想定読者:セールス&トレーディング(S&T)、トレーディング・オペレーション、リスク管理を目指す学生や若手
前提知識:指値・株数・発行済株式数の意味。計算は割り算と掛け算だけです。

結論:価格・​数量・​金額を​別々の​物差しで​止める

ファットフィンガー(担当者の入力ミス)は、入力がそのまま取引になる場面で起きます1。一方、フラッシュクラッシュ(短時間の急落と回復)は入力ミスから起きるとは限りません2。本記事は性質の違う2つの事例を、「市場に届く前に、どの物差しなら止められたか」という問いで読みます。

結論は3点です。価格・数量・金額の誤りは別々の物差しでないと見つかりません。止める関門は社内と取引所に分かれ、守備範囲が違います。閾値(止める基準の数値)をきつくすると、正当な大口注文も止まります。本記事の閾値は編集部が学習用に置いた例示で、実務の基準や特定の金融機関の設定ではありません。

事例1:ジェイコム株​(2005年)

2005年12月8日、東証マザーズに新規上場したジェイコム株式会社の株式で、みずほ証券は顧客の「61万円で1株」の売りを、午前9時27分に「1円で61万株」として発注しました。このとき672,000円の特別買気配(買いが多く値が付かず、気配だけを示す状態)が出ていました3。61万円×1株も1円×61万株も金額は610,000円で、金額の上限だけでは入れ替わりを区別できません。

初値は672,000円で決まり、制限値幅(1日の値動きの上限・下限)は上下100,000円になりました。残った1円の売りは下限572,000円の売りとみなされて約定が続き、みずほ証券の取消しは、東証の売買システムの不具合で実行されませんでした4。金融庁は同月22日の業務改善命令で、発注端末の金額・株数の上限値が多くの場合過大だったこと、新規公開銘柄では初値が付くまで機能しないこと、警告の解除が容易だったことを指摘しました5。

当日の約定は合計708,124株で、発行済株式数14,500株の約48.84倍です。株券の受渡し(DVP決済では代金との同時交換)ができないため、日本証券クリアリング機構が決済条件を改定し、特別決済値段912,000円に株数を掛けた金銭で12月13日に決済しました6。数量と価格の物差しなら異常は明らかで、注文数量は発行済株式数の約42.07倍(610,000÷14,500)、価格は特別買気配に対し約−99.9999%((1−672,000)÷672,000)でした。

東証は2009年12月4日の会見で、約415億円の損害賠償請求に対し、東京地裁が107億1212万円余と利息の支払いを命じる判決を出したと説明しています7。判決文と控訴審以降は一次資料で確認できていないため、立ち入りません。

事例2:2010年5月6日の​米国の​急落

こちらは入力ミスではありません。米国のCFTC(商品先物取引委員会)とSEC(証券取引委員会)の職員報告書によれば、午後2時32分、ある投資信託グループが株価指数先物E-Mini 75,000枚(約41億ドル)の売りを、直前1分間の出来高の9%を目標とし、価格も時間も考慮しない執行アルゴリズム(アルゴ執行の​解説)に任せました。以前の同規模の売りは5時間超かかりましたが、報告書は今回「わずか20分」で執行したとしています8。

E-Miniは2時41分からの約4分で約3%下がり、2時45分28秒にCMEの停止機能で5秒間取引が止まった後、安定に向かいました9。個別株ではマーケットメイカーなどが自社の自動停止を受けて気配を引き、2時40分〜3時に300銘柄超・2万件超の取引が2時40分の価格から60%以上離れて成立し、引け後に取り消されました10。報告書は、価格を考慮しない大口の自動執行が荒れた局面で極端な値動きを招き得ることを教訓に挙げています。

対策として、個別銘柄が5分間に10%動けば5分間止めるサーキットブレーカーの試行が始まり、範囲外の取引を直接防ぐ方式も検討課題とされました11。この Limit Up-Limit Down は2012年5月31日に試行承認されました。SEC職員の2017年の論文では、3ドル超の銘柄の価格帯はTier 1(S&P500採用銘柄など)で上下5%、Tier 2で上下10%(寄付き後・引け前は2倍)、帯に達した状態(Limit State)が15秒で解消しなければ5分間停止です12。米国の制度であり、現行の細目は確認していません。

