この記事で分かること
- 有報の「サステナビリティに関する考え方及び取組」欄に何を書くか
- ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標という4本柱の構成
- 人的資本の指標と目標を整数設例で設計する手順
- SSBJ基準の策定と適用に向けた日本の制度動向(2026年8月時点)
30秒で分かる定義
有価証券報告書のサステナビリティ情報開示とは、2023年3月31日以後に終了する事業年度の有報から新設された「サステナビリティに関する考え方及び取組」欄において、気候変動や人的資本などのサステナビリティ関連の取組を記載する開示をいいます。内閣府令の改正により導入されたもので、財務諸表の外側にある非財務情報を、法定開示書類の中で構造的に説明することが求められるようになりました。記載はガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標の4区分で構成され、うちガバナンスとリスク管理は必須、戦略と指標及び目標は重要性に応じて記載する枠組みです(2026年8月時点)。
なぜ実務で重要なのか
IR・経営企画・サステナビリティ部門にとっては、任意の統合報告書と違い、有報は法定開示書類であるため記載の正確性に責任が伴います。株式リサーチ・運用では、任意開示にありがちな良い話だけの構成と異なり、同じ枠組みで各社を横比較できる点に価値があります。投資銀行・PEでも、気候関連の移行リスクが将来の設備投資や資産の耐用年数に影響する場合、バリュエーションの前提に組み込む必要があります。有報全体の読み方は有価証券報告書の読み方を参照してください。
仕組み:4本柱と人的資本の必須記載
| 区分 | 記載内容 | 位置づけ |
|---|---|---|
| ガバナンス | 監視・監督の体制と手続 | 必須 |
| リスク管理 | 識別・評価・管理のプロセス | 必須 |
| 戦略 | 短中長期での事業への影響と対応 | 重要性に応じて記載 |
| 指標及び目標 | 測定に用いる指標・目標・実績 | 重要性に応じて記載 |
この4区分は、気候関連財務情報の開示枠組みとして国際的に普及したTCFD提言の構成と同じ考え方に立っています。加えて人的資本については、人材の多様性の確保を含む人材育成方針・社内環境整備方針と、それに対応する指標・目標・実績の記載が求められます。また有報の「従業員の状況」欄では、女性管理職比率・男性の育児休業取得率・男女間賃金差異といった指標が、公表を行っている会社について記載されます。この2つの欄の数値は整合していなければならないという点が、実務上の最初のチェックポイントです。
整数設例で確認する
設例(架空数値)。C社が人的資本の指標と目標を設計する場面を考えます。
- 従業員数:1,000名 / うち管理職:100名 / うち女性管理職:12名
- 男性の平均年間賃金:6,000千円 / 女性の平均年間賃金:4,800千円
- 目標:2030年度に女性管理職比率20%(管理職総数は100名で変わらないと仮定)
ステップ1:現状値。女性管理職比率は 12 ÷ 100 = 12.0%。男女間賃金差異は 4,800 ÷ 6,000 = 80.0%(男性を100としたときの女性の水準)。
ステップ2:目標達成に必要な人数。100名 × 20% = 20名。現状12名との差は 20 − 12 = 8名です。
ステップ3:年間ペース。2026年度から2030年度までを4年とすると、8名 ÷ 4年 = 年 2名の純増が必要です(検算:12 ÷ 100 = 0.12、100 × 0.20 = 20、20 − 12 = 8、8 ÷ 4 = 2)。
ここまで分解すると、開示すべきことが具体化します。目標を掲げるだけでなく、年2名の純増をどの施策で実現するのかを「戦略」欄で説明できて初めて、開示として機能します。逆に、施策の裏づけなく高い目標だけを掲げれば、翌期以降に未達を説明し続けることになります。
開示・規制上の位置付け
サステナビリティ情報は、有価証券報告書という法定開示書類の一部です。虚偽記載があれば金融商品取引法上の責任の問題が生じ得ますが、他方で将来に関する記述は不確実性を伴います。この緊張を緩和するため、将来情報について、合理的な根拠と検討過程に基づいて記載していれば、結果として実績が異なっても直ちに虚偽記載の責任を問われるものではない、という考え方が金融庁から示されています(詳細は同庁の公表資料をご確認ください。2026年8月時点)。
したがって実務では、記載した数値や目標についてどのようなプロセスと根拠で決めたかを社内に残すことが防御になります。気候関連では、移行リスクが固定資産の耐用年数や将来の除去費用の見積りに波及することがあり、財務諸表側の見積りとの整合も問われます(引当金と偶発債務)。
実務での調べ方・確認手順
