この記事で分かること
- 事業譲渡(アセットディール)の会社法上の位置づけと株式譲渡との違い
- 個別の資産・負債・契約ごとに移転させる仕組みと、個別同意が必要な理由
- 株主総会特別決議が必要になる要件と簡易特例
- 会社分割との使い分け・日本の税務上の取扱い(2026年7月時点)
30秒で分かる定義
事業譲渡(Business Transfer、読み方:じぎょうじょうと)とは、会社が営む事業に関する資産・負債・契約上の地位・従業員との雇用関係などを、個別の権利義務ごとに買い手へ移転させる取引です。会社法467条以下に規定される組織再編類型の一つで、英語ではAsset Deal(アセットディール)とも呼ばれます。会社そのもの(株式)を移転させる株式譲渡とは異なり、対象となる資産・契約を個別に選別して移転できる点が最大の特徴です。
なぜ実務で重要なのか
- 法務・M&A担当:事業譲渡では移転させる資産・負債・契約を個別に列挙する必要があり、簿外債務・偶発債務を承継しないという遮断効果を得られる一方、契約上の地位移転には取引先の個別同意(民法上の契約上の地位の移転)が必要になるため、契約書のレビュー・同意取得の工数が大きくなります。
- 経営企画・カーブアウト担当:不採算部門の切り出しや、一部事業のみを売却したい場合の代表的な手法です。カーブアウトM&Aで会社分割と並ぶ選択肢になります。
- FAS・財務DD:事業譲渡では対象となる資産・負債の範囲(パーフェクトメーター、対象事業の切り分け=Perimeter)の確定がバリュエーション・価格調整の出発点になります。
仕組み:個別移転と株主総会決議
事業譲渡は組織法上の包括承継(会社分割・合併)とは異なり、取引法上の個々の移転行為の集合体です。そのため、契約上の地位(賃貸借契約・取引基本契約等)を移転するには、原則として契約の相手方の個別同意が必要になります。従業員の雇用関係についても、会社分割のように労働契約承継法による包括的な承継の仕組みはなく、対象となる従業員一人ひとりから転籍への個別同意を得る必要があります。許認可も原則として承継されず、買い手が新たに取得し直す必要があります。
会社法上、事業の全部の譲渡、または事業の重要な一部の譲渡(譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1を超える場合。定款でこれを下回る割合を定めることも可能)を行う場合、譲渡会社は株主総会の特別決議による承認を要します(会社法467条・309条2項11号)。譲受会社側でも、譲り受ける資産が譲受会社の純資産額の5分の1を超える「事業の重要な一部の譲受け」に該当する場合、株主総会特別決議が必要です(会社法467条1項3号の2等)。反対株主には株式買取請求権が認められます。
整数設例で確認する
設例(架空数値・単位:百万円)。総資産10,000のA社が、帳簿価額2,500の事業部門をB社に譲渡する取引を考えます。譲渡資産の帳簿価額2,500は総資産10,000の25%(=5分の1超)に該当するため、A社は株主総会特別決議による承認が必要です。
仮に譲渡資産が帳簿価額1,800(総資産の18%)であれば、20%の閾値を下回るため、原則として株主総会決議は不要です(取締役会決議で足ります)。この判定は案件のストラクチャー設計・スケジュール策定の初期段階で必ず確認すべき事項です。
案件プロセス上の位置付け
事業譲渡はキャッシュフリー・デットフリーの考え方で価格設計されることが多く、譲渡対象に含める資産・負債の範囲(オンバランスの運転資本や特定の負債を含めるか)を事業譲渡契約(SPA)で個別に定義します。対価は金銭が一般的ですが、事業譲渡そのものの効力発生には原則としてクロージングの前提条件の充足(許認可の取得、重要な個別同意の取得等)が必要になることが多く、契約上の地位移転の同意取得が遅れるとクロージングスケジュールに直接影響します。
財務モデル・Excelでの使い方
- Perimeterの明確化:譲渡対象に含める資産・負債・損益を切り出したカーブアウト財務諸表を作成し、対象事業単体のEBITDA・運転資本を算定します。
