれてきた。1979年と80年には、鳥やハチを対象にこの名を題に掲げた論文が出ている。Fujimaki と Sakagami(2016)は、採算割れが明らかになっても投資を続けた典型例にコンコルドが使われてきたとし、その例に動物行動学者の Dawkins と Carlisle(1976)を挙げる11。Arkes と Ayton(1999)は、コンコルドの誤謬はサンクコスト効果の別名で、前者は動物に、後者は人間に使われてきたと整理し、動物では明白な例が見当たらないとした12。Arkes と Blumer(1985)も、うまくいっていない取り組みに資源をつぎ込み続ける傾向(コミットメントのエスカレーション)を示した Staw(1976)も、本文でコンコルドに触れていない13。いずれも、コンコルド計画の史料を分析した研究ではない。
では、当事者は既往の支出に引きずられていたのか。表2に、意思決定の場での史料の記述を拾った。
| 時点 | 誰が・どこで | 既往と将来の扱い |
|---|---|---|
| 1970年9月 | 内閣官房長官トレンドの覚書 | 既往の支出をすべて償却したとしても、合理的な評価では将来の支出もまた損失になると結論(坂出による要約。原文は未確認) |
| 1970年10月 | 航空供給相コーフィールドの答弁 | 1970年9月末までの支出済£460百万と、残りの見込み£365百万を分けて提示(表の上では総額の55.8%が支出済。価格の基準は両者で異なる) |
| 1974年3月 | ベン産業相の下院声明 | 開発費は回収されないと明言し、その喪失「に加えて」、英国負担の量産の損失を販売機数別に例示(16機で£200〜225百万など) |
| 1981年2月 | 政府の上院答弁 | 運航支援契約の中止費用(15か月で約£36百万)と、継続の純費用(月£2百万弱)を比較し、中止は当面の純節約にならない見通しと説明(継続費用は15か月で£30百万未満。編集部の計算) |
1970年以降の公式記録の一部には、既往の支出と将来の費用を分けた評価が残っている。続いた理由として研究が挙げるのは、別の費用だ。坂出(2011)が紹介する1970年7月の閣議録では、法務総裁が、単独で撤退すれば国際司法裁判所に訴えられ、£40百万〜£230百万の賠償を負う可能性に触れている。ヒース首相は1971年、同裁判所に出ることを避けたいとして全面中止を退けたという14。Kelsey(2023)は、欧州経済共同体(EEC)加盟交渉への配慮や、ロールス・ロイス救済の直後に中止すれば政権の産業への関与が疑われる懸念を挙げる15。仏側は雇用と国家の威信を重く見て、中止を米国の圧力への屈服とみなしていたとされる16。
サンクコストは外し、撤退コストは入れる——NPVで整理する
投資判断の基本はNPVである。将来のキャッシュフローを割引率で現在の価値に直し、投資額を差し引く。途中まで進んだ計画では、比べるべきは「続けた場合」と「やめた場合」の将来の差、つまり増分キャッシュフローだ。どちらを選んでも戻らない既往支出(サンクコスト、埋没原価)は判断から外す17。一方、やめることで新たに生じる違約金・補償・雇用対策などは、これから出ていく現金であり、サンクコストではない。やめる側に計上する。英国政府が苦しんだのは後者で、賠償の見通しは幅が広く、外交への影響は金額にしにくかった。
単純化した設例1:続けるか、やめるか(単位:億円)
- ある共同開発プロジェクトで、これまでに600億円を支出した(サンクコスト)
- 続ける場合:1・2年目末に残りの開発費を各200億円払い、3〜10年目末に毎年60億円の正味キャッシュフローを得る
- やめる場合:撤退コストを今すぐ払う。出口条項のない契約では100億円、ある契約では20億円
- 割引率は年8%。税金・インフレは考えない
続ける場合、残りの開発費の現在価値約357億円に対し、収入の現在価値は約296億円にとどまり、NPVは約マイナス61億円になる。それでも撤退コストが100億円なら、続ける方が約39億円損失は小さい。撤退コストが20億円なら、やめる方が約41億円有利になる。境目は撤退コスト約61億円で、600億円の既往支出はどの比較にも登場しない。この設例では、サンクコストの誤謬を、「やめれば無駄になる」と既往支出をやめる側にだけ足してしまう形で表している。そうすると出口条項があってもやめる側がマイナス620億円に見え、続ける判断が選ばれてしまう(図1の下段)。
