この​記事で​分かる​こと

  • プッシュダウン会計が「被買収会社の個別財務諸表」に何を反映する処理か
  • 米国基準(ASU 2014-17)で選択適用になった経緯と、借入(買収資金)の扱い
  • デットプッシュダウン(借入を被買収会社に移すストラクチャー)との違い
  • 日本基準では時価評価が連結手続の中で行われることと、日米案件での確認点

30秒で​分かる​定義

プッシュダウン会計(Pushdown Accounting)とは、買収者が被買収会社の支配を獲得したときに、買収で付けた新しい評価(資産・負債の時価やのれん)を、被買収会社自身の個別財務諸表に反映させる会計処理です。米国基準では、支配獲得の事象が生じたときに被買収会社が個別財務諸表でプッシュダウン会計を適用するかを選べます[1]。本ページは会計処理の意味で、買収資金の借入を対象会社側に移す資金調達手法はデットプッシュダウンで扱います。両者は名前が似ていますが別の概念です。

なぜ実務で​重要なのか

米国子会社を買収する日本企業や、米国の投資先を持つPEファンドでは、被買収会社が米国基準の単体財務諸表を作り続ける場面があります。プッシュダウン会計を選ぶと、単体の純資産・償却費・利益が買収前と大きく変わるため、FASはPPAの結果を単体にどう載せるかを、PE・融資担当は対象会社単体の財務制限条項(純資産やレバレッジ)の計算基準を、経営企画は子会社の業績評価をどちらの数字で行うかを確認します。PPAの手順そのものは取得原価配分​(PPA)のページで扱います。

計算式​(または仕組み)

項目プッシュダウンなしプッシュダウンあり(米国基準で選択)
被買収会社の資産・負債従来の帳簿価額のまま買収者の取得時の評価(時価)に置き換え
のれん買収者の連結財務諸表にのみ計上被買収会社の個別財務諸表にも計上
純資産従来の純資産買収者の取得価額を基礎にした新しい純資産
買収資金の借入買収者の負債他の米国基準により被買収会社が負債を認識すべき場合に限り、被買収会社に計上[1]

つまりプッシュダウン会計は、連結で行うPPAの結果を「被買収会社の帳簿に押し下げる」処理です。連結財務諸表の数字自体は変わりません。

整数設例で​確認する

設例(架空数値)。単位は百万円。買収者Pが対象会社Tの株式100%を10,000で取得します。Tの帳簿上の純資産は4,000(資産9,000、負債5,000)。PPAで固定資産を1,500評価増しし、これに係る繰延税金負債を税率30%として450計上すると仮定します。

  • 識別可能純資産の時価 = 4,000 + 1,500 − 450 = 5,050
  • のれん = 10,000 − 5,050 = 4,950
  • プッシュダウンなし:Tの単体純資産は 4,000 のまま。のれん4,950と評価増し1,500はPの連結だけに載ります。
  • プッシュダウンあり:Tの単体純資産は取得価額を基礎に 10,000 になり、評価増し1,500とのれん4,950がTの単体BSに載ります。
  • 評価増しした固定資産の残存耐用年数を10年とすると、Tの単体の償却費は年 1,500 ÷ 10 = 150 増え、税効果を考慮した利益への影響は 150 × (1 − 30%)= 105 の減少です。

Pが買収資金6,000を借り入れていても、プッシュダウン会計を選んだだけでその借入がTの単体BSに載るわけではありません。Tが他の米国基準によりその借入を負債として認識すべき場合に限られます[1]。

PL・​BS・​CFへの​影響

プッシュダウン会計を選ぶと、被買収会社の単体BSでは純資産・固定資産・のれんが増え、単体PLでは評価増し分の償却費が増えて利益が小さくなります。CFは、現金の出入りが変わらないため影響しません。単体ROEや純資産を基準にした指標は買収前と連続しなくなるため、比較では買収前後を分けて見ます。カーブアウト案件の単体財務諸表の作り方はカーブアウト​財務諸表も参考になります。