図表1:2つの事例の時系列
時点(現地)出来事数値・出所
2005年12月8日9時27分、「61万円で1株」の売りを「1円で61万株」で発注特別買気配672,000円(R3)
同日初値672,000円。下限572,000円の売りとして約定が続き、取消しが効かず約定708,124株、発行済14,500株(R3・R5)
2009年12月4日東京地裁が東証に支払いを命じる判決請求約415億円、107億1212万円余と利息(R6)
2010年5月6日14時32分、E-Mini 75,000枚の売りをアルゴリズムで開始約41億ドル(R7)
同日14時41分からの約4分でE-Miniが約3%下落。45分28秒にCMEが5秒間停止27秒までの約4分半で5%超下落(R7)
同日14時40分〜15時、個別銘柄で大きく乖離した約定。引け後に取消し300銘柄超・2万件超(R7)
2010年6月10日個別銘柄サーキットブレーカー試行を承認(S&P500採用銘柄)5分間に10%で5分停止(R7)
2012年5月31日Limit Up-Limit Down を1年の試行で承認価格帯5%・10%など(R8)
単位:円、​ドル、​株、​枚、%。​確認できた​事実のみ。​出所:参考文献​R3〜R8を​基に​大手町​プレップ作成​(時系列に並べ替え)。​(スマートフォンでは​表を​横に​スクロールできます)

図表1のとおり、ジェイコム株は「入力の誤り+取り消せない不具合」、2010年は「価格を見ない大口の自動執行+流動性の低下」で、構造が違います。

注文が​届くまでの​4つの​関門

注文は①入力、②社内の発注前チェック、③取引所の受付と値幅制限、④約定・決済の順に進みます。図表2は各関門の状況を資料の記述の範囲でまとめたものです。

図表2:4つの関門と、効かなかった箇所 ①トレーダー の入力 ②社内の発注 前チェック ③取引所の受付 ・値幅制限 ④約定・決済 ジェイコム株の誤発注(2005年12月8日) △ 入力の誤り 価格と数量が 逆になった × 上限が過大 警告は解除が 容易だった × 1円の注文を 受け付け、 取消も不能 × 発行済株式の 約49倍が約定 金銭で決済 米国の急落(2010年5月6日) △ 出来高9%で 売る設定を 選んだ × 価格・時間を 見ない設定 だった × 全市場共通の 個別銘柄停止は 事後に導入 × 300銘柄超で 60%以上乖離 後に取消し ×:その関門で防げなかった △:誤りの入口(破線の枠)
単位:倍。​対象:2005年12月8日、​2010年5月6日。​出所:参考文献​R3〜R7を​基に​大手町​プレップ作成​(記述を​関門ごとに​整理。​約49倍=約定合計708,124株÷発行済14,500株)。​(スマートフォンでは​図を​横に​スクロールできます)

日本の現行制度(2026年10月22日時点)では、制限値幅は前日終値などの基準値段に応じて決まり、2,000円以上3,000円未満なら上下500円です13。詳しくはサーキットブレーカーの解説に譲りますが、これは価格にしか効きません。数量には、上場株式数の30%を超える注文を東証が受け付けないハードリミットがあります14。また約定取消しルールでは、5%超30%以下の注文は東証が発注者に内容を確認し、誤発注で10%超の売買が成立すれば売買停止、原則20%超が成立して決済が極めて困難なら約定取消しを申請できます15。

社内の関門は、日本証券業協会の2006年の理事会決議が出発点で、会員は1回の発注にハードリミットとソフトリミットを設定します。同協会は、初値が付くまで値幅制限がない取引所が多かったことも問題にしました16。キルスイッチなどはアルゴリズム​取引・​HFTの解説に譲ります。

3層​チェックの​設計

各層にソフト(承認が要る)とハード(発注不可)の閾値を置き、3層で最も厳しい判定を採ります。基準価格は前日終値で、指値だけを扱います。

3つの指標
価格乖離率(%)=(注文価格−基準価格)÷基準価格×100
数量比(%)=注文株数÷発行済株式数×100、注文株数÷1日平均売買高×100
想定金額(百万円)=注文価格×注文株数÷1,000,000

以下は学習用の架空事例です。東証プライムの架空のX社(前日終値2,000円、発行済株式数10,000,000株、1日平均売買高200,000株)に、トレーディング​部門が6件の注文を出します。制限値幅は上下500円(±25%)、発行済株式数をすべて上場株式数とみなすと東証の数量上限は3,000,000株です。A・Bは正当な大口注文、C〜Fは次の取り違えです。

