この記事で分かること
- 事業譲渡で労働契約が自動的に移転しない理由と、民法上の根拠条文
- 会社分割の労働契約承継法(包括承継)との違いを比較表で整理
- 従業員200名の事業譲渡での同意取得率とクロージング条件の整数設例
- 同意しない従業員が残った場合の実務上の手当て(2026年8月時点)
30秒で分かる定義
転籍同意(読み方:てんせきどうい、英語:Individual Employee Consent for Transfer (Tenseki) in a Business Transfer)とは、事業譲渡では労働契約が譲渡人から譲受人へ自動的に承継されず、従業員本人の個別の同意(転籍合意)を得て初めて労働契約が移転するという原則のことです。事業譲渡のスキームを選ぶ限り、この個別同意の取得プロセスを避けて通ることはできません。
なぜ実務で重要なのか
M&A法務・人事にとっては、事業譲渡のクロージングまでに従業員一人ひとりから同意を取得する実務そのものであり、案件のスケジュールを左右する重要な工程です。PE・買い手企業にとっては、キーパーソンの同意取得が失敗すると事業運営に直接支障が出るため、同意取得率をクロージング条件に組み込むかどうかの判断が必要です。経営企画・PMI担当にとっては、同意しなかった従業員の業務をどう引き継ぐかがDay1後の実務課題になります。
仕組み:会社分割との違い
| 観点 | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|
| 労働契約の移転方法 | 個別同意(転籍合意)が必要 | 労働契約承継法に基づく包括承継(一定の異議権あり) |
| 法的根拠 | 民法(使用者の権利の第三者への譲渡制限) | 会社法・労働契約承継法 |
| 同意しない場合 | 労働契約は譲渡人(売り手)に残る | 主従事労働者は原則として異議を述べれば承継を拒否できる |
| 実務上の負担 | 対象従業員全員への個別説明・同意取得が必要 | 包括承継が原則のため個別同意までは不要 |
この違いの法的な根拠は、雇用契約における使用者の地位の移転には労働者本人の承諾が必要であるという民法の考え方にあります。事業譲渡は個々の資産・契約を個別に移転する取引であるため、労働契約もその例外ではなく、従業員本人の同意なしには使用者の地位を譲受人に移せません。
整数設例で確認する
設例(架空数値)。対象事業の従業員数を200名とする事業譲渡で、クロージングの前提条件(CP)として「主要従業員の同意取得率が92.5%(185名)以上であること」を設定したケースを考えます。
実際の同意取得の結果は、同意190名、保留8名、拒否2名でした。
同意取得率 = 190 ÷ 200 = 95%。基準の185名(92.5%)を190名が上回っているため、CPは充足されます。検算:200 × 92.5% = 185で基準値と一致し、190 > 185であることを確認できます。同意しなかった2名分の業務については、譲渡人側に一時的に業務を残し、トランジション・サービス契約(TSA)で対応するといった手当てが実務では行われます。
契約条項への影響
SPA上、従業員の同意取得率をクロージングの前提条件(CP)に設定するか、クロージング後の誓約事項(ポストクロージング条件)に設定するかは交渉になります。前提条件にすると、目標未達の場合に買主がクロージングを拒否できる強い手当てになりますが、売主にとっては達成できるか不確実な条件にクロージング自体が左右されるリスクになります。ポストクロージング条件にすると柔軟な運用ができますが、買主にとっては未達のまま事業を引き継ぐリスクが残ります。
実務での確認手順
同意取得の進捗管理はモデルというより実務のトラッキングが中心になります。
- 従業員ごとに氏名・部署・同意状況・同意日・労働条件の変更差分を記録するシートを作る
- 同意取得率をリアルタイムで%表示し、CPの基準値との比較をダッシュボード化する
- PMIと100日プランのタスクと連動させ、未同意者の業務引き継ぎ計画を早期に立てる
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「事業譲渡でも会社分割の労働契約承継法と同様に自動的に労働契約が移る」→ 正しくは、事業譲渡には労働契約承継法の適用がなく、包括承継の仕組みが存在しないため、個別の同意取得が必要です。スキームの違いによって労務対応の負担がまったく異なります。
誤解2:「同意さえ取れば労働条件は自動的に維持される」→ 正しくは、転籍に伴い給与体系や退職金制度などの労働条件が変更される場合があり、その変更内容も同意取得プロセスの中で丁寧に説明する必要があります。特に不利益変更を伴う場合は、説明を怠るとトラブルの原因になります。
日本実務での扱い
(2026年8月時点)転籍同意の原則は、民法における使用者の権利の第三者への譲渡制限(雇用契約上の地位の移転には労働者本人の承諾を要するという考え方)を根拠としています。会社分割については労働契約承継法という特別法があり、主として従事する事業に関する労働者については、一定の要件のもとで異議権を行使しない限り労働契約が承継会社等に包括的に承継される仕組みが整備されています。事業譲渡にはこれに相当する特別法がないため、個別同意の取得が実務上のスタンダードとして定着しています。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:事業譲渡と会社分割で従業員の処遇がどう異なるか説明してください。
「事業譲渡では労働契約が自動的に承継されず、従業員本人の個別同意(転籍合意)を得て初めて労働契約が譲受人に移転します。これは、雇用契約上の使用者の地位の移転には労働者本人の承諾が必要という民法上の考え方に基づきます。一方、会社分割には労働契約承継法という特別法があり、主として従事する事業に関する労働者は、異議を述べない限り包括的に労働契約が承継会社等に移る仕組みになっています。」
深掘りでは「同意しない従業員が多い場合にディール全体にどう影響するか」「不利益変更を伴う転籍で気をつけるべき点」が問われます。
よくある質問(FAQ)
Q. 従業員が転籍に同意しない場合どうなりますか?
A. 労働契約は譲渡人(売り手)に残ります。譲受人が業務上その従業員を必要とする場合は、トランジション・サービス契約(TSA)など一時的な手当てを検討するのが実務的な対応です。
Q. 転籍時に退職金はどう扱われますか?
A. 個別交渉次第で、退職金相当額を清算する方法や、譲受人のもとで勤続年数を通算する方法など、案件ごとにさまざまな設計が行われます。
出典・参考(2026-08確認)
- e-Gov法令検索「民法」 https://elaws.e-gov.go.jp/
- 経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針」 https://www.meti.go.jp/
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」 https://www.chusho.meti.go.jp/
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。