この記事で分かること
- ETFの保有コストを、信託報酬・売買スプレッド・市場価格と基準価額の乖離の3層に分け、往復の売買コスト率として入力する手順
- 学習用の架空の3銘柄(TOPIX連動)を、保有1か月・1年・5年・10年の年率換算総コストで比べ、順位が入れ替わることを確認する方法
- 2銘柄の優劣が逆転する損益分岐の保有年数(設例では3.5年)を式で求め、判断フローに落とし込む方法
想定読者:資産運用会社・ウェルス部門の若手、同じ指数に連動するETFの中から銘柄を選ぼうとしている個人投資家
前提知識:ETFが取引所で株式と同じように売買できる投資信託であること。四則演算ができれば足ります。
結論:信託報酬が低い銘柄が、保有期間によっては割高になる
同じTOPIX
以下は学習用の架空事例です。信託報酬が最も低いETF-A(年0.08%)は、1か月だけ持つ場合の年率換算総コストが2.240%で、信託報酬が0.12%のETF-Bの0.600%を大きく上回ります。ところが5年持つとETF-Aは0.116%、ETF-Bは0.128%で順位が逆転し、境目は3.5年でした。選び方は、信託報酬の水準だけでなく保有期間と売買の回数で変わります。
比較の範囲は、円建ての日本株指数連動ETFを税引前で比べる場合に限ります。税、為替、証券会社の売買手数料は含めず(手数料ゼロと仮定。かかる場合は往復コストに足します)、数値はすべて仮定で、特定の銘柄の推奨でもありません。
総コストの3層:保有中・売買の往復・入口と出口の価格差
ETF(上場投資信託)は取引所に上場し、市場価格が日中の需給で変動する商品で、対象の指数に連動するタイプと、運用者が銘柄を選ぶアクティブ型があります1(両者の違いはアクティブ運用とパッシブ運用の項目にあります)。
この記事が扱うのは前者です。同じ指数に連動する銘柄どうしでは、投資成果が基本的に似通う一方、信託報酬、売買単位や出来高は商品ごとに異なり、取引所もその点の比較を勧めています2。そこで保有コストを3層に分けます。
1層目は信託報酬です。取引所の説明では、運用手数料である信託報酬はあらかじめ運用会社が年率で定め、日割り計算した割合で日々信託財産から差し引かれます3。口座から別途引き落とされるのではなく、基準価額(ETF1口あたりの純資産額)を通じて毎日少しずつ織り込まれるため、保有期間に比例して増えます。
2層目は売買スプレッドです。買いたい人の最も高い価格(ビッド)と売りたい人の最も低い価格(アスク)の差で、定義はビッドアスクスプレッドの項目にあります。成行注文で買えばアスク、売ればビッドで約定するので、往復で差の分を払います。気配を出すマーケットメイカーの収益はマーケットメイキングの収益構造で扱っています。
3層目は市場価格と基準価額の乖離です。取引所は、ETFの市場価格は需給状況によって変動するため、基準価額等と市場価格の値動きが一致しない場合もあると説明しています4。買うときに基準価額より高ければ、その分だけ割高に入ることになります。乖離が収れんする仕組み(設定・交換)とトラッキングエラーの計算はパッシブ運用・ETF運用の実務で、信託報酬の複利による長期の差はアクティブ運用とパッシブ運用の比較で扱っています。本記事は、2層目と3層目を保有年数で割って信託報酬と同じ年率の土俵に載せる部分に絞ります。
入力値の測り方:片道と往復、プレミアムとディスカウントの符号
スプレッドは「片 道は半分、往復は差そのもの」
中値(ビッドとアスクの中央)をその時点の公正な価格とみなすと、成行でアスクで買う片道コストは差の半分、ビッドで売る片道コストも差の半分で、往復では差そのものになります。設例のETF-Aは基準価額が3,000円とすると気配差が3円で、スプレッド率は3÷3,000=0.10%、片道0.05%、往復0.10%です。実際の約定は板の厚みや注文方法(成行・指値)で変わるので、これは簡略化です。取引量や注文量が少ないと、指数の実勢から見込まれる価格で売買できないことがあると取引所も注意しています5。一方、取引所は、通常の売買単位の注文であれば、値付けを行う指定参加者の気配によってほとんど問題なく取引できるとも説明しています6。スプレッドは出来高や時間帯で変わるので、取引する時点の気配で測ります。
乖離は取得時と売却時を別々に、不利な向きで足す
乖離率は、パッシブ運用・ETF運用の実務と同じ定義にします。
乖離率と往復コスト率
乖離率=(市場価格-基準価額)÷基準価額(プラスがプレミアム、マイナスがディスカウント)
往復の売買コスト率=往復スプレッド+取得時のプレミアム+売却時のディスカウント
