この記事で分かること
- オーナー経営者の定義と、中小M&Aで売り手の中心となる理由
- 公私混同の正常化・役員報酬の水準・個人保証・役員退職金・キーパーソン依存の論点
- 調整後EBITDAと企業価値への影響を整数設例で検算
- 経営者保証ガイドラインの特則・中小M&Aガイドライン・役員退職給与の相当性
30秒で分かる定義
オーナー経営者(Owner-Manager)とは、会社の株式を保有して所有者の立場にありながら、自ら経営も担っている経営者のことです。本ページでは、株式の大半を自ら(または親族とともに)保有する中小企業のオーナー経営者を主に扱います。「オーナー社長」とも呼ばれ、所有と経営が一致している点が特徴です。
中小企業のM&Aでは、オーナー経営者が売り手の中心となり、会社の私的な支出の整理、個人保証、役員退職金、売却後の処遇が主な交渉論点になります。承継M&Aの全体像は事業承継
なぜ実務で重要なのか
所有と経営が一致しているため、売却の意思決定は迅速ですが、会社と個人の線引きが曖昧になりやすい面があります。M&AのFA・仲介は、財務の正常化と買い手への説明を準備します。買い手(PE・事業会社)は、経営陣の評価で、オーナーへの依存度と承継後の体制を確認します。金融機関・ウェルスマネジメントは、売却後の資産の運用や相続も含めて支援します(事業承継とウェルスマネジメント)。
計算式(ま たは仕組み)
オーナー経営者の売却で整理が必要な論点を、売り手・買い手の視点で表にします。
| 論点 | 内容 | 買い手の確認ポイント |
|---|---|---|
| 公私混同の正常化 | 私的な支出の経費計上、同族への報酬、会社と個人の資金貸借などを整理 | これらを除いた「実力ベース」の利益(関連当事者取引の整理) |
| 役員報酬の水準 | オーナー報酬が後任の経営者の市場水準と乖離していないか | 調整後の利益(SDEやEBITDA)への影響 |
| 個人保証 | 借入に対する経営者の個人保証の解除・付替え(経営者保証ガイドライン) | クロージング時の借入の返済・借換えと保証の扱い |
| 役員退職金 | 売却時に支給するか、売却対価で受け取るか | 会社財産の流出と、支給額の相当性 |
| キーパーソン依存 | 顧客・技術・人脈がオーナー個人に依存 | 移行期間、顧問契約、アーンアウトなどによる手当て |
整数設例で確認する
設例(架空数値)。オーナー経営者が経営する会社の直近の損益は次のとおりです(単位:百万円)。
- 営業利益 80、減価償却費 20(EBITDA = 80 + 20 = 100)
- オーナー役員報酬 60(後任の経営者を雇う場合の市場水準は 30)
- 経費に含まれる私的な支出 10
途中式:調整後EBITDA = 営業利益 80 + 減価償却費 20 + (オーナー報酬 60 − 市場水準 30) + 私的支出 10 = 140。倍率を5.0倍と仮定すると、企業価値は調整前 100 × 5.0 = 500、調整後 140 × 5.0 = 700で、差は 200(=調整額 40 × 5.0)です。
純有利子負債が 200(借入 250 − 現預金 50)なら、株式価値は 700 − 200 = 500(調整前は 500 − 200 = 300)。調整の有無がオーナーの手取りに直結します。ただし、倍率や調整項目は買い手との交渉で決まるため、この数字は設例上の仮定です。
案件プロセス上の位置付け
オーナー経営者の売却では、案件の初期から次の準備が進められます。
- 財務の正常化:私的支出・関連当事者取引・役員報酬の水準を整理し、調整後の利益を算出します。
- 個人保証の整理:借入先との協議で、クロージング時の借換えや保証解除の方法を決めます。
- 役員退職金の方針:売却前に会社から支給するか、売却対価で受け取るかを、税務の専門家と検討します。
- 承継後の処遇:オーナーが一定期間残る場合の役割・報酬、退任時期、競業避止の範囲を契約に定めます。
実務での調べ方・確認手順
売り手の準備資料として、次の項目を表にまとめます。
- 損益調整表:
=営業利益+減価償却費+(オーナー報酬-市場水準報酬)+私的支出で調整後EBITDAを算出し、各調整項目に根拠資料を紐づけます。 - 保証・担保の一覧:借入ごとに、保証人、担保、残高、返済条件を一覧にします。
- キーパーソン依存度:主要顧客・取引先・技術・資格が誰に紐づくかを整理します。
この用語を実務で