編集部の整理では、1970年代の英国の立場はこの設例の「出口条項なし」に近い。ただし主権国家間の条約の撤退コストは、国際法上の紛争や外交関係に及び、企業間の契約の違約金とは性質が違う。設例はそれを金額に置き換えた単純化である。採算割れを知っていて続けたことが非合理とされてきた、と Fujimaki と Sakagami(2016)は指摘するが18、増分で比べる限り、知っていて続けることが直ちに誤謬になるわけではない。問題の根は、撤退コストをここまで大きくした最初の約束の設計にあった。
出口の権利には値段が付く——撤退オプションと段階投資
撤退できる権利はリアルオプションの一つで、撤退オプションと呼ばれる。続ける価値がやめて得られる価値を下回れば撤退するという構造はプット・オプション(あらかじめ決めた条件で手放す権利)に似ており、段階的なプロジェクトでは、第1段階の結果が悪ければやめるという行動が価値の源泉になる19。これは現代の枠組みによる整理で、当時の関係者がこの言葉で考えていたわけではない。
単純化した設例2:関門で降りられるか(単位:億円)
- 第1段階(試作・試験)に今50億円を投じ、1年後に市場の見通しが分かる
- 良い場合(確率40%):第2段階(量産)に300億円を投じ、その時点の価値で550億円を得る
- 悪い場合(確率60%):同じ300億円を投じても100億円しか得られない
- 出口条項は、1年後の関門で違約金を払えば第2段階に進まずに済む権利。割引率は年8%
第2段階まで一括で約束すると、期待NPVは約マイナス68.5億円で、見送るべき投資になる。1年後の関門で降りられれば、違約金30億円を払う条件でも約25.9億円のプラスに転じる。必ず第2段階まで進む契約と比べると、出口条項は約94.4億円の改善になる。ただし一括契約なら投資そのものを見送る(NPVゼロ)のが合理的なので、開始前に、ほかの条件を変えずに出口条項のために今払える追加の対価の上限は、この設例では約25.9億円である。意思決定ツリーを描くと、この価値が目に見える。
コンコルドの協定は、開発全体を一括で約束する形だった。ベンは1968年、悪化すれば早期に察知して止められると期待したが20、協定には単独で撤退する手続がなく、安く確実に止める権利を確保できていなかった。Kelsey が紹介する1970年の技術省の文書は、マッハ2の試験の後まで続ければ事実上取り消せない約束になると指摘している21。坂出によれば、英国は1974年に量産を16機で打ち止めとし、以後の生産を拒む権利を明文化する修正を求め、年末に交換公文が交わされた22。出口は、10年以上たってからの再交渉で作るほかなかった。対照的に、政府とメーカーとの契約には、3か月前の通知で政府が終了できる権利があった23。
運航の段階では問いが変わる。1979年、政府は英国航空(BA)の機体を全額償却済みとして扱い、運航は正のキャッシュフローを生むが償却は賄えないと説明した24。過去の投資を回収できなくても、今後の整備・更新の費用や機体のほかの使い道も含めて、撤退と比べた増分がプラスなら飛ばす価値はある。BAは2003年4月、収入減と整備費増を理由に退役を発表した25。
現代の実務への応用——撤退の判断は、始める前に設計する
大型の設備投資、共同開発、合弁事業(JV)、M&A後の統合投資、研究開発の実務に引き直すと、次の5点になる。
1. 稟議と投資委員会の資料で「こ れまで」と「こ れから」を分ける
追加予算の稟議、VCのフォローオン投資、PMIの追加投資では、累計投資額が判断の根拠のように書かれていないかを確かめる。資料には、続ける場合とやめる場合の将来キャッシュフロー、撤退コストの内訳、両者の差(増分NPV)を並べ、既往支出は参考として別欄に置く。開発費の喪失と量産の損失を分けて示したベンの1974年の声明は、その好例である。
2. 撤退コストを分解し、金額にできないものを明記する
①法的・契約上の費用(違約金、補償、解約費用)、②事業上の費用(人員の再配置、設備の転用、取引先への影響)、③関係・評判の費用に分ける。①②は幅で見積もり、③は列挙したうえで、どれだけの価値があれば撤退コストを正当化できるかを逆算する。坂出によれば、英国政府は幅の広い賠償の見通しと、数字にならない外交上の要素を前に、閣議で結論の先送りを重ねた26。
3. 出口条項・段階承認・費用上限・見直しの引き金を、最初の契約に入れる