買うときはプレミアムが不利、売るときはディスカウントが不利です。取得時に0.05%のプレミアム、売却時に0.03%のディスカウントなら、乖離は往復で0.05+0.03=0.08%のコストです。逆に、ディスカウントで買えたり、プレミアムで売れたりすれば有利に働きますが、設例では不利な向きに置きます。乖離は、スプレッドの中心である中値と基準価額の差として測ると、スプレッドと重複せずに足せます(簡略化の仮定)。
図表1のとおり、設例の信託報酬の順位はA(0.08%)、B(0.12%)、C(0.20%)の順に低いのに対し、往復の売買コスト率はB(0.04%)、C(0.06%)、A(0.18%)の順に低く、順位が一致しません。ETF-Aは信託報酬が最も低い代わりに、スプレッドと乖離で往復0.18%を払う銘柄です。
| 項目 | ETF-A | ETF-B | ETF-C |
|---|---|---|---|
| 信託報酬(年率・税込) | 0.08 | 0.12 | 0.20 |
| スプレッド(気配差÷基準価額) | 0.10 | 0.02 | 0.02 |
| 取得時の乖離(プレミアム) | 0.05 | 0.01 | 0.02 |
| 売却時の乖離(ディスカウント) | 0.03 | 0.01 | 0.02 |
| 片道スプレッド(スプレッド÷2) | 0.05 | 0.01 | 0.01 |
| 往復スプレッド(片道×2) | 0.10 | 0.02 | 0.02 |
| 往復の乖離(取得時+売却時) | 0.08 | 0.02 | 0.04 |
| 往復の売買コスト率 | 0.18 | 0.04 | 0.06 |
各入力値の拾い場所
信託報酬、売買単位、出来高は、取引所のFAQによれば銘柄概要パンフレットや日々の市況情報で確認できます7。乖離の状況は取引所の「株価指数等、基準価額及び市場価格」のページで確認できるとされています8。スプレッドは取引時間中の気配から自分で計算します。信託報酬以外の費用(監査費用など)や、貸株収入で指数とのリターン差がマイナスになる銘柄もあるため、目論見書や運用報告書で別に確認し、信託報酬だけを実質コストとしないことが前提です(編集部の見解。設例には含めていません)。
保有期間別の年率換算:1か月・1年・5年・10年
売買の往復コストは保有中に一度だけ発生します。そこで保有年数Nで割って年率に直し、信託報酬と足します。
年率換算総コスト
年率換算総コスト(%/年)=信託報酬(%/年)+往復の売買コスト率(%)÷保有年数N
ETF-Aの1年保有は0.08+0.18÷1=0.26%、1か月保有はN=1÷12年なので0.18÷(1÷12)=2.16に0.08を足した2.24%です。ETF-Bの5年保有は0.12+0.04÷5=0.12+0.008=0.128%です。1か月の2.24%は、1か月分の実際の負担(約0.19%)ではなく、同じ割合で1年続けた場合に直した数字である点に注意してください。
| 項目 | ETF-A | ETF-B | ETF-C |
|---|---|---|---|
| 1か月保有 | 2.240 | 0.600(最小) | 0.920 |
| 1年保有 | 0.260 | 0.160(最小) | 0.260 |
| 5年保有 | 0.116(最小) | 0.128 | 0.212 |
| 10年保有 | 0.098(最小) | 0.124 | 0.206 |
図表2のとおり、1か月保有の最小はETF-B(0.600%)、1年保有もETF-B(0.160%。A・Cは0.260%)ですが、5年保有ではETF-A(0.116%)が最小になり、10年保有でもETF-A(0.098%)が最小です。ETF-Cは信託報酬も往復コストもETF-Bより高く、どの期間でもBに勝てません。
ETF-Aを10年持つと、300万円に対する総コストは、信託報酬0.08%×10年+往復0.18%=0.98%で29,400円です。ETF-Bは0.12%×10年+0.04%=1.24%で37,200円で、差は7,800円です。
損益分岐の保有年数:2銘柄の優劣が入れ替わる点
2銘柄の年率換算総コストが等しくなる年数を、式で求めます。信託報酬が低い銘柄をL(往復コスト大)、信託報酬が高い銘柄をH(往復コスト小)とします。
損益分岐の保有年数
信託報酬L+往復L÷N=信託報酬H+往復H÷N
N=(往復L-往復H)÷(信託報酬H-信託報酬L)
