この記事で分かること
- 期待値の定義と式(確率の合計は100%)
- シナリオ別NPVの期待値と、リスクの二重計上の整数設例
- 期待値だけで判断しない理由(ばらつき・損失確率)
- 日本の時価算定基準での期待現在価値法の位置づけ
30秒で分かる定義
期待値(Expected Value、きたいち)とは、起こりうる各結果の値に、その結果が起こる確率を掛けて合計した確率加重平均です。「最もありそうな結果」ではなく、結果を多数回繰り返したときの平均的な水準を表します。シナリオ分析、リスク調整後NPV、意思決定ツリーの評価などで使います。
なお、略称の「EV」は企業価値(Enterprise Value)と同じ表記になりますが、本ページは確率論の期待値の意味です。企業価値評価でも、フリー・キャッシュ・フローは将来の不確実な値であるため「期待値」として扱います。日本公認会計士協会のガイドラインも、各期の営業フリー・キャッシュ・フローを期待値として定義しています[1]。
なぜ実務で重要なのか
経営企画・事業開発は、新規事業や設備投資で、成功・標準・失敗のシナリオを確率で重み付けして投資判断をします。VC・PEは、複数の出口シナリオを確率加重して期待リターンを見る方法を使います(ファースト・シカゴ法)。創薬ベンチャーの評価では、開発段階ごとの成功確率を掛けたリスク調整後NPVを使います(バイオベンチャー投資)。FAS・IBは、シナリオ別のキャッシュフローを確率加重して事業価値を算定します。
期待値は、不確実性を単一の数字に要約する出発点ですが、ばらつき(リスク)は別に評価する必要があります。
計算式
期待NPV = Σ(シナリオ確率 × シナリオNPV)
確率はすべてのシナリオの合計が100%になるように置きます。期待NPVは、シナリオごとのNPVを確率加重する方法と、期待キャッシュフロー(シナリオCFを確率加重したもの)を割り引く方法があり、割引率とキャッシュフローの前提が整合していれば、どちらも同じ結果になります(割引率がシナリオによって変わらない場合)。
整数設例で確認する
設例(架空数値・単位は百万円)。
設例1:シナリオ別NPVの期待値
- 成功(確率25%):NPV 4,000 → 0.25 × 4,000 = 1,000
- 標準(確率50%):NPV 800 → 0.50 × 800 = 400
- 失敗(確率25%):NPV −1,200 → 0.25 × (−1,200) = −300
- 確率の合計は25% + 50% + 25% = 100%。期待NPV = 1,000 + 400 − 300 = 1,100。
最も起こりやすいシナリオ(標準)のNPVは800で、期待値1,100とは一致しません。成功時の上振れが大きく、失敗時の損失が小さいため、期待値が最頻シナリオを上回っています。
設例2:割引率にリスクを二重に織り込む例
1年後のキャッシュフローが、2,000(確率30%)、1,200(50%)、400(20%)とします。
- 期待キャッシュフロー = 0.3 × 2,000 + 0.5 × 1,200 + 0.2 × 400 = 600 + 600 + 80 = 1,280
- 期待キャッシュフローに対して適切な割引率が10%だとすると、現在価値 = 1,280 ÷ 1.10 = 1,163.6
- 下振れリスクを割引率にも上乗せして14%にすると、1,280 ÷ 1.14 = 1,122.8。差の 40.8 は、上乗せした4ポイントが、期待キャッシュフローに既に反映した下振れ(400のシナリオ)と同じリスクを重ねたものだと仮定した場合の二重計上分です。
どの割引率が適切かは前提次第ですが、確率で加重平均しただけの期待キャッシュフローには、市場参加者が求めるリスクの対価がまだ残っています。期待キャッシュフローはリスク・プレミアムを含む割引率で割り引き(リスク調整法)、確実性等価のキャッシュフローは無リスク金利で割り引く(確実性等価法)。シナリオで織り込んだ下振れを、割引率に重ねて上乗せしないことが重要です。
投資判断への影響
期待NPVが正であれば、理論上は投資すべきと判断できますが、実務ではそれだけで決めません。設例1のように損失(−1,200)が出る確率が25%ある案件で、損失が会社の許容範囲を超えるなら、期待値が正でも実行できない場合があります。期待値はばらつきを見ない指標なので、標準偏差、最悪ケース、損失確率と併せて判断します。