  • C:「2,000円で100株」の売りの価格と株数が入れ替わり「100円で2,000株」に。
  • D:50,000株の売りで0を2つ多く打ち5,000,000株に。
  • E:1,200株(12単元)の買いのつもりで「1,200」を単元数に入れ、120,000株に。
  • F:2,010円の買いの数字を入れ替え2,100円に。

図表3は各注文の4つの数値と、後述の標準案での判定です。たとえばAの金額は2,010円×150,000株=301,500,000円で301.5百万円です。

図表3:注文6件の判定(標準案)
注文内容乖離%発行済比%売買高比%百万円標準案
A(正当)買 2,010円×150,000株+0.501.5075301.5通過
B(正当)買 2,030円×400,000株+1.504.00200812.0ソフト(数量・金額)
C(誤)売 100円×2,000株−95.000.0210.2ハード(価格)
D(誤)売 1,995円×5,000,000株−0.2550.002,5009,975.0ハード(数量・金額)
E(誤)買 2,000円×120,000株0.001.2060240.0通過(素通り)
F(誤)買 2,100円×30,000株+5.000.301563.0ソフト(価格)
単位:%、​百万円​(金額)。​架空の​X社​(前日終値2,000円・​発行済10,000,000株・​1日平均売買高200,000株)。​出所:学習用の​仮定に​基づき大手町​プレップ​作成。​(スマートフォンでは​表を​横に​スクロールできます)

Cは金額0.2百万円・発行済比0.02%と小さく、価格乖離−95%だけが目立ちます。ジェイコム株と同型で、価格層でしか止まりません。Dは価格がほぼ基準どおり(−0.25%)で、数量層と金額層で止まり、東証の上限も超えます。Eは価格が基準どおり、発行済比1.20%、金額240.0百万円と、どれももっともらしい値で、標準案では素通りします。

閾値の​置き方と​トレードオフ

同じ6件に3つの閾値案を当てます。緩和案は東証の上限(30%)を社内のハードに置いた形です。

図表4:閾値3案(例示)と判定結果
閾値(ソフト/ハード)厳格案標準案緩和案
価格乖離(%)1/43/108/20
発行済比(%)1/33/1010/30
売買高比(%)50/200100/500300/1,000
金額(百万円)100/500500/2,0002,000/10,000
A(正当)ソフト通過通過
B(正当)ハードソフト通過
C(誤発注)ハードハードハード
D(誤発注)ハードハードハード
E(誤発注)ソフト素通り素通り
F(誤発注)ハードソフト素通り
誤発注4件のうち止まった件数4件3件2件
正当2件のうち止まった件数2件1件0件
単位:%、​百万円、​件。​閾値は​「ソフト/ハード」で、​いずれも​超えたら​該当。​判定は​3層の​うち最も​厳しい​結果。​出所:学習用の​仮定に​基づき大手町​プレップ​作成。​(スマートフォンでは​表を​横に​スクロールできます)

図表4のとおり、厳格案は誤発注4件をすべて止めますが、正当なA・Bも止め、Bは発注できません。標準案は誤発注3件を止め、正当なBをソフトにします。緩和案は正当な注文を止めない代わりにE・Fを通します。

標準案で素通りしたEは、売買高比のソフトを100%から50%に下げると止まります(60%>50%)が、正当なAの75%も掛かります。誤発注1件を止める代わりに、正当な注文1件に承認の手間がかかります。単位の誤りには確認画面で単元か株かを示すなどの手当てや、規模を概算と比べる桁感チェックが向きます。閾値の管理は収益部門から独立したミドルオフィス(リスク管理部門)が担う形が考えられます(いずれも編集部の見解)。

3層​チェックの​限界

金額の物差しは価格と数量の入れ替えに無力です。ソフトリミットは、警告を内容を見ずに解除できれば形だけになります。分割注文やバスケット注文(複数銘柄の一括注文)には別の設計が要り、日本証券業協会は、一律の基準は難しく各社がハード・ソフトを設定して守る方式が大勢だったと整理しています17。2010年のような自動執行には、1注文の物差しに累計金額や時間当たりの発注量の上限を足す設計が考えられます(編集部の見解)。

