この記事で分かること
- ファースト・シカゴ法の定義と、VCメソッドとの違い(単一シナリオか複数シナリオか)
- 成功・現状維持・失敗の3シナリオを確率加重するロジック
- 整数設例で確認する、期待価値の算定から必要出資比率までの手順
- 実務でシナリオと確率をどう設定するか、確認すべきポイント
30秒で分かる定義
ファースト・シカゴ法(First Chicago Method、読み方:ふぁーすとしかごほう)とは、企業の将来を「成功」「現状維持」「失敗」など複数のシナリオに分け、それぞれのシナリオごとに評価額を算定し、実現確率で加重平均して企業価値を求める評価手法です。1970年代にファースト・シカゴ銀行(現JPモルガン・チェースの前身の一つ)のベンチャー投資部門で開発されたとされ、不確実性の高い早期段階企業の評価で使われます。単一のエグジット価値を前提とするベンチャーキャピタル法に対し、複数の結果を同時に織り込む点が特徴です。
なぜ実務で重要なのか
VC・グロースエクイティでは、事業がまだ複数の展開シナリオを持ちうる段階(製品の市場適合性が未確定など)で、単一の楽観シナリオに寄った評価を避けるためにこの手法を使います。投資委員会では、「失敗シナリオでもファンドの損失がどの程度に収まるか」を可視化する材料として、成功シナリオの価値だけでなく失敗シナリオの価値も明示することが求められます。スタートアップのバリュエーションの実務では、VC法と並ぶ代表的な手法として比較検討されます。
計算式(または仕組み)
現在価値 = 期待エグジット価値 × 現在価値割引係数
必要出資比率 = 出資額 ÷ 現在価値
各シナリオの評価額は、そのシナリオを実現した場合のエグジット時点の企業価値(Comps倍率やDCFで算定)です。確率は経営陣の実行力・市場環境・競合状況をもとに投資委員会が判断して設定します。現在価値割引係数は、投資家の要求リターンと保有期間から決まります。
整数設例で確認する
設例(架空数値)。単位は百万円、保有期間1年、投資家の要求リターンを年率100%(現在価値割引係数0.5)と単純化しています。
| シナリオ | 1年後の評価額 | 実現確率 | 加重値 |
|---|---|---|---|
| 成功 | 6,000 | 25% | 1,500 |
| 現状維持 | 2,000 | 50% | 1,000 |
| 失敗 | 0 | 25% | 0 |
| 期待エグジット価値 | 2,500 | ||
現在価値 = 2,500 × 0.5 = 1,250です。今回の出資額を250とすると、必要出資比率 = 250 ÷ 1,250 = 20%となります。同じ企業をVC法で「成功シナリオの6,000」だけを前提に評価すると現在価値は6,000×0.5=3,000となり、必要比率は250÷3,000=約8.3%まで下がります。失敗シナリオを無視すると投資家の必要持分を過小評価してしまう、というのがこの比較から分かる実務上の教訓です。
投資判断への影響
ファースト・シカゴ法の価値は、失敗シナリオの評価額と確率を明示することで、投資委員会が「最悪でもこの程度の損失で収まる」という下限を意識して意思決定できる点にあります。現状維持シナリオ(成長が鈍化するが事業は継続する)の確率を高く見積もりすぎると、全体の期待価値が実態以上に保守的になり、逆に成功シナリオの確率を高く見積もりすぎると楽観的な評価に偏ります。3シナリオの確率と評価額の組み合わせそのものが投資判断の中心的な論点になります。
財務モデル・Excelでの使い方
3シナリオそれぞれについて簡易的な財務モデル(売上・EBITDA・想定エグジット倍率)を作り、加重平均シートで統合するのが実務的です。
- シナリオ切り替え:シナリオ設計とスイッチの要領で、1つのモデルを3ケースに切り替えられる構造にする
- 加重平均:各シナリオの評価額に確率を掛け、SUMPRODUCT関数で期待値を一度に計算する
- 感応度分析:確率の組み合わせを変えたときに期待価値・必要出資比率がどう動くかをデータテーブルで確認する
この用語をExcelで「組める」状態にする
複数シナリオを1つのモデルでスイッチ切替できる構造にし、確率加重した期待価値から必要出資比率を自動計算できるようになる。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「シナリオは多いほど精緻」→ 正しくは、3〜4シナリオ程度に絞る方が、それぞれの確率設定に投資委員会の議論が集中でき、実務的には機能しやすいとされます。シナリオを増やしすぎると各確率の根拠が薄くなりがちです。
誤解2:「確率は投資家の主観で自由に決めてよい」→ 正しくは、類似企業の実績データや経営陣の実行力評価など、根拠を明示した上で設定すべきです。根拠のない確率設定は評価額の信頼性を損ないます。
実務家はさらに、失敗シナリオの評価額を単純に0と置いてよいか(清算価値や知財売却価値が残る場合もある)を確認します。
日本実務での扱い
(2026年7月時点)日本のVC・CVC実務でも、シード・アーリーステージの投資判断でシナリオベースの評価は使われますが、公式な開示基準としてはIPEVガイドラインに基づくポートフォリオ評価の枠組みの中で、直近ラウンド価格を起点にした調整が主流です。ファースト・シカゴ法は主に投資実行段階の意思決定ツールとして使われ、四半期の公正価値評価そのものには使われないことが多い点が実務上の使い分けです。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:ファースト・シカゴ法とVCメソッドの違いを説明してください。
「VCメソッドは単一の成功シナリオを前提にエグジット価値から逆算する手法です。ファースト・シカゴ法は成功・現状維持・失敗の複数シナリオを設定し、それぞれの評価額を実現確率で加重平均して期待価値を求めます。不確実性が高く、成功以外の結果も十分あり得る企業では、ファースト・シカゴ法の方が投資家のダウンサイドを可視化しやすい点が違いです。」
深掘りでは「各シナリオの確率をどう根拠づけるか」「失敗シナリオの評価額をゼロと置いてよいか」が定番です。
よくある質問(FAQ)
Q. シナリオの数は3つでなければいけませんか?
A. 決まりはありません。実務では成功・現状維持・失敗の3シナリオが最も一般的ですが、案件の性質によっては4〜5シナリオに分けることもあります。シナリオを増やす場合は、それぞれの確率設定の根拠づけがより重要になります。
Q. 現在価値割引に使う要求リターンはどう決めますか?
A. ファンドの投資方針やステージ別の実績に基づいて設定されるのが原則です。アーリーステージでは高いリスクを反映して高めの要求リターン(年率50%以上など)が使われることが多いとされます(推定)。
出典・参考(2026-07-21確認)
- 日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)関連情報 https://jvca.jp/
- 経済産業省「スタートアップ・エコシステム」関連情報 https://www.meti.go.jp/
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。