この記事で分かること
結論:AIに期待すべきは「鋭い質問」ではなく「抜けの少なさ」です
決算説明会や取締役会の前に想定問答(Q&A集)を作る仕事は、多くの会社でIR担当者と経営企画の一部の人に集中しています。ベテランは「今回はここを聞かれる」を高い精度で言い当てますが、その判断根拠は本人の頭の中にあって言語化されていません。だから引き継げず、担当者が替わると精度が落ち、増員しても分担できません。これが想定問答が属人化する構造です。
ここに生成AIを入れるとき、期待の置き方を間違えると失敗します。AIは、ベテランが持っている「鋭い一問」を出してはくれません。AIが出すのは、資料を機械的に走査して得られる、当たり障りのない質問を大量に含んだリストです。それでも価値があるのは、ベテランが1人で作ると必ず生じる「見落とし」を、機械的な網羅で埋められるからです。
つまり本記事の立場は次のとおりです。AIは網羅性の底上げに使い、質の判断は人が担う。AI出力の「量」を「網羅性」と読み替えてはいけません。132件出たからといって網羅できているわけではなく、むしろそこから自社固有の論点に絞り込む工程を設計できているかが実務の成否を分けます。
なお本記事は、決算説明会や取締役会を準備する側の記事です。他社の決算説明会の発言を分析する側の手順はAIで決算説明会の変化を捉える差分分析で扱っています。開示資料そのものの読み込み手順は生成AIで有価証券報告書・決算資料を読む実務手順に、月次の差異コメント作成は経営企画・FP&Aの生成AI活用に委ねます。
想定問答ができるまでの全体像(AIと人の分担)
工程を分けて置くと、どこが機械化できてどこができないかがはっきりします。AIが担うのは「拾う」までで、「捨てる」と「裏を取る」は人が担うという分担です。捨てる作業こそが自社固有の判断であり、ここを外注もAI化もできないから、想定問答の準備は今後も人の仕事として残ります。
想定問答の土台になる会議資料そのもの(Board Pack・エグゼクティブサマリー)の構成は経営会議資料・月次報告書の作り方で扱っています。本記事では資料の構成論は再説明せず、できあがった資料に対してどう質問を作るかから始めます。
なぜ想定問答は属人化するのか
属人化の原因は「経験がある人が偉い」からではありません。質問を予測する作業が、明文化されていない3つの知識に依存しているからです。
- 変化の履歴:前回どう説明したか、その前はどうだったか。資料に残っていても、担当者の頭の中にしかない対応関係が多い
- 相手の関心:どのアナリストがどのテーマを継続的に追っているか。名刺と面談メモには残っていても、質問の傾向としては整理されていない
- 言ってよい範囲の感覚:どこまで答えると未公表情報に踏み込むか。ルールとしては書かれておらず、過去の判断の蓄積として存在している
このうち、①と②はデータ化すればAIで機械的に処理できます。③はルール化が必要で、これが本記事後半の「開示可否の3区分」にあたります。属人化を解くというのは、この3つをそれぞれ別の仕組みに置き換える作業だと考えてください(本記事の整理です)。
質問の洗い出し:4つの供給源
①自社の資料から生成する(変化が質問を呼ぶ)
もっとも再現性が高いのがこの供給源です。原理は単純で、質問は「変化した箇所」に集中するという経験則に立ちます。前回と同じ数字・同じ表現が続いている論点は、すでに説明済みとして流されます。逆に、数字が動いた箇所と、前回と表現が変わった箇所は、ほぼ確実に質問対象になります。
したがって作業は、資料の要約ではなく2期分の差分抽出です。抽出するのは次の2種類だけです。
- 数値の変化:同じ指標で前回と値が異なるもの。差分と変化率を計算し、単位を明示する
- 記述の変化:同じ論点で表現・語順・強弱が変わったもの、前回あった記述が消えたもの、今回初めて出てきたもの
とくに見落とされやすいのが「消えた記述」です。前回まで独立した1ページを割いていた事業の説明が今回は1行になっている、という変化は、資料を順に読むと気づきません。差分として機械的に並べて初めて浮かびます。営業利益の増減要因を分解して説明する型は営業利益の増減要因分析(利益ブリッジ)を参照してください。