ETF-AとETF-Bでは、N=(0.18-0.04)÷(0.12-0.08)=0.14÷0.04=3.5年です。確認すると、3.5年のとき、Aは0.08+0.18÷3.5=0.1314%、Bは0.12+0.04÷3.5=0.1314%(いずれも小数第5位を四捨五入)で等しくなります。300万円で3.5年持つ場合の総コストは、どちらも0.46%の13,800円です。3.5年より短ければBが、長ければAが低くなります。
ETF-AとETF-Cでは、N=(0.18-0.06)÷(0.20-0.08)=1.0年で、1年のとき両方とも0.26%です。ETF-BとETF-Cは、Cが信託報酬も往復コストも高いので交点がなく、Cは常に不利です。式が使えるのは、信託報酬が低い側の往復コストが大きい(トレードオフがある)場合だけで、片方がすべての面で優れていれば損益分岐は存在しません。
図表3のとおり、保有が長くなるほど各線は信託報酬の水準に近づきます。短期ではETF-Bが、10年ではETF-Aが低くなります。ただし交点付近の差は小さく、5年保有の年率差は0.128-0.116=0.012ポイントで、300万円なら1年あたり360円です。スプレッドや乖離の見積もりが0.01%動くだけで逆転しうるため、損益分岐は「3.5年ちょうど」ではなく、3年から4年程度が境目という幅で読むのが妥当です(編集部の見解)。
積立と一括の違い:率に比例するコストは回数で増えない
毎月買い増すと、スプレッドを12回払うから不利だと考えがちです。しかし設例のコストは取引金額に対する率なので、同じ300万円を買うなら、1回でも12回でも買いのコストの合計は変わりません(売買手数料ゼロの仮定)。違いは別の所に出ます。毎月25万円を12回買い、12か月後に全額売る場合、各回の保有は12、11、…、1か月で、平均は78÷12=6.5か月と一括より短くなります。
信託報酬は短い保有の分だけ減り、往復コストは満額かかります。ETF-Aは売買0.18%×300万円=5,400円に、信託報酬0.08%×300万円×6.5か月÷12か月=1,300円を足して6,700円です。ETF-Bは1,200円+1,950円=3,150円、ETF-Cは1,800円+3,250円=5,050円です。一括で1年持つ場合のETF-A・Cは7,800円、ETF-Bは4,800円なので、積立では保有が短い分、Cの方がAより有利に変わります。売買ごとに手数料が固定額でかかる証券会社では、回数が増えるほど不利になるので、その分は別に足してください。
判断の手順と限界
手順は図表4のとおりです。保有期間の見込みを決め、気配と乖離から往復コストを測り、年率換算総コストと損益分岐の年数を出し、見込みの保有年数と比べます。結論は「保有期間と売買頻度で選び方が変わる」の一文にまとまります。
この簡略式には限界があります。第1に、往復コストが一度だけ発生し、運用益の複利や再投資は無視する近似です。第2に、スプレッドと乖離は時点で変わります。取引所は、海外市場の休場などで設定・交換が停止されると、基準価額と市場価格が大きく乖離し、その状態が継続してさらに乖離することがあると注意しています9。第3に、売買手数料、税、為替、信託報酬以外の費用は含めていません。特定銘柄の推奨ではなく、比べる手順の紹介です。
実務チェックリスト
- 比較する銘柄が、同じ指数・同じ通貨・同じ税引前の条件かを確認する
- 信託報酬は税込・税抜の別を確認し、比較表では表記をそろえる
- スプレッドは、取引する時間帯の最良気配(ビッドとアスク)から計算し、片道と往復を取り違えない
- 乖離率は(市場価格-基準価額)÷基準価額で、買いはプレミアム、売りはディスカウントを不利な符号で足す
- 見込みの保有年数と売買回数を決めてから、年率換算総コストを出す
- 2銘柄の損益分岐年数を式で求め、見込みの保有年数がその近くにあるなら、入力値の誤差で順位が入れ替わりうる小さな差だと判断する
- 売買手数料が固定額の場合は、往復コストに足して再計算する
- 信託報酬以外の費用とトラッキングディファレンス(指数とのリターン差)も、目論見書や運用報告書で確認する
よくある質問(F AQ)
指値注文でスプレッドの内側に注文を出せば、スプレッドを払わずに済みますか。
内側で約定すれば払う額は減りますが、約定しない可能性があります。本記事の往復スプレッドは、成行で買い・売りとも気配どおりに約定する前提の簡略値です。指値を使う場合は、約定しない可能性と引き換えになります。
乖離が取得時にディスカウントだった場合は、コストがマイナスになりますか。
基準価額より安く買えたことになるので、その分は有利に働き、往復コスト率を下げます。ただし売却時にも同じ乖離が続くとは限らないため、設例では不利な向きに置いています。
