この記事で分かること
- 二項格子モデルの仕組み(上昇・下落、リスク中立確率、逆算)
- ヨーロピアン・コールとアメリカン・プットの2期間設例(途中式付き)
- 適用指針第11号における離散時間型モデルの位置づけと行使行動の反映
- ブラック・ショールズ式・モンテカルロ法との使い分け
30秒で分かる定義
二項格子モデル(Binomial Lattice Model、にこうこうしもでる)とは、原資産価格が各期間に「上昇」か「下落」の2通りだけ動くと仮定して株価の樹形図(格子)を作り、満期から逆算してオプションの価値を求める評価手法です。二項モデル、バイノミアル・モデルとも呼ばれます。
各ノード(節点)で「持ち続けた場合の価値」と「いま行使した場合の価値」を比べられるため、満期前に権利行使できるオプションや、株価水準に応じて行使行動が変わるオプションの評価に向いています。ブラック・ショールズ式のような解析解が使いにくい場面で用いられます。
日本基準では、企業会計基準適用指針第11号がストック・オプションの公正な評価単価の算定に用いる技法を「離散時間型モデル」と「連続時間型モデル」に分け、離散時間型の典型例として、1期間後の株価が一定の確率で上昇するか下落するかの2つのケースのみを想定する二項モデルを挙げています[1]。
なぜ実務で重要なのか
新株予約権・ストック・オプションの公正価値評価では、権利行使条件や行使行動を反映する必要があり、二項モデルが選ばれることがあります。評価を担うFAS・評価アドバイザリーと、これを確認する監査人・経理が主な利用者です。
転換社債(CB)や新株予約権付社債の評価では、転換権と発行体の繰上償還権が絡む早期行使を格子で扱えます。VC・PEの分野では、ラウンドごとの優先株の評価(オプション価格モデルによる株式価値の配分)や段階投資の価値評価で、同じ考え方が使われます。経営企画がリアルオプションを検討する際にも、格子は柔軟性の価値を直感的に示す道具になります(考え方はリアルオプション評価入門が参考になります)。
ブラック・ショールズ式は株価変動性・配当・金利がオプションの期間を通じて一定であることを仮定するため、本来その利用できるケースは限定されるべきだという指摘が、日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインにあります。同ガイドラインは、オプションの評価に二項モデルなどの格子モデルやブラック・ショールズモデルなどのクローズドモデルを用いるのが通常だとしています[2]。
計算式(仕 組み)
1期間の上昇率をu、下落率をdとし(株価がu倍・d倍になる)、1期間の無リスク金利をrとします。次の式は配当がない場合のもので、裁定機会が生じないよう d < 1 + r < u が成り立つ必要があります。リスク中立確率pと、各ノードの価値Vは次のとおりです。
V = [ p × V上昇 + (1 − p) × V下落 ] ÷ (1 + r)
早期行使が可能な場合:V = max(継続価値、行使価値)
pは現実世界で株価が上がる確率ではなく、「原資産とオプションの価格が裁定機会を生まない」ように逆算した計算用の確率(リスク中立確率)です。現実の期待収益率を使わない点が、意思決定ツリーとの大きな違いです。計算の手順は、①株価の格子を満期まで作る、②満期のペイオフを計算する、③1期ずつ割り引きながら逆算する、の3段階です。u = exp(σ√Δt)、d = 1 ÷ u のように期間の刻みΔtに応じてu・dを置く型(CRR型)では、刻みを細かくするほど、行使が満期だけのオプションの値はブラック・ショールズ式の値に近づきます。
整数設例で確認する
設例(架空数値)。現在の株価S=100、行使価格K=100、1期間の金利5%、2期間、u=1.25、d=0.8(上昇・下落の幅はd=1÷u)とします。
- 確率:p = (1 + 0.05 − 0.8) ÷ (1.25 − 0.8) = 0.25 ÷ 0.45 = 0.5556(5/9)。
- 満期の株価:Suu=100 × 1.25 × 1.25 = 156.25、Sud=100、Sdd=100 × 0.8 × 0.8 = 64。
- ヨーロピアン・コール(満期のみ行使):満期ペイオフは56.25、0、0。1期前の上昇ノード=(5/9 × 56.25 + 4/9 × 0) ÷ 1.05 = 29.76、現在=(5/9 × 29.76) ÷ 1.05 = 15.75。
- アメリカン・プット(満期前も行使可):満期ペイオフは0、0、36。下落ノード(S=80)は、継続価値=(5/9 × 0 + 4/9 × 36) ÷ 1.05 = 15.24、行使価値=100 − 80 = 20。20の方が大きいので早期行使が最適で、このノードの価値は20。上昇ノードは継続価値0・行使価値0(S=125はK以上)なので0。現在=(5/9 × 0 + 4/9 × 20) ÷ 1.05 = 8.47。
- ヨーロピアン・プット(満期のみ)は、下落ノードが15.24のまま → (4/9 × 15.24) ÷ 1.05 = 6.45。差の 8.47 − 6.45 = 約2.02が早期行使の価値です。
この設例は、各ノードで継続価値と行使価値を比べるという格子の核心を示すものです。実際の評価では、期間数を増やし、配当や株価変動性の見積りを反映します。
投資判断・会計上の位置付け
日本基準では、ストック・オプションの公正な評価単価の算定技法に、確立された理論を基礎とし実務で広く適用されていること、主要な特性をすべて反映していることという要件があります[1]。株式オプション共通の基礎数値として、行使価格、満期までの期間、算定時点の株価、株価変動性、期間中の配当額、無リスクの利子率が考慮されている必要があります。