確率そのものが主観的な見積りである点にも注意が必要です。段階的な意思決定を樹形図で評価する方法は意思決定ツリー分析、複数の出口シナリオを確率加重する方法はファースト・シカゴ法で扱います。
財務モデル・Excelでの使い方
- シナリオ表:列にシナリオ(成功・標準・失敗)、行に確率・CF・NPVを置き、期待値は
=SUMPRODUCT(確率範囲,値範囲)。 - 確率のチェック:
=SUM(確率範囲)=1を確認用セルに置き、合計が100%でなければエラー表示にする。 - シナリオ切替:確率とCFを入力シートにまとめ、
=CHOOSE(選択番号,...)やINDEXで各ケースを呼び出すと、確率加重と個別ケースを同じモデルで見られる。 - ばらつきの併記:標準偏差
=SQRT(SUMPRODUCT(確率,(値-期待値)^2))も計算する。
この用語をExcelで
SUMPRODUCTでシナリオ確率加重の期待NPVを組み、確率のチェックと感応度をExcelで確認できる。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「期待値は最も起こりやすい結果」→期待値は確率加重平均であり、実際に起こる結果とは限りません。設例1では、期待値1,100はどのシナリオとも一致しません。
誤解2:「期待値が正なら必ず実行すべき」→損失の大きさや破綻リスクを見ないと、1回限りの案件で致命的な損失を負う場合があります。
誤解3:「シナリオごとの割引率を変えて、さらに確率も掛ける」→リスクを二重に織り込みやすいため、キャッシュフローと割引率の仮定を整合させます。
確認ポイント:確率の根拠、シナリオの網羅性(尻尾のリスクが抜けていないか)、確率の合計を確認します。
日本実務での扱い
(2026年11月時点)日本の会計基準では、企業会計基準適用指針第31号(時価の算定)が、現在価値技法において、期待キャッシュフローを用いる場合は、将来の債務不履行などの不確実性に係る仮定が既にキャッシュフローに反映されているため、そのキャッシュフローに固有のリスクと整合的な割引率を用いる(期待現在価値法)と説明しています。また、リスク要因の影響を二重に計算しないよう、割引率はキャッシュフローに固有の仮定と整合する仮定を反映するとしています[2]。
事業計画が経営目標として作られている場合、その数字は期待値ではなく目標値(楽観寄りの数値)になっていることがあります。評価や投資判断で期待値として使うには、達成確率を加味した調整が必要です。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:新規事業の評価で、シナリオ分析と期待値をどう使いますか。
「成功・標準・失敗の3シナリオについて、NPVとその確率を置き、確率加重した期待NPVを計算します。確率の合計が100%であること、期待値は最頻シナリオと一致しないこと、損失が出る確率と大きさを別に確認することがポイントです。」
深掘り:リスク調整とシナリオ確率の二重計上、確率の根拠づけ、ツリー分析・モンテカルロ法との関係。
よくある質問(F AQ)
Q. 期待値と中央値はどう違いますか。
A. 期待値は確率加重平均、中央値は結果を並べた真ん中の値です。結果が非対称なら両者は異なります。
Q. 確率はどう決めればよいですか。
A. 過去データ、市場データ、専門家の見積りなどを根拠にしますが、主観が入るため、確率を動かした感応度分析を併せて示します。
出典・参考(2 026-11確認)
- 日本公認会計士協会「経営研究調査会研究報告第32号 企業価値評価ガイドライン(2013年7月3日改正)」31頁(フリー・キャッシュ・フロー法の基本式の記号の定義). https://jicpa.or.jp/specialized_field/publication/files/2-3-32-2a-20130722.pdf(2026年11月参照)
- 企業会計基準委員会(ASBJ)「企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針」第35項(現在価値技法). https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/ikan_20240701_48.pdf(2026年11月参照)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。