②過去の質疑応答の蓄積から拾う
自社の決算説明会・スモールミーティング・個別面談の記録を蓄積し、繰り返し出ている論点を抽出します。ポイントは、質問文をそのまま数えるのではなく、論点単位に正規化してから頻度を数えることです。「価格転嫁は進んでいますか」と「原材料高の影響はいつまで続きますか」は文面が違いますが、同じ論点として1つに数えます。
経営陣への直接質疑の運営形態についてはマネジメント・Q&Aセッションの用語ページも参考になります。記録が残っていない会社は、まずここから始めることになります。蓄積がゼロなら②の供給源は使えません。この事実を認めたうえで、今回から記録を残す運用を始めるのが現実的です。
③同業の開示から拾う
同業他社が説明していて、自社が説明していない論点を探します。これは「他社の説明を真似る」ためではありません。投資家が同業の資料を読んでいる以上、他社にあって自社にない項目は、そのまま質問になるからです。
作業としては、同業数社の直近の決算短信・決算説明資料の見出しを並べ、自社の見出しと突き合わせて差集合を取ります。適時開示のモニタリングを継続的に回す設計はAIでTDnetの適時開示を分類・モニタリングするで扱っています。なお他社資料の利用は各社の利用条件に従ってください。
④反対側から「弱点は何か」を問う
①〜③はいずれも資料に書いてあることが起点です。これだけだと、資料に書いていない弱点が漏れます。そこで、意図的に立場を反転させて「この会社を空売りするとしたら、どの数字を疑うか」「この資料でいちばん都合の悪い事実は何か」を問います。
この供給源は出力の質のばらつきが大きく、実務ではAIの案をそのまま使わず、経営企画とIRの担当者が読んで取捨するのが前提です。ただ、社内の人間には出しにくい質問(自社の説明の弱さを名指しする質問)が出てくる点に固有の価値があります。
AIに任せる範囲と人が判断する範囲
| 工程 | AIに任せる | 人が判断する |
|---|---|---|
| ①変化点の抽出 | 2期分の差分の機械的な列挙、差分の計算 | 抽出漏れの確認、重要でない変化の除外 |
| ②過去質疑の正規化 | 論点単位への分類の一次案、頻度集計 | 分類の妥当性、同一論点かの最終判断 |
| ③同業比較 | 見出しの対応づけ、差集合の抽出 | 同業の定義、比較可能性の判断 |
| ④弱点の提起 | 反対側からの質問案の生成 | 取捨、社内での扱い方の決定 |
| 統合・重複除去 | 重複候補の提示、統合案の作成 | 統合可否の確定 |
| 絞り込み | (任せない) | 自社固有か一般論かの判断 |
| 回答案の作成 | 公表済み情報だけを使った下書き | 回答の方針、表現、言い切りの強さ |
| 根拠の裏取り | (任せない) | 社内資料の該当箇所の特定と確認 |
| 開示可否の区分 | (任せない) | 3区分の割当てと承認 |
「任せない」と書いた3工程が、この業務の芯です。絞り込み・裏取り・開示可否は、社内の未公表情報と会社の意思決定に触れるため、原理的にAIに渡せません。渡してしまうと、後述する情報管理の問題に直結します。
①のプロンプト例(変化点から質問を作る)
入力するのはすでに公表済みの資料に限る点に注意してください。未公表の資料を入れると、この後の全工程が情報管理の問題を抱えます。
【役割】
あなたは日本の上場企業のIR実務を支援するアシスタントです。決算説明資料の「変化点」を機械的に洗い出し、投資家・アナリストから出うる質問の候補を作成します。
【目的】
添付した2期分の決算説明資料を比較し、変化点ごとに質問候補を作る。要約はしない。
【入力】
・資料A:当四半期の決算説明資料(公表済み・ページ番号つき)
・資料B:前四半期の決算説明資料(公表済み・ページ番号つき)
※未公表の情報は入力していません。入力にない事実を補わないでください。
【単位】