ストック・オプションには譲渡が禁止(制限)される特性があり、連続時間型モデルでは満期までの期間に代えて予想残存期間を用い、離散時間型モデルでは、株価が一定率以上に上昇した時点で権利行使が行われるなど、従業員等の権利行使に関する行動傾向を想定します[1]。この「行使行動を格子に織り込める」点が、二項モデルが選ばれる実務上の主な理由です。
ストック・オプションの会計処理の全体像は株式報酬会計入門で扱っています。転換社債など負債と一体の商品では、格子の結果が負債部分と転換権部分の分解や、発行条件の妥当性の検証に使われます。
財務モデル・Excelでの使い方
- パラメータ表:S、K、金利、期間数、u、d、配当を入力セルに分け、
=EXP(変動性*SQRT(1期間の年数))のようにuを変動性から計算します(CRR型の置き方の一例)。d==1/u。 - 株価格子:行を時点、列を上昇回数にして
=S*u^上昇回数*d^(時点-上昇回数)。 - 価値格子:満期列にペイオフ
=MAX(格子-K,0)、以降は右から左へ=(p*上+(1-p)*下)/(1+r)。早期行使は=MAX(継続価値, K-S)。 - 検算:行使が満期のみのコールは期間数を増やしてブラック・ショールズ値に収束するか、ノードごとに確率の和が1かを確認する。
この用語をExcelで
二項格子を使ってオプションと早期行使の価値をノードごとにExcelで計算できる。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「pは株価が上がる確率」→pは裁定が働かないように逆算したリスク中立確率で、現実の確率ではありません。uとdは主に株価変動性と期間の刻みから置くもので、株価が上がるか下がるかという方向の予想(現実の期待収益率)は計算に入れません。
誤解2:「二項モデルはブラック・ショールズ式より精密なので常に優れている」→満期のみ行使で前提が成り立つなら、u・dを刻みに応じて置いたうえで期間数を十分細かくすれば、両者はほぼ一致します。二項モデルの強みは、早期行使や行使行動を取り込める柔軟性です。
誤解3:「期間を増やせば評価の信頼性が上がる」→計算は安定しますが、変動性・行使行動の見積り自体の不確実性は残ります。
確認ポイント:変動性の算定期間と予想残存期間の整合、行使行動の仮定、配当の扱いを確認します。
日本実務での扱い
(2026年11月時点)日本では、企業会計基準適用指針第11号第2項が「離散時間型モデル」「連続時間型モデル」を定義し、二項モデルとブラック・ショールズ式を典型例として挙げています。第5項から第7項は算定技法の要件、基礎数値、譲渡制限の反映方法を定めています[1]。
また、企業会計基準適用指針第31号(時価の算定)は、インカム・アプローチに現在価値技法とオプション価格モデルが含まれるとしています[3]。ストック・オプションの公正な評価単価の見積方法は、使用した評価技法と主な基礎数値(株価変動性、予想残存期間、配当、無リスクの利子率など)が注記事項として求められており、有価証券報告書の注記で確認できます[1]。評価そのものは、公認会計士やFASの評価専門家が行うことが多いとされます。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:ブラック・ショールズ式と二項モデルはどう使い分けますか。
「満期にだけ行使でき、変動性や金利が一定と置けるならブラック・ショールズ式で足ります。満期前の行使が可能であったり、株価が一定水準に達すると行使される行動があったりする場合は、ノードごとに継続価値と行使価値を比べられる二項モデルが適しています。ストック・オプションでは離散時間型で行使行動を織り込む方法が、適用指針でも想定されています。」
深掘り:リスク中立確率の意味、u・dの決め方、期間数を増やすとどう収束するか、モンテカルロ法との使い分け。
よくある質問(F AQ)
Q. 二項モデルとモンテカルロ・シミュレーションはどう違いますか。
A. 二項モデルは格子上で逆算するため、早期行使の判断が容易です。モンテカルロ法は経路を多数発生させて平均するため、経路依存の条件に強い一方、早期行使の扱いは追加の工夫が必要です。
Q. 設例の8.47は現実の価格ですか。
A. いいえ。架空の前提から計算した理論値です。実際の評価結果は評価人の前提により異なります。新株予約権の評価の全体像はストックオプション・新株予約権の公正価値評価を参照してください。
出典・参考(2 026-11確認)
- 企業会計基準委員会(ASBJ)「企業会計基準適用指針第11号 ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針(2005年12月27日公表)」第2項(用語の定義)・第5項から第7項. https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/stockop2.pdf(2026年11月参照)
- 日本公認会計士協会「経営研究調査会研究報告第32号 企業価値評価ガイドライン(2013年7月3日改正)」134頁(株式に付されたオプションの評価). https://jicpa.or.jp/specialized_field/publication/files/2-3-32-2a-20130722.pdf(2026年11月参照)
- 企業会計基準委員会(ASBJ)「企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針」第5項(評価技法). https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/ikan_20240701_48.pdf(2026年11月参照)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。