JV設立契約や共同開発契約では、どの条件でいくらで抜けられるか(解約権やプット・コールオプション)、各段階での継続・中止の判断(製品開発の管理手法として知られる Cooper のステージゲートは、各関門を Go/Kill/Hold/Recycle の判断点とする27)、費用の上限と超過時の再承認、見直しを始める条件(費用が見積りを一定割合超える、確定顧客が一定数に届かない等)を定める。出口を求めると相手に不信感を与えるという懸念は今もある。設例2のように、出口が無い場合の最善の選択(見送りも含む)と比べた出口の価値を数値で示せば、そのために譲れる上限を冷静に議論できる。
4. 見積りは価格基準・範囲・予備費をそろえて報告する
更新のたびに、何年何月の価格か、どこまでの作業を含むか、予備費はいくらかを明記し、前回からの増加を「物価」「範囲の追加」「見積りの変更」に分けて示す。DCFでは、名目のキャッシュフローには名目の割引率を、実質には実質の割引率を対応させる(名目・実質キャッシュフローの整合性)。報告の書式は、計画の最初に決めておく。
5. 推進部門から独立した検証と、事後検証の仕組みを持つ
PACは、作業の均等配分が最適な発注を妨げるおそれを指摘して独立の調査を勧告したが、大蔵省は時期尚早と答えた28。Kelsey も、省庁の縦割りが懐疑的な見方の共有を妨げたという Henderson の指摘を妥当とみている29。投資委員会には推進部門から独立した審査を置き、投資の時点で撤退の条件を書き残し、投資後評価
表3は、これらを稟議書や投資委員会資料の「撤退判断」欄に落とし込んだひな形である。
| 項目 | 記載する内容 | コンコルドの史料での対応 |
|---|---|---|
| 既往支出(参考) | 累計額と内訳。判断には使わないと明記する | 1970年10月:支出済£460百万を残りと分けて提示 |
| 続ける場合の増分 | 残りの投資、運営のキャッシュフロー、NPV、主要な前提 | 1974年:英国の残り開発費£130百万、量産の損失を機数別に例示 |
| やめる場合の増分 | 撤退コスト(法的・事業・関係)と、やめて節約できる額 | 1970年:単独撤退なら£40百万〜£230百万の賠償の可能性(坂出による) |
| 金額にできない要素 | 列挙し、どれだけの価値があれば判断が変わるかを逆算する | EEC加盟交渉、対仏関係、雇用、技術の威信 |
| 見積りの基準 | 価格の基準年月、含む範囲、予備費。前回からの増加の内訳 | 1966年:認証後の作業と予備費を新たに含む |
| 次の関門と撤退の条件 | 日付、判断に使う指標と水準、出口の手続と費用 | 1965年:試作機の性能を見て量産を判断したいとの意向(協定に出口は無い) |
限界と異説
撤退と継続のどちらが安かったかは、研究の評価が分かれる。Johnman と Lynch(2002)は1961〜64年の交渉を分析し、当時は中止の方が継続より高くつくとされ、技術的・政治的な動機が経済的な考慮に勝ったと結論づけた。坂出(2011)は1970年代の史料から、継続の方が仏への違約金を払うより英国にとって高くついたと論じる30。Kelsey(2023)の紹介によれば、Henderson(1977)は改良型ガス冷却炉(AGR)とコンコルドの損失を合わせて1975年価格で£4.4十億と推計したが、コンコルド単独の値と推計の方法は確認できていない31。本稿は、責任者の自己正当化のような心理的要因が無かったと主張するものでもない。閣議録などの原史料は二次文献を通じてしか確認しておらず、1964年に仏が国際司法裁判所への提訴を示唆したとする説明は確認できなかった32。
よくある質問
コンコルド効果とは何ですか。
すでに投じた費用を理由に、見込みのない取り組みを続けてしまう傾向を指し、サンクコスト効果とほぼ同じ意味で使われます。名前は英仏のコンコルド計画に由来しますが、計画が続いた理由には、撤退の法的・外交的な費用も大きく関わっていました。
サンクコストは判断から完全に無視してよいのですか。
続けるかやめるかの判断からは外します。ただし、やめるときに新たに生じる違約金や補償は将来の費用なので含めます。既往支出の記録は、見積りの精度の検証や事後検証には欠かせません。
まとめ——止められない計画は、始める前につくられる