金額は百万円、比率は%(小数第1位)、比率の増減は「ポイント」と表記する。単位の異なる数値を同じ列に並べない。
【作業手順】
1. 資料Aと資料Bを見出し単位で対応づける。
2. 次の2種類の変化を抽出する。
(a) 数値の変化:同じ指標で値が異なるもの。差分と変化率を計算する。
(b) 記述の変化:同じ論点で表現・強弱が変わったもの、前回あって今回消えたもの、今回初めて現れたもの。
3. 変化1件につき質問候補を最大2件作る。質問は1文1論点とし、複数論点を混ぜない。
4. 各質問に「変化の種類(a/b)」「該当ページ」「変化前の記載」「変化後の記載」を付す。
【出力形式】
次の列を持つMarkdownの表。
No / 質問文 / 変化の種類(a/b) / 資料Aのページ / 資料Bのページ / 変化前の記載(原文引用30字以内) / 変化後の記載(原文引用30字以内) / 差分(数値変化の場合のみ、単位つき)
【禁止事項】
・入力資料にない数値・固有名詞・将来見通しを書かない。
・「一般に投資家が関心を持つ」といった一般論の質問を作らない。変化点に紐づかない質問は出力しない。
・当社の見解や回答案を書かない(本作業は質問の抽出のみ)。
・資料の要約をしない。
【不明情報の処理】
どちらの資料にも記載がなく判断できない場合は、その行を作らず、末尾に「判断できなかった箇所」として見出しとページ番号のみを列挙する。推測で埋めない。
【出典表示】
すべての行に資料名とページ番号を記載する。ページ番号を特定できない行は出力しない。
【検算】
出力の最後に次を記載する。
・抽出した変化の件数((a)と(b)それぞれ)
・生成した質問の件数
・「質問件数 ≦ 変化件数 × 2」が成立しているかの確認結果
【レビュー項目】
人が確認すべき点を最後に列挙する。少なくとも「差分計算の正誤」「引用が原文どおりか」「1文1論点になっているか」を含める。④の反対側からの質問は、目的が違うので別のプロンプトにします。同じ会話の中で続けると、①の禁止事項(一般論を作らない)が引きずられて出力が痩せます。
【役割】
あなたは、添付資料を発行した会社に対して懐疑的な立場をとる機関投資家のアナリストです。
【目的】
添付の公表済み決算説明資料について、「この資料でもっとも説明が弱い箇所」を指摘し、そこを突く質問を作る。
【作業手順】
1. 資料の中で、根拠が示されていない主張を列挙する(例:改善見込み、需要回復、一過性)。
2. 数値の裏付けがある主張と、ない主張を分けて示す。
3. 裏付けのない主張1件につき、質問を1件作る。質問は具体的な数値・時期・条件を尋ねる形にする。
【出力形式】
No / 指摘箇所(ページ) / 弱いと考えた理由 / 質問文 / この質問に答えるために会社が示すべき数値
【禁止事項】
・資料にない事実を前提にした質問を作らない。
・会社を非難する表現は使わない。事実と論理だけで書く。
・同じ論点を言い換えただけの質問を複数作らない。
【不明情報の処理】
資料からは判断できない場合、「判断不能」と明示し、何が分かれば判断できるかを1行で書く。
【検算】
出力の最後に、指摘箇所の件数と質問の件数を記載し、両者が一致していることを確認する。整数設例:東雲マテリアルの132件はどこまで減るか
架空の東証プライム上場・化学素材メーカー東雲マテリアル株式会社の第2四半期決算説明資料を題材に、件数の変化を追います。すべて架空の設例です。
| 工程 | 増減 | 件数 | 内訳 |
|---|---|---|---|
| ①自社資料の変化点 | +48 | 48 | 数値の変化29件、記述の変化19件 |
| ②過去の質疑の蓄積 | +36 | 84 | 直近4回の説明会の質疑を論点単位に正規化 |
| ③同業の開示との比較 | +27 | 111 | 同業4社の見出しとの差集合 |
| ④弱点を問う反対側 | +21 | 132 | 裏付けのない主張への質問 |
| 統合・重複除去 | −44 | 88 | ①②18件、①③11件、②③7件、④と他8件 |