実務での​調べ​方・​確認手順

  • 適用の有無:米国の対象会社の単体財務諸表で、会計方針の注記に新しい評価基礎(new basis)を採用した旨の記載があるかを確認します。
  • モデル上の分離:対象会社の単体PLを基にLBOモデルを組む場合、プッシュダウンによる追加償却を「非現金の会計上の費用」として別行に置き、EBITDAに影響しないことを確認します。棚卸資産の評価増しは販売時に売上原価を増やすため、通常のEBITDAも減る点に注意し、別の調整行で扱います。
  • 契約の定義:融資契約の純資産・利益の定義が、プッシュダウン後の数字か、買収前の基礎かを確認し、モデルの財務制限条項テストを合わせます。

この​用語を​実務で​「使える」​状態に​する

PPAの​評価増しとのれんが、​連結と​被買収会社の​単体財務諸表の​どちらに​載るかを​区別して​説明できるようになる。

財務会計の​教材で​PPAと​連結の​関係を​確認する →

実務家が​確認する​ポイントと​よく​ある​誤解

誤解1:「プッシュダウン会計=デットプッシュダウン」→ 正しくは、別の概念です。前者は評価を単体財務諸表に反映する会計処理、後者は買収借入を対象会社側に移す資金調達・ストラクチャーの手法です。

誤解2:「プッシュダウン会計を選べば買収借入も対象会社に載る」→ 正しくは、借入は他の米国基準で認識すべき場合に限られます。米国のSECスタッフ会計公報(SAB)の旧Topic 5.Jには、一定の場合に買収者の借入を被買収会社の財務諸表に反映するガイダンスがありましたが、ASU 2014-17に合わせて削除されました[1]。

誤解3:「プッシュダウンすると連結の数字が変わる」→ 正しくは、連結は変わりません。変わるのは被買収会社の単体財務諸表だけです。

日本実務での​扱い

(2026年11月時点)日本の連結会計基準では、子会社の資産・負債の時価評価は連結貸借対照表の作成にあたって行い、時価による評価額と子会社の個別貸借対照表上の金額との差額を評価差額として扱います[2]。つまり時価評価は連結手続の中で行われ、子会社の個別財務諸表は従来の帳簿価額のまま作成されるのが一般的です。米国基準のプッシュダウン会計は、この連結手続の中で行う評価替えを、子会社の単体財務諸表に反映するかどうかを選ぶ仕組みと言えます。日本企業が米国企業を買収する場合、米国子会社の単体決算でプッシュダウンを選んだかどうかで、現地の単体の数字と日本の親会社の連結パッケージに載る数字の関係が変わるため、連結調整の設計時に確認します。

実務での​想定問答

Q:米国の買収対象会社が単体でプッシュダウン会計を選ぶと、LBOモデルのどこに影響しますか。
「固定資産の評価増しだけなら、EBITDAとキャッシュフローは変わらず、単体の償却費が増えて純利益と純資産が変わります。棚卸資産の評価増しがあれば、販売時に売上原価が増えてEBITDAも減ります。融資契約が単体の純利益や純資産で財務制限条項を測る場合はテスト結果が変わるので、契約の定義を確認します。買収借入が単体に載るかは別の論点で、他の米国基準により対象会社がその借入を負債として認識すべきか(例えば対象会社自身が債務者になっているか)で判断します。」

深掘りでは「連結と単体でのれんが二重に計上されないか(されない。連結では投資と資本の相殺で消える)」が問われます。

よく​ある​質問​(FAQ)

Q. プッシュダウン会計は必ず適用しなければいけませんか?
A. 米国基準では、買収者が被買収会社の支配を獲得する事象が生じたときに、被買収会社が適用するかを選べる仕組みです[1]。

Q. 日本の子会社に米国の親会社がプッシュダウンを求めることはありますか?
A. 親会社の連結パッケージ(米国基準)の作成のために評価替え後の数字を報告することはありますが、日本の子会社が会社法・金融商品取引法で作る個別財務諸表は日本の基準で作成します。両者を混同しないよう、報告用の調整表を別に持つのが一般的です。

出典・参考​(2026-11確認)

  1. U.S. Securities and Exchange Commission「Staff Accounting Bulletin No. 115」(2014年11月18日)Topic 5.J の削除とASU No. 2014-17 の説明. https://www.sec.gov/interps/account/sab115.htm(2026年11月参照)
  2. 企業会計基準委員会 企業会計基準第22号「連結財務諸表に関する会計基準」(最終改正2026年6月2日)第20項・第21項. https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/ecl20261016_34.pdf(2026年11月参照)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。

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