保有中に買い増す場合、損益分岐の年数はどう考えればよいですか。
買った日ごとに保有年数が異なるので、平均の保有年数で近似するか、買付ごとに計算します。図表の考え方は、各回の保有年数に当てはめて使えます。
まとめ
同じ指数のETFでも、総コストは信託報酬、売買スプレッド、乖離の3層で決まります。往復の売買コスト率を保有年数で割って信託報酬と足せば、設例ではETF-Bが短期、ETF-Aが長期に有利で、境目は3.5年でした。信託報酬の順位だけで選ばず、保有期間と売買頻度を決めてから比べるのが手順です。
脚注
- Corporate Finance Institute「Stock Exchange-Traded Fund (ETF)」の冒頭の説明および「Types of ETFs」の節。ETFは取引所で市場価格により取引され、価格は需給に応じて日中に変動すること、指数連動型とアクティブ運用型の2種類があることが書かれている。米国の制度や税効率の記述は使っていない(参考文献 R1)。↩
- 同FAQのETFに関するQ4「同じ指標を連動対象とするETFが複数上場している場合、どのような点を比較すればよいでしょうか。」への回答の前半。連動対象が同じ銘柄の投資成果は基本的に似通うが、信託報酬、売買単位や出来高は商品ごとに異なるため比較を勧める、という趣旨(参考文献 R2)。↩
- 日本取引所グループ「よくあるご質問(上場商品)」のETFに関するQ7「ETFにはどのようなコストがかかりますか。」への回答。投資家の負担は証券会社への売買手数料と信託報酬の2つで、信託報酬は運用会社があらかじめ年率で定め、日割り計算した割合で日々信託財産から差し引かれる(参考文献 R2)。↩
- 日本取引所グループ「投資のリスク(ETF)」の「株価指数等、基準価額、市場価格の乖離リスク」の節。市場価格は需給状況によって変動するため、基準価額等と市場価格の値動きが一致しない場合もある、と書かれている(参考文献 R3)。↩
- 同ページの「流動性リスク」の項。ETFの取引量や注文量が少ない場合には、株価指数等の市場実勢から見込まれる価格で売買ができないことがある、と書かれている(参考文献 R3)。↩
- 日本取引所グループ「よくあるご質問(上場商品)」のETFに関するQ15「出来高の少ないETFが一部ありますが、…」への回答。流通市場では指定参加者が一口あたりの純資産額に基づいて売り注文と買い注文を出しており、通常の売買単位の注文ならほとんど問題なく取引できる、という趣旨(参考文献 R2)。↩
- 同FAQのQ4への回答の後半。信託報酬、売買単位や出来高の情報は、銘柄概要パンフレットや日々の市況情報で確認できる(参考文献 R2)。↩
- 日本取引所グループ「投資のリスク(ETF)」の同じ節の末尾。「乖離の状況については、『株価指数等、基準価額及び市場価格』のページでご確認いただけます」と書かれている。リンク先のページ自体は本記事の作成時に読んでいない(参考文献 R3)。↩
- 日本取引所グループ「投資のリスク(ETF)」の「設定・交換の停止による乖離」の節。設定・交換が停止されると、基準価額と市場価格が大きく乖離しても裁定取引等が行われず、その状態が継続してさらに乖離することがある、と書かれている(参考文献 R3)。↩
参考文献(2 026年10月確認)
- R1 Corporate Finance Institute「Stock Exchange-Traded Fund (ETF)」(2020年11月12日公開) corporatefinanceinstitute.com (参照箇所:冒頭の説明、Types of ETFs。ETFの一般的な概念の参考。脚注1の根拠。閲覧日:2026年10月15日)
- R2 日本取引所グループ「よくあるご質問(上場商品)」(ページ表記の更新日:2026年3月10日) jpx.co.jp (参照箇所:ETFに関するQ4、Q7、Q15。脚注2・3・6・7の根拠。閲覧日:2026年10月15日)
- R3 日本取引所グループ「投資のリスク(ETF)」(ページ表記の更新日:2017年10月2日) jpx.co.jp (参照箇所:「株価指数等、基準価額、市場価格の乖離リスク」「設定・交換の停止による乖離」「流動性リスク」。脚注4・5・8・9の根拠。閲覧日:2026年10月15日)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための学習用の架空事例であり、実在の企業・案件とは関係ありません。