| 自社固有への絞り込み | −41 | 47 | マクロ一般14件、資料本文で明示済み12件、影響軽微9件、質問として不成立6件 |
| 根拠の裏取り | −8 | 39 | 根拠を特定できず保留8件(担当部門へ照会) |
| 開示可否の区分と承認 | ±0 | 39 | 区分A 24件、区分B 9件、区分C 6件 |
検算を明示します。供給源の合計は 48+36+27+21=132件。重複の内訳は 18+11+7+8=44件で、132−44=88件。除外の内訳は 14+12+9+6=41件で、88−41=47件。裏取りで 47−8=39件。開示区分は 24+9+6=39件で残数と一致します。
比率で見ると、重複除去で 44÷132=33.3% が消え、絞り込みでさらに 41÷88=46.6% が消えます。最終的に想定問答集に載るのは 39÷132=29.5%、つまりAIが出した質問の約7割は使わないという結果になります。根拠を確認できた比率は 39÷47=83.0% です。
この設例で伝えたいのは、減り方の大きさそのものです。もし絞り込みで1割しか減らなかったとしたら、それは絞り込みができていない可能性が高い。逆に9割以上減るなら、供給源の設計が粗すぎて雑音を作っているだけの可能性があります。件数の推移を毎回記録し、前回と比べることで、自社の工程がどこで壊れているかを検知できます(本記事の提案です)。
回答の裏取り様式
この様式の要点は「根拠となる社内資料と該当箇所」の欄です。ここに資料名だけを書かせないのがコツで、ページ番号や表番号まで書かせると、書けない回答案がはっきり浮かびます。書けないということは、その回答は誰かの記憶か推測に基づいているということです。
そこで運用ルールを1つだけ置きます。根拠が空欄の回答案は使わない。設例の8件がこれに当たります。この8件は削除するのではなく「保留」として別ファイルに移し、担当部門への照会期限を入れて追いかけます。削除すると、次回また同じ質問が湧いて同じ議論を繰り返すからです。
回答レベルの3段階(詳細に答える/方針のみ/答えない)は、次節の開示可否の3区分と1対1で対応させます。対応させておくと、当日その場で判断する必要がなくなり、判断のばらつきが減ります。
開示可否の判定基準:3区分に必ず割り当てる
実務でいちばん効くのは、すべての想定問答に必ずA・B・Cのどれかを割り当てるというルールです。区分が空欄の質問が1件でも残っていると、その場の空気で答えることになります。
もっとも危険なのが区分B(公表予定だが未公表)です。答えたい情報がすでに社内で固まっているため、つい「まだ正式には言えませんが、おおむね◯◯の方向です」と口が滑ります。この一言が、個別の面談の場で出ると問題になり得ます。だから区分Bの回答案には、数値を一切書かないという書式上の制約をかけます。書いていなければ読み上げようがありません。
取締役会(社内)とIR(社外)で扱いが違う
同じ質問でも、社内と社外で回答レベルが変わります。ここを混同すると事故になります。
取締役会は会社の意思決定と監督の場であり、東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コード(2021年6月11日)では、補充原則4-12①として、取締役会の資料が会日に十分に先立って配布されること、資料以外にも必要に応じて会社から取締役に対して十分な情報が(適切な場合には要点を把握しやすいように整理・分析された形で)提供されるようにすることが挙げられています。また補充原則4-13①では、社外取締役を含む取締役は、必要と考える場合には会社に対して追加の情報提供を求めるべきであるとされています。したがって社内向けの想定問答は、区分B・Cも含めて答えられる状態にしておくのが原則です。むしろ「答えられない」ほうが問題になります。