なお本記事は過誤を扱い、相場操縦などの故意の不正は扱いません。ジェイコム株について日本証券クリアリング機構の委員会文書は、証券会社と取引所の双方に、異常な誤発注を排除する機能の改善・構築を求めるのが適当としています18。特定の個人を非難する趣旨ではありません。

実務​チェックリスト

  • 価格・数量・金額を独立に判定しているか。金額だけの上限になっていないか。
  • 基準価格が、新規上場日や成行注文でも定義されているか。
  • 社内のハードリミットが、取引所の上限(東証は上場株式数の30%)の内側にあるか。
  • ソフトリミットの承認者が発注者本人ではなく、解除の理由が記録に残るか。
  • 閾値を変えるとき、過去の注文で止まる正当な注文の件数を確かめたか。
  • 単位や桁の取り違えに、確認画面や二重確認などの別の手当てがあるか。

よく​ある​質問​(FAQ)

2010年5月6日は​誤発注が​原因ですか。

報告書は​入力ミスを​原因とは​しておらず、​大口の​売りの​自動執行と​流動性の​低下が​重なった​経過を​示しています。

取引所に​上限が​あれば、​社内の​閾値は​不要ですか。

X社の​東証の​上限は​3,000,000株で、​Eの​120,000株は​その​4%に​すぎず、​取引所では​止まりません。​日常の​誤りを​止めるのは​社内の​関門です。

まとめ

ジェイコム株では価格と数量の入れ替えが金額では見えず、取消しの不具合が被害を広げました。2010年は価格を見ない大口の自動執行と流動性の低下が重なりました。発注前チェックは3層にソフトとハードを置き、止まる誤発注と止まる正当な注文の件数を並べて閾値を決めます。

脚注

  1. Wall Street Oasis「Fat Finger Error」冒頭。入力の誤りとしての定義(R1)。↩
  2. Wall Street Oasis「Flash Crashes」冒頭。数分で起こる急落と回復(R2)。↩
  3. 東京証券取引所「鶴島社長記者会見要旨」(2005年12月11日)p.1。発注時刻・内容と特別買気配672,000円(R3)。↩
  4. 同 p.1〜2。初値、制限値幅上下10万円、572,000円へのみなし処理、約定処理中の取消しが実行されない不具合(R3)。↩
  5. 金融庁「みずほ証券株式会社に対する行政処分について」(2005年12月22日)1(5)i)〜iii)(R4)。↩
  6. 日本証券業協会 最終報告(2006年11月14日)本文p.2〜3。708,124株、14,500株、912,000円、12月13日決済(R5)。倍率は編集部の計算。↩
  7. 東京証券取引所「記者会見要旨」(2009年12月4日)p.1。会見での説明で、判決文は未確認(R6)。↩
  8. CFTC・SEC職員報告書(2010年9月30日)Executive Summary p.2(R7。両委員会は見解を示していないと表紙に記載)。↩
  9. 同 p.3〜4。約3%の下落とCMEのStop Logic Functionalityによる5秒間の停止(R7)。↩
  10. 同 p.4〜6。流動性供給者の撤退、2万件超・300銘柄超の約定と取消し(R7)。↩
  11. 同 p.6〜7。教訓、個別銘柄サーキットブレーカー試行、limit up/limit down の検討(R7)。↩
  12. SEC DERA「“Limit Up-Limit Down” Pilot Plan and Associated Events」(2017年3月)p.6、p.7、p.10(R8)。↩
  13. 日本取引所グループ「制限値幅」(2026年10月22日更新)の基準値段別の表(R9)。↩
  14. 日本取引所グループ用語集「ハードリミット」。上場株式総数の30%(R10)。↩
  15. 日本取引所グループ「約定取消しルールの概要」(2015年3月20日更新)。10%超20%以下でも申請できる場合がある旨の記載あり(R11)。↩
  16. 日本証券業協会 前掲 本文p.5(初値決定までの値幅制限)、p.7〜8(ハード/ソフトリミット)(R5)。↩
  17. 日本証券業協会 前掲 概要p.3「(6)バスケット取引、プログラム売買における誤発注対応」(R5)。↩
  18. 日本証券クリアリング機構の委員会「みずほ証券に対する措置等について」(2006年2月5日)p.5②、p.6(R12)。↩

参考文献​(2026年10月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための学習用の架空事例であり、実在の企業・案件とは関係ありません。