オーナー経営者の売却で、財務の正常化と個人保証の整理を調整後利益と株式価値に反映できるようになる。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「オーナーの報酬が高いほど利益が小さく見え、売却に不利」→ 正しくは、市場水準を超える部分は調整できる場合があります。後任の経営者の報酬水準を根拠資料で説明できるかが焦点です。
誤解2:「売却すれば個人保証は自動的に外れる」→ 正しくは、金融機関との協議が必要です。クロージングで借入を返済・借換えするか、買い手側が新たな保証や担保で対応するかを事前に決めます。
誤解3:「役員退職金はいくらでも損金になる」→ 正しくは、相当な額を超える部分は損金に算入されません。退職した役員への退職給与は、勤務期間・退職の事情・同種法人の支給状況等に照らして相当と認められる金額を超える部分が対象となります[3]。
日本実務での扱い
(2026年11月時点)中小企業のM&Aについては、中小企業庁が「中小M&Aガイドライン」を公表し、支援機関の役割や契約上の留意点を示しています(第3版は2024年8月)[2]。経営者保証については、事業承継に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則(2019年12月公表)が、前経営者と後継者の双方から保証を求める二重徴求を、原則として行わない取扱いを示しています(前経営者の死亡後、相続確定までの一時的な場合など、例外的に許容される事例も列挙されています)[1]。ガイドラインとその特則は法令ではなく、法的拘束力はないものの、主たる債務者・保証人・金融機関が自発的に尊重し遵守することが期待される準則です[1]。税務面では、役員給与のうち不相当に高額な部分は損金に算入されず(法人税法第34条第2項)、役員退職給与の相当性は法人税法施行令第70条第2号で定められています[3]。個別の税負担は事案によって異なるため、専門家の確認が必要です。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:オーナー経営者の会社を買収する際、財務デューデリジェンスで特に確認することは何ですか。
「会社と個人の費用の区分、オーナー報酬と市場水準の差、関連当事者との取引を確認し、調整後の利益を出します。あわせて個人保証の有無と解除方法、オーナーへの顧客・技術の依存度を確認します。調整後EBITDAに倍率を掛けて企業価値を試算し、調整項目ごとの根拠資料を求めます。」深掘りでは、アーンアウトや顧問契約による承継リスクの手当てが問われます。
よくある質問(F AQ)
Q. オーナー経営者が売却後も会社に残ることはありますか?
A. 事業の引継ぎのため、一定期間は役員や顧問として残る例があります。報酬・期間・役割は、株式譲渡契約や別契約で定めます。
Q. 個人保証があると売却できませんか?
A. 保証があっても売却は可能です。クロージング時に借入を返済・借換えして保証を解除するか、買い手が代わりの対応を行う方法が検討されます。保証の扱いは、金融機関との協議が前提になります。
出典・参考(2 026-11確認)
- 経営者保証に関するガイドライン研究会「事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則」(令和元年12月)1.、2.(1)(https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline_sp.pdf)、同「経営者保証に関するガイドライン」2.(1)(https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline.pdf)。いずれも全国銀行協会の掲載資料(2026年11月参照)
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月). https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf(2026年11月参照)
- e-Gov法令検索「法人税法」(昭和四十年法律第三十四号)第34条第2項(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=340AC0000000034)、「法人税法施行令」(昭和四十年政令第九十七号)第70条第2号(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=340CO0000000097)(2026年11月参照)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。