一方、社外向けのIRでは、金融商品取引法第27条の36(重要情報の公表。いわゆるフェア・ディスクロージャー・ルール)が置かれています。同条第1項は、上場会社等またはその役員等が、その業務に関して「取引関係者」に、当該上場会社等の運営・業務・財産に関する公表されていない重要な情報であって投資者の投資判断に重要な影響を及ぼすもの(重要情報)の伝達を行う場合には、当該伝達と同時に当該重要情報を公表しなければならないと規定しています。ただし、取引関係者が法令または契約により、公表前に当該重要情報に関する秘密を他に漏らさず、かつ当該上場会社等の上場有価証券等に係る売買等をしてはならない義務を負うときは、この限りでないとされています(同項ただし書)。また同条第2項では、伝達した情報が重要情報に該当することを知らなかった場合等について、伝達が行われたことを知った後、速やかに当該重要情報を公表しなければならないと規定されています。
※上記は条文の記載を示したものです。個別の情報が「重要情報」に当たるか、誰が「取引関係者」に当たるかの判断は解釈を伴い、本記事は解釈を示すものではありません。実際の運用は必ず自社の法務部門・顧問弁護士にご確認ください。インサイダー取引規制との関係はインサイダー取引規制と大量保有報告制度で扱っています。
実務的な含意はシンプルです。取締役会用とIR用の想定問答集は、同じファイルで管理しない。列を分けるのではなく、ファイルを分けます。列で分けていると、社外向けの場で社内向けの列を読んでしまう事故が起こり得るためです(本記事の提案です)。
「公表済みか」を判定する材料
区分Aかどうかの判定は、意外に迷います。判断材料として、日本取引所グループが示す「適時開示が求められる会社情報」の一覧が使えます。同ページ(2026年7月10日現在)では、上場会社の情報として決定事実・発生事実・決算情報・業績予想や配当予想の修正等が列挙され、決定事実と発生事実にはそれぞれ「その他上場会社の運営、業務若しくは財産又は当該上場株券等に関する重要な事項/重要な事実」という包括的な項目が置かれています。
想定問答を作るときは、この一覧を「この質問に答えると開示事項に触れうるか」のチェックリストとして横に置くと、区分の判定が速くなります(本記事の提案です)。業績予想の修正に関する基本的な考え方は業績予想の開示と修正の用語ページに整理しています。エクイティストーリーの組み立て方は資本政策とIRを参照してください。
AIに入れてはいけない情報
この業務は、性質上、未公表情報のすぐ隣で作業します。未公表の決算数値、取締役会資料、係争中の案件に関する情報、人事情報は、外部の生成AIサービスに入力しないでください。区分B・Cの回答案そのものも同様です。
使えるのは次の2通りです。第一に、すでに公表済みの資料だけを入力する方法。本記事の①③④のプロンプトはこの前提で書いています。第二に、社内で閉じた環境(自社が契約・管理する範囲で入力データが外部の学習に利用されない構成)を用意し、その中で機微情報を扱う方法です。②の過去質疑の蓄積は社内記録なので、後者に該当することが多いはずです。詳細は生成AIに入れてよい情報・いけない情報を参照してください。
想定問答の検証方法
ハルシネーションの一般的な見抜き方は生成AI出力の検証手順に、類型はハルシネーションの用語ページに譲り、ここではこの業務に固有の検証項目だけを挙げます。
- 変化点が実在するか:質問の根拠とされた変化について、該当ページを実際に開いて確認する。AIは「変わっていない箇所」を変わったと書くことがある
- 引用が原文どおりか:AIは引用を要約する癖がある。原文引用の欄は必ず現物と照合する
- 差分計算の再計算:比率の増減が「%」と「ポイント」で取り違えられていないか
- 根拠欄の充足:資料名・ページ・表番号まで埋まっているか。空欄は保留に回す
- 根拠資料が本当にその内容を述べているか:ページ番号は合っていても、そのページが別の論点を扱っていることがある
- 3区分の割当漏れ:A・B・Cのいずれも入っていない行がないか
- 区分B・Cの回答案に数値が混入していないか:文字列検索で数字を機械的に検出する
- 取締役会用とIR用のファイルが分かれているか:ファイル名と保存場所を確認する