コンコルドが示すのは、サンクコストの誤謬というより、出口のない約束の重さである。公式記録を見る限り、少なくとも一部の閣僚は既往の支出を判断から外して論じていた。できなかったのは、撤退の費用を小さく保っておくことだった。出口条項、段階ごとの承認、費用の上限、基準をそろえた見積り、独立した検証。どれも、計画が順調に見える始まりの時点でしか、安く手に入れられない。
脚注
- 英国下院議事録 1974年3月18日(vol 870, cc666-668、R1)。ベン産業相は、既存仕様の英仏合計の開発費の最新見積りを£1,070百万(1974年1月価格)とし、これらの開発費はまったく回収されないと述べたうえで、「すべての開発支出の喪失に加えて」、英国負担の量産の損失を、16機で£200〜225百万、35機で£260〜300百万、100機で£120〜250百万(いずれも1974年1月価格)と例示しました。どの販売機数も安全には仮定できないと断っています。新政権の大臣による説明です。↩
- 英仏協定(Treaty Series No. 3 (1963), Cmnd. 1916、R2)。第1条(作業・支出・販売収入の均等分担)、第5条(常設委員会による監督と措置の提案)、第6条(計画の遂行へのあらゆる努力)、第7条(署名日に発効)。全7か条を通読し、一方的な脱退・解約の手続、費用上限、定期見直し、違約金の条項が無いことを編集部が確認しました。協定が承認した企業間の契約(BACとシュド・アビアシオンの1962年10月25日の契約など)は本稿では確認していません。↩
- 下院議事録 1962年11月29日(vol 668, cc671-673、R3)、同 12月21日(vol 669, cc1652-1653、R4)。いずれも価格の基準年は示されていません。↩
- 下院議事録 1964年11月5日(vol 701, cc509-515、R5)。新政権の大臣の発言で、前政権への党派的な批判を含みます。仏政府に計画の早急な見直しへの参加を求めたことは、同月11日の書面答弁でも説明されています(R6)。↩
- 下院議事録 1964年2月17日(vol 689, cc859-861、R7)。労働党議員リーが、下院歳出見積委員会の第2次報告(1963〜64年会期)に触れた発言です。報告書の原文は確認できておらず、どこまでが報告書の文言かは分かりません。リーは同じ箇所で、仏政府が理由を問わず計画を放棄すれば英国の拠出は全額償却になりかねない、という同委員会の指摘も引いています。↩
- 下院議事録 1965年1月20日(vol 705, cc197-201、R8)。米国大使館から国務省への電報(1965年1月19日、R9)は、ジェンキンズの私的な説明を米外交官が記録したもので、又聞きです。下院でのジェンキンズは、決定は見直しの要請だけだったと説明していました(R5)。電報は、ジェンキンズが試作機だけ作って止める案を「最悪」と述べたとも記しています。↩
- 上院書面答弁 1985年4月2日(vol 462, c219WA、R10)、下院議事録 1966年11月28日(vol 737, cc37-38、PAC委員長ボイド=カーペンターの説明、R11)、同 1966年10月19日(vol 734, c187、R12)。1985年の答弁は英国政府の実績(各年の名目額)として、開発費£574百万(機体は1978年12月31日、エンジンは1980年12月30日の開発完了まで)、量産の純額£221百万(1979年末まで)、1980〜84年度の支援の純額£81.7百万を示しています。名目額で集計の範囲と期間もそれぞれ異なるため、本稿では英仏の総額や実質の超過倍率の計算には使っていません。マリー航空相は1966年10月、1964年の£275百万は認証後の費用と予備費を含まないので、同じ条件では現在の£370百万と比べるのが適切だと述べています。PAC報告書そのものは確認していません。↩
- 下院議事録 1970年10月28日(vol 805, cc193-196、R13)に掲載された表。1962年11月〜1970年9月末の実績は英£240百万・仏£220百万、計£460百万(支出した時点の価格・為替)、残りの見込みは英£165百万・仏£200百万、計£365百万(1970年6月価格)で、合計が£825百万です。↩