- EDINETで有報を開き、「第一部 企業情報」の事業の状況にある「サステナビリティに関する考え方及び取組」を確認する:4区分の見出しがそろっているか、必須のガバナンス・リスク管理が実質的に書かれているかを見ます
- 「従業員の状況」欄の3指標と突き合わせる:女性管理職比率などの数値が、サステナビリティ欄の目標・実績と一致しているかを確認します。ここが食い違う開示は珍しくありません
- 前期の有報と並べて差分を読む:目標が下方修正されていないか、指標の定義(対象範囲が単体か連結か)が変わっていないかを確認します
- 任意開示との整合を見る:統合報告書やサステナビリティレポートに載っている数値と有報の数値が異なる場合、集計範囲や基準日の違いが原因であることが多く、その説明が開示されているかを確認します
この用語を実務で
有報のサステナビリティ欄と従業員の状況欄を突き合わせ、指標・目標・実績の整合を自分でチェックできるようになる。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「すべての会社が気候変動のシナリオ分析を書かなければならない」→ 正しくは、戦略と指標及び目標は重要性の判断に基づきます。ガバナンスとリスク管理は必須ですが、気候変動が事業に与える影響の重要性は業種によって異なり、記載の深さも異なります。
誤解2:「非財務情報だから会計監査の対象外で、正確性は問われない」→ 正しくは、法定開示書類の一部として虚偽記載の責任の対象になり得ます。実務家はさらに、指標の算定範囲(連結か単体か、国内のみか)が明示されているか、前期と定義が変わっていないかを確認します。
日本実務での扱い
(2026年8月時点)日本では、内閣府令の改正により2023年3月31日以後に終了する事業年度の有価証券報告書からサステナビリティ情報の記載欄が設けられました。あわせて、コーポレートガバナンス・コードでもサステナビリティを巡る取組の開示が求められており、有報とコーポレート・ガバナンス報告書の双方で情報が発信される構造になっています。
基準面では、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が日本におけるサステナビリティ開示基準を開発し、2025年に最初の基準が公表されました。国際的なISSB基準との整合を図りつつ日本の実務に適合させる設計で、その適用時期や対象範囲(時価総額の大きい上場会社から段階的に適用する方向が議論されています)については、金融庁における制度整備の動向を確認してください。制度が動いている領域のため、記事や書籍の記述ではなく金融庁とSSBJの公表資料で最新の状況を確認するのが実務の作法です。
読み手の立場では、開示が始まって間もない領域であるため、会社間で記載の粒度に大きな差があります。横比較する際は、記載量ではなく、指標の定義・算定範囲・目標の根拠がどこまで具体的に書かれているかで質を判断するのが実用的です。
実務での想定問答
Q:有報のサステナビリティ開示を、投資判断にどう使いますか?
「まず必須のガバナンスとリスク管理の記載から、サステナビリティ課題が経営の意思決定プロセスに組み込まれているかを見ます。次に指標及び目標を、従業員の状況欄の実績値と突き合わせて整合を確認します。そのうえで、掲げた目標に対して戦略欄で具体的な施策が説明されているかを見ます。目標と施策と実績が接続していれば信頼度が高く、目標だけが立派で施策の説明がない場合は割り引いて読みます。」
よくある質問(F AQ)
Q. サステナビリティ情報は監査の対象ですか?
A. 財務諸表監査の対象は財務諸表であり、サステナビリティ情報はその範囲外です。ただし監査人には、財務諸表以外の記載内容と財務諸表との間に重要な相違がないかを検討する手続があります。将来的な保証(アシュアランス)の枠組みについては制度整備が議論されている段階のため、最新の状況は金融庁の資料で確認してください(2026年8月時点)。
Q. 中小規模の上場会社でも同じ量の開示が必要ですか?
A. ガバナンスとリスク管理は会社の規模にかかわらず必須ですが、戦略と指標及び目標は重要性に応じた記載です。したがって、事業への影響が限定的であれば記載は簡潔になり得ます。重要なのは分量ではなく、重要性の判断過程を自社の言葉で説明できることです。
出典・参考(2 026-08確認)
- 金融庁(企業内容等の開示に関する内閣府令の改正・サステナビリティ開示関連資料) https://www.fsa.go.jp/
- EDINET(有価証券報告書のサステナビリティに関する考え方及び取組) https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/
- 日本取引所グループ(コーポレートガバナンス・コード関連資料) https://www.jpx.co.jp/
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。