- 版数と作成日:想定問答集は当日まで更新されるため、版数がないと古い版が配られる
- 事後の突き合わせ:実際に出た質問と想定問答を照合し、当てられなかった質問を記録する。これが次回の②の入力になる
10番目が最重要です。的中率ではなく「取りこぼした質問の一覧」を残すことが、翌期以降の網羅性を上げます。的中率は当日の質問の巡り合わせに左右されるため、工程の良し悪しの指標になりません。
機密情報・個人情報の注意
想定問答の作成は、未公表の決算数値や取締役会資料と隣接する業務です。外部の生成AIサービスに入力してよいのは公表済み資料に限り、社内記録や区分B・Cの回答案は、自社が管理する閉じた環境でのみ扱ってください。過去の質疑記録に含まれるアナリスト個人の氏名・所属は、分析の目的上ほぼ不要なので、入力前に匿名IDへ置き換えます。社内ルールの作り方は生成AIの機密管理と社内ルールを参照し、必ず自社の規程と契約条件に従ってください。
よくある失敗
- AI出力の件数を網羅性と誤認する:132件を「網羅できた」と読むと、絞り込みの工程が形骸化します。件数は雑音を含んだ粗い母集団にすぎません
- 根拠が空欄のまま回答案が独り歩きする:一度想定問答集に載った文章は、次回そのまま引き継がれます。根拠のない文章が数期にわたって生き残る典型的な経路です
- 区分Bで数値を口にしてしまう:回答案に数値を書かない書式上の制約をかけていないと、その場の善意で答えてしまいます
- 取締役会用とIR用を同じファイルで管理する:列で分けたつもりでも、印刷・画面共有で見えます。ファイルを分けます
- 想定問答集が長すぎて本番で使えない:1問の回答案が5行を超えると、その場では読めません。回答案は3行以内、詳細は別紙の該当ページ番号で参照させます
実務チェックリスト
- 入力した資料はすべて公表済みか。未公表資料を外部サービスに入れていないか
- 4つの供給源のうち、使えなかったものと理由を記録したか(②の蓄積がない等)
- 変化点の抽出で、数値の変化だけでなく記述の変化・消えた記述も拾ったか
- 各工程の件数(供給源別・重複除去後・絞り込み後・裏取り後)を記録したか
- 絞り込みで除外した理由を4類型程度に分類し、件数を残したか
- すべての回答案に、資料名・ページ・表番号まで書かれた根拠があるか
- 根拠が空欄の行を「保留」に分離し、照会先と期限を入れたか
- すべての行に開示可否の区分(A/B/C)が入っているか
- 区分B・Cの回答案に数値が入っていないか(文字列検索で確認)
- 回答レベル(詳細/方針のみ/答えない)が3区分と対応しているか
- 取締役会用とIR用でファイルが分かれているか
- 版数・作成日・承認者が入っているか
- 当日の実際の質疑を記録し、想定できなかった質問を一覧化したか
- 次回に向けて、取りこぼした質問を②の入力データに追加したか
日本企業・日本市場での留意点
第一に、②の供給源の質は会社によって大きく差が出ます。決算説明会の質疑応答を書き起こしてサイトに掲載する会社もあれば、社内メモしか残らない会社もあります。掲載していない会社では、社内記録の粒度がそのまま想定問答の精度になります。
第二に、対話の相手ごとに論点が違います。機関投資家との個別面談、決算説明会、個人株主向け説明会では、関心の中心が変わります。同じ想定問答集を使い回すと、噛み合わない回答になりがちです。相手区分の列を1つ足すだけでも実務は変わります。
第三に、対話の体制そのものが開示対象になっています。コーポレートガバナンス・コードの補充原則5-1②では、株主との建設的な対話を促進するための方針に記載すべき事項として、対話を補助する社内のIR担当・経営企画・総務・財務・経理・法務部門等の有機的な連携のための方策や、対話に際してのインサイダー情報の管理に関する方策などが挙げられています。想定問答の作り方と開示可否の判定ルールは、この「方策」の中身を具体化したものと位置づけられます(本記事の整理です)。
よくある質問(FAQ)