- 予約・オプション65件は下院議事録 1966年10月19日(R12)。オプションの数は史料で食い違い、1967年12月の試作機の完成披露の後に74件とする記述(坂出 2011 が Lynn 1998 を引用、R14)や、1974年にベンが76件に触れた例(R1)があります。数え方(予約・オプション・仮発注)がそろっていません。パンナムとTWAの取り消しは下院議事録 1973年2月1日(vol 849, c1611、R15)、確定発注が英仏の国営2社だけになった点は坂出(2011)によります。量産16機の内訳は上院議事録 1981年2月11日(vol 417, c269、R16)。製造数は試作2・量産前2・量産16の合計(R1・R16から編集部が計算)で、商業運航の機体はBAとエールフランスの7機ずつです。↩
- Arkes and Blumer (1985)(R17)の要旨と実験2。本稿は大学のサイトに置かれた複製で本文を確認しました。↩
- 鳥(サバンナシトド)について Weatherhead (1979)(R18)、アナバチ類(digger wasp)について Dawkins and Brockmann (1980)(R19)。書誌は Crossref で確認しました。Fujimaki and Sakagami (2016) の序論(R20)。Dawkins and Carlisle (1976)(R21)の本文は確認できておらず、同論文でコンコルドがどう扱われているか、この呼び名を誰が最初に使ったかは本稿では確定していません。↩
- Arkes and Ayton (1999) の要旨(R22)。全文は確認していません。同論文は、幼い子どもの方が大人より規範どおりにふるまうことを示し、大人の誤りを「無駄にするな」という規則の過剰な一般化と説明しています。史実のコンコルド計画を分析した論文ではありません。↩
- Arkes and Blumer (1985)(R17)と Staw (1976)(R23)の本文を語句検索し、「Concorde」の語が無いことを編集部が確認しました(Staw には「sunk」の語もありません)。画像だけの箇所は検索できていません。Staw の研究は、ビジネススクールの学生240人によるロールプレイの実験です。↩
- 坂出(2011)第3節(R14)。1970年7月28日の閣議録(英国国立公文書館 CAB 128/47)と1971年3月の覚書・閣議録(CAB 129/156、CAB 128/49)を引用しています。本稿は原史料を確認しておらず、坂出の要約によります。↩
- Kelsey (2023) pp.13-15(R24)。英国国立公文書館の文書を引用するワーキングペーパー(査読前)です。同論文は、外務省の官僚は撤退がEEC加盟交渉に与える影響は小さいとみていたとも記しています。↩
- 坂出(2011)第4.1節(R14)。英国外務省の文書(FCO 33/2451、1974年)を引いた、英国側から見た仏の立場の分析です。↩
- Damodaran, Measuring Investment Returns(R25)。すでに発生し、プロジェクトを却下しても回収できない支出をサンクコストと呼び、投資判断では増分のキャッシュフローだけを見るとしています。↩
- Fujimaki and Sakagami (2016) の序論(R20)。同論文は、もし両政府が失敗を知らなかったなら、その判断は非合理とはみなされなかったかもしれないとも述べています。↩
- Damodaran, Real Option Valuation(R26)。コンコルドの協定のもとで撤退の価値がマイナス(賠償や外交上の費用)だったとみるのは、編集部の解釈です。↩
- 下院議事録 1968年4月3日(vol 762, c526、R27)。当事者の説明です。↩
- Kelsey (2023) p.13(R24)が引く技術省の文書(英国国立公文書館 FV 2/539)。同文書は、中止すれば約£150百万を節約できるとも述べていますが、その算定条件は本稿では確認できていません。↩
- 坂出(2011)第4.3〜5節(R14)。交換公文の文面は本稿では確認できていません。坂出は、この権利は1962年の協定では暗に示されていたにすぎないと述べています。1974年3月の時点で量産16機の生産が承認済みだったことは、下院議事録(R1)で確認できます。↩
- 上院議事録 1981年2月11日(c270、R16)。政府はメーカーとの契約に基づき、合意・検証済みの支出を負担して受取を得る仕組みで、他の政府契約と同様に3か月前の通知で終了できると説明されています。↩