- 資産調整勘定(税務上ののれん):譲渡対価と譲渡資産の時価純資産との差額は、買い手側で資産調整勘定として計上され、税務上一定期間で償却できます。モデル上はタックスシールドとして織り込みます。
- 移転コストの計上:許認可再取得費用・システム分離費用・従業員の転籍対応コストを、統合コストと同様に別建てで計上します。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1「事業譲渡なら簿外債務を必ず遮断できる」→ 譲渡契約で承継する負債を限定しても、商号を続用した場合の譲受会社の弁済責任(会社法22条)や、詐害的な事業譲渡に対する債権者保護の規定(会社法23条の2)など、一定の場合に例外的な責任が生じ得るため、遮断効果は絶対的ではありません。
誤解2「事業譲渡は会社分割よりいつも手続が簡単」→ 包括承継である会社分割は契約上の地位や許認可が一括で移る場合がある一方、事業譲渡は個別同意の積み上げが必要になるため、契約数が多い事業ほど事業譲渡の方が実務負担は重くなることがあります。
確認ポイント:①譲渡対象資産の帳簿価額が総資産の20%基準に該当し株主総会決議が必要か、②重要な契約における契約上の地位移転に相手方の承諾が必要か(COC条項・譲渡禁止条項の有無)、③許認可の要否と再取得のリードタイム。
日本実務での扱い(2026年7月時点)
日本の会社法上、事業譲渡は取引法上の行為として整理され、消費税法上は課税資産の譲渡等に該当するため、対象資産の種類(棚卸資産・有形固定資産等)に応じて消費税が課税されます(土地の譲渡等、非課税取引に該当するものを除く)。法人税法上、譲渡損益は譲渡会社の益金・損金として認識され、組織再編税制上の適格・非適格の区分(適格組織再編成要件)は事業譲渡には適用されません(適格要件の対象は合併・会社分割・株式交換・株式交付等の組織法上の行為に限られます)。中小企業の事業承継の文脈では、経済産業省・中小企業庁のM&A支援施策においても事業譲渡は代表的なスキームの一つとして位置づけられています。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:事業譲渡と会社分割はどちらも事業を切り出す手法ですが、何が根本的に違いますか。
「事業譲渡は資産・負債・契約を個別に移転させる取引法上の行為で、契約上の地位移転には原則として相手方の個別同意が必要です。会社分割は権利義務を包括承継させる組織法上の行為で、労働契約承継法により従業員は個別同意なく移転し、対価は原則株式(組織再編税制の適格要件を満たせば課税繰延も可能)です。個別同意の手間を避けたい、税務上の繰延を狙いたい場合は会社分割、対象を厳密に選別し簿外債務リスクを遮断したい場合は事業譲渡が選ばれる傾向があります。」
深掘りでは、譲渡対象資産が総資産の20%を下回るよう分割して段階的に譲渡するスキームの適法性・実務上のリスクが問われることがあります。
よくある質問(FAQ)
Q. 事業譲渡では従業員は自動的に買い手に移りますか?
A. 移りません。事業譲渡は個別の労働契約の移転であり、対象となる従業員一人ひとりから転籍への個別同意を得る必要があります。同意が得られない従業員は譲渡会社に残ることになります。
Q. 事業譲渡と株式譲渡はどう使い分けますか?
A. 会社全体(許認可・契約・簿外債務も含めて)をそのまま引き継ぎたい場合は株式譲渡、対象を選別しリスクを遮断したい場合は事業譲渡が選ばれる傾向があります。権利義務を包括承継させたい場合は会社分割も選択肢になります。
出典・参考(2026-07-25確認)
- e-Gov法令検索「会社法」(第467条・第22条・第23条の2等) https://elaws.e-gov.go.jp/
- 中小企業庁「M&A支援機関登録制度」関連資料 https://www.chusho.meti.go.jp/
- 経済産業省「中小M&Aガイドライン」 https://www.meti.go.jp/
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。