AIが出した質問が、当日の質疑で1件も的中しませんでした。準備は無駄でしたか。
的中率はこの工程の指標として適切ではありません。当日の質問は、その日の相場・他社のニュース・出席者の顔ぶれに左右されるためです。評価すべきは「当日出た質問のうち、社内で一度も検討していなかったものが何件あったか」です。この件数が減っていれば、工程は機能しています。的中しなかった39件も、経営陣が自社の論点を整理する材料として使われています。
想定問答集は何件くらいが適正ですか。
一律の正解はありませんが、本番で読めるかどうかが上限を決めます。決算説明会の質疑が30分で10件前後なら、その場で参照できるのはせいぜい数件です。したがって、想定問答集は「当日手元に置く抜粋版(10〜15件程度)」と「準備用の全件版」に分けるのが実務的です。全件版の件数は、資料のボリュームと事業セグメント数に比例して増えます。設例の39件は、単一事業に近い中堅メーカーを想定した規模感です。
過去の質疑応答の記録を、生成AIに学習させてもよいですか。
「学習させる」の意味を分けて考える必要があります。外部サービスに入力したデータが提供事業者のモデル学習に利用されるかどうかは、契約プランと設定によって異なり、各社の公式ドキュメントで確認すべき事項です。実務上は、社内記録を外部の学習に使わせない構成を選び、そのうえで検索・参照の対象として使う設計(社内文書を出典付きで参照させる構成)が一般的です。この構成の考え方は生成AIで開示資料を読む実務手順と機密管理の記事で扱っています。
まとめ
想定問答の準備にAIを入れる意味は、ベテランの勘を再現することではなく、誰がやっても抜けが少ない状態を作ることにあります。そのために本記事では、質問を4つの供給源から機械的に集め、統合・絞り込み・裏取り・区分割当てという4段階で減らす工程を示しました。
設例では132件が39件になりました。約7割を捨てる作業こそが自社固有の判断であり、そこにしか実務の付加価値はありません。AIは、捨てる作業に集中できるだけの母集団を、短時間で用意してくれる道具です。
最後に、この工程を回すために必要なのは高度なツールではありません。根拠が空欄の回答案は使わないという1行のルールと、すべての質問に開示可否の区分を必ず割り当てるという1行のルール。この2つを守るだけで、想定問答の品質は目に見えて変わります。
「変化が質問を呼ぶ」を自社の数字で確かめる
質問が集まる場所は、数字が動いた箇所です。モデリングラボで前提を動かし、どの指標がどれだけ動くと説明が必要になるのかを手で確かめてから、想定問答の裏取り様式を埋めてみてください。
出典・参考(2026-08-16確認)
- 金融商品取引法(昭和二十三年法律第二十五号)第二十七条の三十六「重要情報の公表」/e-Gov法令検索 laws.e-gov.go.jp(第1項・第2項・第4項の規定を確認)
- 金融庁「金融商品取引法第27条の36の規定に関する留意事項について(フェア・ディスクロージャー・ルールガイドライン)」 fsa.go.jp(本記事ではガイドラインの個別の解釈には立ち入っていません)
- 日本取引所グループ「適時開示が求められる会社情報」(2026年7月10日現在) jpx.co.jp(決定事実・発生事実・決算情報・業績予想等の区分と包括項目を確認)
- 株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」2021年6月11日 補充原則4-12①・4-13①・5-1② jpx.co.jp
- 設例(東雲マテリアル株式会社)は架空です。件数はすべて本記事で設定した仮の数値であり、実在企業の数値ではありません。
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・会計・投資に関する助言ではありません。実際の判断は専門家にご確認ください。設例は理解のための仮設例です。AI製品の仕様・料金は変更されることがあるため、利用前に各社の公式情報をご確認ください。