- 下院書面答弁 1979年2月22日(vol 963, cc258-259W、R28)。運航の黒字は政府80%・BA20%で分ける取り決めも示されました。同じ発表で、対応する公的配当資本£160百万の取り消しが示され、1980年民間航空法で実施されたと1981年の上院で説明されています(R16)。機体の取得価格そのものは本稿では確認していません。↩
- 英国航空の2003年4月10日の発表(愛好家サイトによる転載、R29)。最終運航の日付は本稿では確認していません。↩
- 坂出(2011)第3・4.1節(R14)。1970年7月30日の閣議は結論を夏の後まで延ばし、1974年3月21日の閣議は、蔵相ヒーリーが中止の経済的な根拠は圧倒的だと述べる一方、大法官が単独撤退の政治的な影響を警告し、社会・産業・地域への影響を検討するまで最終決定を延ばしたとされます。いずれも閣議録(CAB 128/47、CAB 128/54)を引く二次文献の要約です。↩
- Cooper, The Stage-Gate Model: An Overview(R30)。提唱者の会社のサイトで、ステージゲートの語は1988年に初めて使われたとしています。製品開発の枠組みであり、国家間の大型計画に当てはめるのは編集部の整理です。↩
- 下院議事録 1966年11月28日(c39、R11)。PAC(1964〜65年会期)の勧告と、それに対する大蔵省の回答について、委員長が下院で説明したものです。↩
- Kelsey (2023) pp.3-4(R24)。↩
- Johnman and Lynch (2002) は要旨のみ確認しました(R31。全文は未読)。坂出(2011)第1節(R14)。↩
- Kelsey (2023) p.3 と脚注2(R24)。Henderson (1977)(R32)の本文は本稿では読めておらず、推計の方法(割引率、基準時点、何と比べた損失か)は確認していません。Kelsey は、Henderson が1977年の雑誌記事で二つの計画を「人類史上最悪の文民投資の決定3つのうちの2つ」と呼んだことも紹介しています。↩
- 1964年の仏側の反応について確認できたのは、米外交官の電報が記す「強い政治的圧力」までです(R9)。国際司法裁判所への言及が確認できたのは、1970〜71年の英国内の法的助言と閣議の記録で、坂出(2011)の引用によります(R14)。↩
参考文献(2 026年10月確認)
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- R2 Agreement between the Government of the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland and the Government of the French Republic regarding the Development and Production of a Civil Supersonic Transport Aircraft, London, 29 November 1962(Treaty Series No. 3 (1963), Cmnd. 1916, HMSO) treaties.fcdo.gov.uk (参照箇所:第1〜7条(全文)。脚注2の根拠。閲覧日:2026年10月)
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- R37 “Concorde’s first British test flight, 50 years on,” History of Government blog (UK Government), 9 April 2019 history.blog.gov.uk (参照箇所:冒頭(1969年4月9日の試験飛行)。年表の根拠。閲覧日:2026年10月)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言ではありません。本文中の設例は理解のための単純化した設例で、実在の企業・案件やコンコルド計画の数値とは関係ありません。史料の金額は名目のポンド額で、価格の基準が時点ごとに異なるため、倍率や合計を実質的な比較に使うことはできません。閣議録などの一部の史料は二次文献の引用を通じて確認したものです。アイキャッチ画像は生成AIで作成したイメージで、実在の機体や場面を再現したものではありません。