この記事で分かること

  • SaaS Quick Ratioの定義と、NRRとの視点の違い
  • 計算式と整数設例による検算
  • MRRウォーターフォールへの組み込み方(Excel)
  • 日本のSaaS企業の開示実務での位置付け(2026年8月時点)

30秒で分かる定義

SaaS Quick Ratio(読み方:くいっくれしお)とは、当月の新規MRR(月間経常収益)とアップセルMRR(既存顧客の拡大分)の合計を、解約MRRとダウンセルMRR(既存顧客の縮小分)の合計で割った比率で、会社全体の成長が解約・縮小に対してどれだけの倍率で上回っているかを示す指標です。財務分析でおなじみの流動比率(Quick Ratio)とは名前が同じですが、計算式も対象も全く異なるSaaS業界独自の指標です。

なぜ実務で重要なのか

VC・グロースエクイティは、投資先SaaS企業のMRR成長が「新規獲得中心の健全な成長」か「解約と紙一重の自転車操業的な成長」かを、この一つの倍率で素早く判断します。SaaS企業のFP&A・経営陣は、月次のMRRウォーターフォール(新規・拡大・解約・縮小の内訳)を作成する過程でQuick Ratioを算出し、営業・カスタマーサクセスへの投資配分の判断材料にします。NRR(ネット・レベニュー・リテンション)が既存顧客だけを見るのに対し、Quick Ratioは新規獲得も含めた会社全体の総量を見る点で補完的な指標です。

計算式

SaaS Quick Ratio =(新規MRR + アップセルMRR)÷(解約MRR + ダウンセルMRR)

分子は「MRRを増やす要因(New+Expansion)」、分母は「MRRを減らす要因(Churn+Contraction)」の合計です。業界の目安としては4倍以上が健全な成長、2倍を下回ると要注意、1倍を下回れば解約・縮小が新規獲得・拡大を上回っている危険な状態とされます(いずれも業界通念としての目安であり、公式な統一基準ではありません)。

整数設例で確認する

設例(架空数値、単位:万円)。当月のMRR内訳を、新規獲得MRR=800、アップセルMRR=200、解約MRR=150、ダウンセルMRR=50とします。

SaaS Quick Ratio =(800+200)÷(150+50)= 1,000 ÷ 200 = 5.0倍

検算:800+200=1,000(分子)、150+50=200(分母)、1,000÷200=5.0。目安とされる4倍を上回っており、新規獲得・拡大が解約・縮小を大きく上回る健全な成長ペースにあると判断できます。なお、この月の純増MRR(Net New MRR)は 1,000-200=800(万円)であり、Quick Ratioが高くても純増額自体が小さい早期ステージの会社もあるため、倍率と金額の両方を確認する必要があります。

投資判断への影響

VCは、Quick Ratioの水準だけでなく、その推移(3〜6か月の時系列)を重視します。単月のQuick Ratioが5.0倍でも、解約MRRの絶対額が急増している場合、分母がまだ小さいだけで将来的に比率が急落するリスクがあるためです。SaaS Magic Numberが「営業投資に対する売上創出効率」を見るのに対し、Quick Ratioは「成長の質(新規対解約のバランス)」を見る指標であり、両方を組み合わせて評価するのが実務的です。

財務モデル・Excelでの使い方

MRRウォーターフォール表(New・Expansion・Churned・Contractionの4区分を月次で並べた表)を作成し、Quick Ratioを自動計算する数式を組みます。

  • MRRウォーターフォール表の各月について、=(New MRR+Expansion MRR)/(Churned MRR+Contraction MRR)でQuick Ratio行を計算する
  • 分母がゼロに近い月は数式がエラーまたは極端な値になるため、IFERRORで例外処理を入れる
  • 月次のQuick Ratio推移を折れ線グラフにし、4倍・2倍のラインを目安として重ねて視覚化する

SaaS指標全体の体系はSaaS・スタートアップ指標の体系で解説しています。

この用語をExcelで「組める」状態にする

MRRウォーターフォールからQuick Ratioを自動計算し、成長の質を月次で追跡できるモデルを設計できるようになる。

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実務家が確認するポイントとよくある誤解

誤解1:「Quick Ratioが高いほど常に良い」→ 正しくは、分母(解約)が極端に小さい初期ステージの会社では数値が歪みやすく、絶対水準だけでなく推移を見る必要があります。

誤解2:「NRRと同じ情報を示す」→ 正しくは、NRRは既存顧客のみを対象にしたネット拡大率、Quick Ratioは新規獲得も含めた会社全体の総量に対する比率であり、視点が異なります。

誤解3:「年間ベースでも同じ計算式でよい」→ 正しくは、Quick Ratioは月次MRRを前提とした指標であり、年次(ARR)ベースに単純に置き換えると、解約が特定の月に集中する実態が平準化されて見えにくくなります。

日本実務での扱い

Quick Ratioは日本の会計基準・法令上の定義があるものではなく、米国発のSaaS業界の実務慣行に由来する任意の経営指標(KPI)です。日本のSaaS企業のIPO関連開示(有価証券届出書・目論見書、東京証券取引所グロース市場の「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示)では、ARR・解約率等の開示例は増えていますが、Quick Ratio自体を単独の開示KPIとして採用する例は限定的であり、投資家との月次レポーティングや取締役会資料の中で用いられることが多いのが実務の実態です(推定、2026年8月時点)。

面接・モデルテストで問われるポイント

Q:Quick Ratioが3か月連続で2倍を下回っているSaaS企業について、投資判断上どのような点を確認しますか。
「まず解約・縮小MRRの内訳(特定の大口顧客の解約か、幅広い顧客での縮小か)を確認します。次にNRRとチャーンレートを併せて見て、既存顧客基盤の劣化が進んでいるのか、単に新規獲得ペースが鈍化しているだけなのかを切り分けます。最後に、営業投資(S&M費用)とMagic Numberを確認し、新規獲得の効率自体に問題がないかを検証します。」

深掘りでは「Quick Ratioが分子・分母のどちらの変化によって悪化しているかをどう特定するか」が問われます。

よくある質問(FAQ)

Q. Quick Ratioの目安はどのくらいですか?
A. 業界では4倍以上が健全とされ、1倍を下回ると解約が新規獲得を上回っている危険水準とされることが多いです(推定・目安であり、公式な統一基準ではありません)。

Q. 分母(解約・縮小MRR)がゼロの場合はどう扱いますか?
A. 計算上は分母ゼロで数式が成立しないため、極小規模の会社では倍率だけに頼らず、新規・解約それぞれの金額の絶対水準も併せて確認するのが実務的な対応です。

出典・参考(2026-08確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。

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